文字通り隠し球
地面に落とされたイリエルは土を握りながら歯を食いしばった。
隻眼の猿の一撃はイリエルの体に大きなダメージを与え、未だ鈍痛が全身に響いている。
痛みは大きかったが、動けないというほどでもなく、ゆっくりと体を起こして上を見た。
「くそ……あの猿いいパワーしてやがる」
何度実感しただろうか、また同じ言葉をこぼしてしまう。
枝の上では猿がこちらを見下ろしていた。
(テリンは上手く隠れたか……けど、この状況を脱しない限り帰れない……)
イリエルは右手に魔力を集中させた。
本来イリエルの利き手は左、しかし落下した衝撃で左手を痛めてしまっている。まともに動くのが右だけなのだ。
念属性の魔力で枝を掴み、地面を直蹴って空中へと飛び上がる。
枝へ着地した時、猿は一切邪魔する事なく、ただたったままイリエルを見つめていた。
(余裕ひけらかしやがって、目にもの見せてやる)
イリエルは片手に火、いや炎を発生させた。
それをもう片方の手の念属性の魔力で安定させ、炎の竜巻として発動する。
まるで蛇のようにうねらせながら、猿へ向かって全力で攻撃を放った。
隻眼の猿はするりするりと木を渡り、木に硬撃が命中したのを確認しつつ別の枝へと飛び移った。
(あんた隻眼でしょ? なら!)
イリエルは腕を動かして炎を操作する。
猿は枝を飛び移り、自由自在に攻撃を回避している。
自分で枝を破壊していたというのに、すかすかになった足場を、高い身体能力と野生生物の視野で回避している。
実力は高い。イリエルはその認識を改めて自分に言い聞かせた。
「ここ!!」
イリエルの魔法が攻め立て、隻眼の猿の逃げ先を次々に潰す。
蛇が獲物を追い立てるように、イリエルの予想通りに、自分の思う通りに事を運ばせるために。
猿は攻撃の穴を抜け、イリエルの方へと近づいてくる。
全てを読み切り、自分の方へと近づけ、自分の攻撃を確実にヒットさせるように仕向けた。
猿は自分優位だと思い込んだまま、拳をイリエルへと振りかぶる。
イリエルは片手を猿の見えない位置に隠し、その手のひらで、手のひらで握れる程度の火の玉を一つ発生させた。
近づいてくる猿、それに向かって火の蛇を一頭放つ。
猿は身を逸らしてそれを躱した。だがそれによって、視界が狭まってしまう。
「喰らえ!!」
超至近距離。
髪の毛さえ触れそうな距離で火の玉を放つ。
放たれた瞬間、火は猿の全身ほどに大きくなった。
猿は見えにくい位置から放たれたそれを受け、全身を焼かれながら吹っ飛ばされる。
「今だ! テリン!!」
イリエルはテリンに向かって叫んだ。
テリンは意図を察し、イリエルの背を追って枝から枝へと飛び移る。
二人は情報収集を諦め、現在の情報を持ち帰る事を決めたのだ。
猿は炎に焼かれながら、地面へと落ちていった。




