憂鬱のかけら
「もうすぐ!! 急いで!!」
イリエルの言葉が先へと急がせる。
もう森の出口側に来ていた。何度も後ろを確認したが、猿の姿は一切見えなかった。
枝を掻き分けて森から飛び出す。そこには王兵隊が待機していた。
というよりも、かなりくつろいでいた。コーヒーを飲んでいる者、座りあぐらをかいている者はともかく、完全に装備を外している者までいた。
突然焦りながら現れた七人に驚き、王兵隊は雑に立ち上がった。
「なっ、何事ですか!」
唯一警戒を保っていた王兵隊の隊長は、もたれかかっていた木から背を離し武器を構えた。
イリエルは王兵隊の態度に苛立ったが、それよりも体の疲労感が半端では無い。全員がそうで、枝から地面へと滑り落ちてしまった。
地面に這いつくばる体勢で、イリエルは隊長に近寄り、足を折らんばかりに握る。
「王兵隊を森の側に警戒体制で配置! あなたは緊急会議を開いて! 急げ!!」
イリエルの叫びは、まるで断末魔。命の最後に伝えようとしている必死さがあった。
隊長はその叫びを疑おうとしたが、必死さに感化され、周りの兵達へとハンドサインで指示を出す。
くつろいでいた兵たちは武器を取り、森の前に並んで警戒体制を作った。
警戒体制の完成を見たイリエルは全身から力を抜き、ぐったりと地面へ倒れ込む。
他のメンバー同じ、唯一立っているのはディオブくらいのものだ。
「とりあえずこんなもんか」
「何があったんです……」
唯一大丈夫そうなディオブに、隊長が心配そうな声で尋ねた。
ディオブは伝え聞いただけのため、冷静であったが話すのを一瞬躊躇ってしまう。
だが、イリエルが完全に体力を切らして倒れ込んでいる姿を見たディオブは、自分が説明するべきだと確信し隊長を少し離れた位置に呼んだ。
隊長は少しだけ混乱しているようだが、ディオブの表情から察し、素直に従って移動した。
「どうしたんです」
「あんまり大事にするべきじゃない、だからイリエルも緊急会議を望んだんだ」
木に背中をもたれさせ、少しだけ疲れたような口調でディオブが言う。
腕組みをして下を向いたその姿は、明らかに並々ならない何かを考えている様子だ。
隊長も人生経験はそれなりに長い。裏の何かを察し、隊長も木に背を寄りかからせて腕を組んだ。
ディオブは聞いた事だけとはいえ、知っている事実を事実のまま、隊長へと素直に伝えた。
できるだけ事実を明瞭にするために言葉に何度も詰まったが、そのおかげで事実は事実のまま隊長へと伝わった。
「そう……ですか」
顎に手を当て、重々しい口調で呟く。
事態はすでに想像を超えて大きくなっている事をよく理解し、その対抗策を必死に考えているらしい。
ディオブはそう予想していた。
しかし、隊長は実際もっと多くの問題を考えていた。
「会議には……島の運営に関わるお偉いも呼ばざるを得ない……私に先に話してくれたのは懸命でした」
「え?」
「実感していると思いますが……この島は一枚岩ではありません」
その一言に込められた意味を、ディオブはよく理解できている。
たった数日程度しかこの島には滞在していないものの、島の人々が微妙に一体になれていない感覚がどこかにあった。
警護する王兵隊、商売をする通りの商会、そこに暮らす人々、未だ何も知らぬ王族。
全てが、絶妙に噛み合っていない感覚。
ディオブの重々しい顔に、同調するかのように隊長がため息を吐いた。
「憂鬱です、この後の会議」




