王兵隊
男が犬を蹴り上げた瞬間、周囲が恐怖の色に染まり、野次馬達が一斉に散っていった。
窓の向こうにある異常極まったような光景に、サグは釘付けになっていた。
「なんだこれ、何が起こってんだ?」
エボットが呟いたが、それに対する回答を誰も持ち合わせておらず、何の回答が返ってくることもなかった。
唯一何か知っているであろうイリエルは静かにその光景を見つめていた。
武器を構える男は変わらず武器を振り回しながら周囲を威嚇している。なにかよっぽど気に入らない事があったらしく、周りの仲間らしき男たちも同じように武器を振り回している。
サグはその様子から、集団が空賊団である事は推測できた。しかしアリオットのような威圧感は感じず、おそらくはチンピラの色が強い空賊団なのだろうと推測できた。
エボットと目が合うと、ほぼ同じことを考えていたらしく、二人は同時に考えを共有しこくんとうなづいた。
そして同時に席から立った。
「お客様! どちらに?」
立ち上がった瞬間、同じように窓の外を見つめていたウェイターが、ひどく驚いた様子で声をかけてきた。
少し勢いが強過ぎて、サグもエボットも、全く関係なかった他の四人さえも驚いてしまった。
「いや、とりあえず止めないとじゃないですか?」
「ああ、普通に危ねえし」
「それならあと少し待てば大丈夫ですよ」
二人の主張に、ウェイターはひどく落ち着いた様子でにこやかにそう言った。
大丈夫、と言われても、まだ抜いていないものの、集団の中には銃を携帯している者もいる。威張り散らしているだけに見える現状だが、何かしらのきっかけでそれを乱射されては大問題だろう。
「大丈夫って」
「ええ、大丈夫です、もうすぐ解決すると思うので」
ウェイターのあまりに落ち着き過ぎている表情に違和感を覚えていると、少し離れた位置からドカドカドカドカと、激しい音が響いてきた。
何事かとそちらを見るまでも無く、音の正体は目の前に現れた。
重厚な白銀の鎧に身を包んだ五人の集団、持っている武器は腰のブレードに手に持った立派な槍と盾、所謂騎士のイメージをそのまま具現化させたようなその姿に、サグは一瞬だけ言葉を失った。
怒りか暴れたいだけか、興奮している男たちは目の前に現れた重厚な鎧を纏った集団にも一切怯まず、むしろさらに声を荒らげて持っていた武器を向けた。
「なんなんだてめえはよおぉ!!」
「我らは王兵隊だ」
真ん中に立っていたリーダーらしき男が槍をまっすぐに犬を踏みつけている男へ向けた。
一瞬男はびくりと肩を震わせていた。
「貴様、なぜその犬を踏みつける」
「ああ゛!? このクソ犬は俺の足にしょんべん引っ掛けてきやがったんだぞ!? 殺されても文句言えねーよなあ!!」
「言えるさ、貴様は動物を傷つけた」
男が、サグから見てもわかるほど、一瞬だけ全身の力を抜いた。
そして、確実に一歩の距離ではなかった男と鎧の距離が、一瞬にして縮まった。
男は近づいてきた鎧に気付きはしたものの、あまりに一瞬の事で全く反応できていなかった。
「文句を言えないのは貴様の方だ」
槍によって男の体を切り裂いた。
男の体に、袈裟斬りの傷が入り、血が周囲に飛び散った。
だが純白の鎧はまた一瞬にして後ろに下がり、返り血を一切浴びずに一連を完結させていた。
「覚悟せよ、蛮族ども」
そのオーラは、まるで神の裁きのようにさえ感じられた。




