現時点
サグの一撃は、今までに無いほどに鋭かった。
最高の一撃を与え、今ディオブはダメージに喘いでいるはず。
痛くて痛くてたまらないはず。それがサグの認識だった。
しかし、現実は恐ろしい程に残酷だった。
「いい……蹴りだ、サグ」
「うおぅ」
ニヤリと笑うディオブに、サグは思わず音をなんとか声という形にしただけのものを口から放り出した。
会心の一撃。それほどの手応えを持ってしてもディオブからすればその程度という証明。
目の前にある残酷な事実に、サグは苦笑いを隠さず眉間に皺を寄せた。
「全く嫌んなるよ」
「それが成長さ」
ディオブは未だ自分の頬に密着しているサグの足首を掴み、タオルでも振るかのように乱暴に投げ飛ばした。
甲板と平行に回転してから空中へ放り出される。ディオブと戦うとほぼ必ず味わう感覚。
だからこそ対処法は考えてある。
魔力を体に巡らせ、足のみに身体強化を適応させて、体勢のバランスを足で整える。
綺麗に着地したサグはすぐに正面に顔を向けてディオブを見る。
すると映ったのは絶望だった。
目の前に迫るのはディオブ。固く拳を握り、腕はいつものように殴りやすい場所へと広げている。
ガードなどすでにサグの選択肢には無い。回避一択、喰らうわけにはいかない拳。
(死ぬかも)
妙に冷静な頭の端っこで、ポツリとつぶやかれた言葉が、何度も何度も頭の中で繰り返す。
ディオブの拳は素早いはずなのに、なぜか目の前をゆっくりゆっくり進んでくる。
死ぬかもという予感とは正反対に、サグは極めて冷静だった。
極限の状況下でサグは冷静に自分自身の魔力を感じ取り、体が回避しようとする反射に合わせて、体を一気に反応させた。
体がびくんと動いた瞬間、サグの上半身は一気に下へと動き、ディオブの拳をギリギリのところで回避する。
「えっ」
「マジ?」
傍観者だったテリンとエボットは、サグの敗北を察していた。
だというのにサグは攻撃を完璧に回避してせた。二人はその光景に純粋に驚き、思わず声を漏らしてしまったのだ。
そのままディオブのさらに内側へと入り込み、ほぼゼロ距離へと接近した瞬間、横へするりと抜けて、腹に全力の膝蹴りを繰り出す。
走るスピード、未だ生きる反射に成功した高揚感、膝という硬い部位の攻撃、全てがサグの追風。
愚かにも、再び勝利を確信するには十分な材料だった。
「あ?」
それは明らかに人からなってはいけない音。例えるならば鉄板がぶつかり合ったときのような。
ディオブを一言で表現するならば、それは筋肉の塊、なぜか生まれ持った力のせいでそう表現せざるを得ない存在なのだ。
故に、サグの一撃は、整えられた岩石を思わせる腹筋に、軽々受け止められてしまった。
「お疲れ」
ディオブの囁きと共に、まるで大筒のような太い足による蹴りがサグの体を横薙ぎに吹っ飛ばした。
さっきとは違う高さで平行移動。
サグの体は甲板スレスレを飛んで、甲板の縁に激突した。
「がはっ」
体内の空気を吐き出し、サグは力無く甲板の端っこに寝そべることになった。
「ありゃ、やりすぎたな」
ディオブは少し汗をかきながら自分の額を掻く。
イリエルはその姿を、疑い勘繰るような目で見ていた。




