イリエルの戦闘、その進化
実力のある二人、サグとエボットが倒された時点で、イリエルのリミッターは限界ギリギリまで解放されている。
それは精神の制御装置。自分を押さえつける恐怖という枷そのもの。
イリエルは自分の精神を恐れていた。
いくつかの自分がいる事、それを自覚しているが故に、イリエルは全力を出すことを恐れてしまっていた。
だが、尊ぶべき命、尊ぶべき生命が躍動し、共にあるべき者たちを傷つけるのならば、イリエルは恐れない。
自分自身の全力を振り絞り、故郷が壊れたあの日を、暴力で塗り替える。
それが今、このたびにおける正答。確信している。
「生物研究者として……今禁を犯す!」
イリエルは走り出し、鋭くサルへ蹴りを放った。
イリエルの蹴りは今までにないほど鋭く、ただ掠っただけの地面の草を、足で切り裂くほどの勢いがある。
リーダーらしき猿を狙った蹴りは木に当たり、まるで斧をあてたかのように大きく裂けた。
木に張り付いていた猿達が地面へ落ち、リーダーらしき猿はわずかに怒りを滲ませてる。
「へえ、同族を傷つけられて怒る、いい知性ね」
回転し、勢いをつけた踵蹴りで猿の肩あたりを狙う。
しかし猿は動きを見切り、踵を掴んで攻撃を完全にいなす態勢を作った。
体制は完璧、イリエルの攻撃は受け止められるはず。だがイリエルは、途中で身体強化に使っていた魔力の比率を変え、攻撃途中で自身の蹴りの速度を増加させた。
猿は完璧な読みを崩され、思いっきり蹴りを喰らってしまった。
イリエルの回転回数と同じだけ空中で周り、木の切られた跡に回転しながら激突した。
その瞬間、周りの猿たちに動揺が見える。
リーダーらしき猿は即座に体勢を立て直し、比較的長い手足を木に絡めて腕をきっちり構えた。
だがその構えはパンチではなく、まるでカタパルト。
「!!」
イリエルは後ろに飛んだ。
さっきまでいた箇所に、強烈な威力の石が地面を抉りながら炸裂する。
地面から飛んだ土がイリエルの頬に付着した。飛び退いた先のイリエルにだ。
「これは面白い、けど」
イリエルは手のひらに炎を発生させる。明らかに、猿は動揺してしまった。
イリエルの魔力の適性属性は念、しかし、人は属性を一つしか習得できないわけではない。特訓と才能次第でいくつも習得できるのだ。
生物研究者として、何度も危険に遭遇してきたイリエルは、野生生物への対抗策として火属性を習得している。
目の前にいる猿も、例に漏れず火に対する恐怖を見せている。
火を炎へと大きくさせ、念属性で自在に操る。リリオウドでフォルテが見せた念属性と毒属性の合わせ技、その炎版だ。
「私よりも弱い」
イリエルの指先に導かれ、炎は木にまるで突風の如き勢いで激突した。
猿はすんでのところで皆回避できたものの、猿のいた場所には一瞬で大きな焦げ跡が残っている。
(どうだ!? 逃げろこれで!)
しかし、イリエルの願いに反し、猿は急速に接近してきた。
「この猿!!」
さらに炎を蛇のように操り、猿を攻撃しようとする。
だが猿はそれをするするすり抜け、イリエルへと接近する。
(見抜かれた)
イリエルはあくまで生物研究者。その対象は植物ではないが、自然という大きな括りで、植物も守ろうとしている。
実のところ、念属性と火属性を同時使用しているのは、コントロール精度の上昇と、温度の調節を狙ったものだ。
つまり、イリエルは自然を壊すことを恐れている。
だがそれ以上に恐れているのは、仲間が傷つくこと。
イリエルは、すでに仕込みを終えている。
猿が地面に触れた。その瞬間、イリエルが仕込んでいた魔力が発動し、空中に浮かび上がり静止した。
「念属性、不可視の拘束」
イリエルが完全に勝利した瞬間であった。




