悔しさと成長
「痛い……酷い……」
サグは恨み言を言いながらイリエルに治療してもらっていた。
あざに光属性の魔法を発動させたイリエルの手を当てて、痛みが引いた患部には包帯を貼って終わらせる。
ほぼ全身打撲状態なので痛みが消えることは無いが、それでもずいぶんマシになる程度にはイリエルの魔法はよく効いてくれた。
「大丈夫? 結構いい音してたけど」
「まあ、イリエルのおかげで痛みはないけど」
言いながらテリンの差し出した水の入ったボトルに手を伸ばす。
だがその瞬間、サグの顔は痛みに歪んだ。
「い゛っ!!」
「あ〜、これは肩ね、結構やってるわ」
「マジかぁ……」
サグは自分の肩を抑えながら泣く真似をする。
イリエルの診断が正しいことはサグもよくわかっているが、信じたくないと心の端っこで思っていた。
「しばらく動きにくくなるけど、そう支障があるものじゃ無いから心配しないで、痛みは引かせておく」
「ありがたいよ、結構痛いから」
「ましばらく気をつけることね」
軽く答えて話題を終わらせた。
体には未だ痛み、心には未だ拭いきれない敗北感。
今まで何度もトレーニングや戦闘をしてきたが、あれほど連続して会心の一撃を出せたのは中々無い。だからこそサグは余計に悔しくてたまらなかった。
サグはチラリと今戦っているエボットとディオブの方を見た。
二人は両方ともパワータイプ、そのため激しく攻撃がぶつかり合っている。
ディオブが全力を出していないとはいえ、ディオブのあのド派手な威力を持つ拳を捌いたり、自分の一撃をクリーンヒットさせているあたりエボットの大きく成長しているのだろう。
サグには無いパワーという要素。自分の手のひらを見つめて握るが、どこか虚しく感じてしまう。
「戦い方なんて人それぞれなんだから、サグはそんなに気にしなくていいの」
イリエルが背中に湿布を貼りながら言った。
手つきが妙に優しくて、サグはイリエルの言葉にありがたみを感じながら、思わず小さく笑ってしまう。
見ていると、エボットが足でディオブの拳を弾き飛ばした。速度からして魔力を利用した反射の応用だろう。腕は全体が大きく外側へ弾かれ、ディオブの懐へ侵入したエボットは足が浮いているとはいえ、体勢が整うのが早いのはどう見てもエボットの方だ。
エボットは足を素早く置いてから拳を握り、綺麗に整えられた歴史ある武術の訓練のように、正しいフォームでいちばんの力を乗せて放った。
拳は確かにディオブの胸に命中していた。だがディオブは一切、ダメージを受けた様子を見せていない。
サグが不思議に思いながらディオブの顔を見ると、ディオブはわずかに笑っていた。サグの最高の一撃を耐えた時と同じ、してやったりって顔だ。
(エボットは俺よりパワータイプ、だってのにどうして)
不思議に思いながら二人を観察していると、エボットの肘がピンと伸び切っていない事に気づいた。
サグはそれを見てすぐに察する。
ディオブは拳が着弾する直前に、ほんの少しだけステップして前に飛び出したのだ。そうすることで拳が完全に加速する前に受け止められる。
単純な腕力でリエロス号No.2のエボット。いくらディオブでも拳を喰らえばダメージになるはずだ。
しかしその拳が加速し切る前に受け止めてしまえば、その威力は十分抑えられる。
いくら思いついたとしても、あの一瞬、それも体勢を崩された状態でそれを実行に移すのは至難の業だ。それをこなすのが戦闘経験、そして圧倒的技量、ディオブの持つ戦闘に関する全てなのだ。
エボットもサグが考察した全てを察し、悔しそうに歯軋りをする。
「くそっ」
「こういうこともある、そして」
ディオブはその剛力を足に使い、胸にあるエボットの拳を全力で押し飛ばした。
エボットは肘が曲がりきらなくなり、当然体制を崩されながら後ろへ下がる。
そこに、ディオブの肩、筋肉の塊によるタックルが飛んできた。
エボットは全身でそれを喰らい、崩された体勢ではそれを受け止められず、後ろへと飛ばされサグと同じように甲板の縁に激突してしまった。
「はいそこまで、負傷退場ね」
完全に目を回したエボットを見て、サグは苦笑いしながらボトルを取りに船内へと向かった。




