精神を探る
ミラはひとしきり泣いて、疲れてしまったのかふらりと眠りについてしまった。
サグ達の方も疲れがあったため、まだ昼下がりの時間帯だったが、今日はとりあえずトレーニングを終わらせることにした。
そこから三人がしたのは座学だ。
慣れてきたとはいえ、三人が未だ世間の情報とある程度の常識に疎いことには間違い無い、そのため商船から購入した文化の教本や学習本などで勉強する必要があったのだ。
その間にディオブとイリエルの二人は甲板で自分たちの修行を開始した。
武器を持たず、魔法を徒手空拳を主体とする二人だ。お互いの実力さえ把握できていれば下限をする必要も無い。
お互いに構えを取り、少しだけ空気をピリつかせ、睨み合いタイミングを伺う。
「いくぜ?」
「遠慮なくどうぞ」
ニヤついたイリエルが合図だ。二人は同時に走り出し、拳と足をぶつけた。
足の裏をぶつけたイリエルだったが、ディオブがイリエルをパワーで押し返した。片足で体を支えていたイリエルはバランスを崩され、ふらつきながら後ろに下がった。
崩れたタイミングを逃さず、ディオブが拳を握り締め迫る。
だがふらついた明らかにバランスの悪い体勢でイリエルはその場に止まった。片足を異常に上げ、人であるならば絶対にバランスを崩すであろう状況でいきなりイリエルは勢いを殺したのだ。
異常に気づいた時には遅く、すでにイリエルの射程圏内に侵入してしまっていた。
イリエルは片足で踏み切り、ディオブの頬を思いっきり蹴り飛ばした。
「演技かい!」
「ざまあ」
完全に騙されてしまったディオブは、あまりの鮮やかさに笑いながら追撃を繰り出した。
繰り出された拳を、後ろに向かって回転しながら足で弾く。その着地側、握った拳をスレッジハンマーの形にして、勢いよく振り下ろした。
躱しきれないと判断したイリエルは額の上で咄嗟に腕を十字に組みディオブの攻撃をガードした。
しかしガードしたとはいえディオブのパワーだ。ビリビリした痛みと大きすぎる衝撃が全身に響いた。
動けなくなっているイリエルに膝蹴りの追撃を放つディオブ。
「リバウンドジャンパー!!」
だが流石にそれを受けることはできなかった。
体勢を後ろに斜めらせて、足に集めた念属性の魔力で、後ろに弾き飛ばされるかのように飛んだ。
飛びながらギリギリの所で膝が当たってしまったが、後ろに飛んでいた事でダメージは十分軽減できた。それでも痛かったが。
離れた位置からまた前に飛び体勢を落とした。真っ正面から突っ込むのでは無く、今度はディオブの股下をすり抜ける。
リバンドジャンパーの力を弱め、軽くジャンプする程度の力で技を発動、適度な高さに飛んでからディオブの肩甲骨に思いっきり蹴りを食らわせた。
「!! このっ!」
「残念!」
イリエルは足の感覚から、ディオブが背中を硬化させた事を理解した。
だがそこで止まるほどイリエルも甘く無い。念属性の魔法で空中を握り、連続して何度も何度もディオブの背中に蹴りを繰り出した。
マシンガンでさえもたじろぐほどの連続攻撃、ディオブは徐々にダメージを蓄積し始めていた。
「痛ってぇなあ!」
雑に腕を伸ばしながら回転し、蹴り続けるイリエルを弾いてしまった。
着地したイリエルは腕をコキコキと鳴らし、ディオブを憎らしそうに睨んだ。
「チェ、雑にやってもそれだけ強いなんてね、さすがディオブ」
「ひどいぜ、これでも考えてんだぞ?」
ケラケラと笑うディオブ、イリエルの面倒臭いという感情は大きくなっていった。
ディオブはそんなイリエルの中に、小さな違和感のような物を発見していた。
(スロットルがまだなだけなのか? 口調が変わってねえ……つかあの現象もわかんねえしよ)
ディオブの持つ違和感は、イリエルの戦闘を目にした時からずっとあった物だ。
戦闘中人が変わるやつは確かにいる。ディオブも経験からよく知っている事だった。ハイになったり口調が荒くなったり、テンションが昂る戦闘中ではままある事だった。
しかしイリエルほど極端な例は無かった。
イリエルの場合、口調に加えて戦闘スタイル、果ては攻撃そのものの威力まで大きく変わってしまっている。
テンションが上がっているというよりも、何か精神的な問題が発生しているのは間違いなかった。
(この戦闘でそれを見極める……隠し事は無しだぜイリエル……)




