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果てなき空で”果て”を目指す物語  作者: 琉 莉翔
鉱山の島アクマンス編
19/304

道を通すために

「うらっ!でらっ!」


 何度も、何度もエボットは殴っていた。今まで自分は何をすることもできなかった、その水面下にあった鬱憤を晴らすかのように、苛立ちながら何度も。

 しかしサグは、同時に僅かな違和感も抱いていた。エボットはまだ若いし、本格的に鍛えたこともないが、日々父親の仕事を手伝い、重い荷物を運んでいた。自然と筋肉やパワーは育っていたのだ。

 だというのに、ヘリオはふらついている癖に、あまり効いている様子が無い。


(これ……まさか)


 飛びついているサグは段々わかってきていた。後ろにふらついて、頭に拳を当てにくいようにしている、このふらつきはわざとだ。やられているふりをしているのだ。


(やばい!こいつエボットを調べてたんだ!)  


 全てを総合して、ヘリオがやっていたことが、エボットのパワーを調べることだと直感した。

 だが直感した時には遅かった、ガードに使っていた腕を離し、攻勢だと油断していたエボットの顔面に叩き込んだ。

 あまりの一撃に、エボットは鼻血を流しながら、地面を何度か転がった。


「「エボット!!」」


 サグとテリンの意識がエボットに向かった、つまり油断した。

 ヘリオは少し方向を変えて後ろに走り出した、自分の身の安全を考えないほどに早く。サグはすぐにねらいに気づいて離れようとしたが、今度は逆に腕を掴まれて、すぐに離れることができなかった。


「逃がさないよ?」


 首を曲げたヘリオと目が合った。恐怖に汗が噴き出る、全身の鳥肌が痛いほどに立った。

 壁に勢いよく激突した。サグの背中に、サソリに弾き飛ばされた時と同じくらいの衝撃が走った。腕が緩んで、離れてしまった、ふらりと壁に寄りかかって一瞬の安息を求める。しかし、その瞬間体を捻ったヘリオのパンチが、サグの胸、首の付け根あたりに突き刺さった。


「グホッ」


 声とも、息とも言えないような音と空気が口から漏れ出た。力が身体中から抜けて、地面に膝をついて倒れる。次にヘリオは、こちらに銃口を向けている少女に狙いを定めた。


「うわああ!!」


 叫びながら、テリンは銃弾を放つ。ヘリオは体勢を低くしながら、腕でガードしながら突き進む。何発か腕に着弾するが、気にすることはない。


「突風掌!」


 テリンの腹にヘリオの掌底が叩き込まれた。風の力を纏った掌底に、テリンは何メートルか、転がりながら吹っ飛ばされてしまう。そのまま、テリンはカクンと動かなくなってしまった。

 少しの運動に、頬を膨らませて大きく息を吐いた。銃弾を受けた腕は血に濡れて、ほとんど感覚がなくなってしまっていた。


「全く、少しだけムキになってしまった」


 手を見ながら、自分が殴り倒した男の子二人の方へと向き直る。

 少しだけ驚いた、倒したつもりだった二人が、ゆっくりだが、立ち上がってきていた。


「よく気絶しなかったな、割と力を込めたんだが」

「痛えよ、普通に意識飛びかけたわ」


 片方の鼻を押して、勢いよく鼻血を出しながらエボットは言った。サグは拳を叩きつけられた辺りを摩っている、未だダメージは大きく、痛みが新鮮なまま残っている。


「君たちはなかなか面白かった、訓練を受けていない割にはね」

「ぞればどゔも」


 サグがなんとか絞り出した声で答える。殴られた場所が場所だけに、呼吸をするのが少しだけしんどかった。


「見たところ魔法を使えないんだろう?だというのによくやる、もう休め、疲れるだけだぞ?」


 口調と声色から伝わってくる。侮りではない、100%こちらを心配し気遣っている言葉。それが圧倒的な差に潰されかけた二人の闘志を蘇らせる。


「「バカにするなぁぁぁぁぁ!!!」」


 悔しさに歯軋りしながら、少年たちは特攻する。頭を掻きながら、少しだけ呆れた様子でヘリオは拳を構える。

 拳で、裏拳で、肘で、膝で、蹴りで、必死に立ち向かう二人は何度も何度も叩き込まれ続ける。片腕は使えていないというのに、ヘリオは二人を圧倒し続けている。

 乾いた打撃音だけが、鉱山の中に少しだけ響いては消えていった。二人の意識は痛みと混ざって、今にも消え入りそうなほど、か細くなっていった。


「うわあああ!!!」


 叫びながら攻撃したエボットを、ヘリオは裏拳で一蹴した。骨がダメージを受けたのか、耳を塞ぎたくなる、痛々しい音が聞こえてしまった。

 顎に喰らってしまったのか、エボットはフラフラと何歩か歩いてから、そのまま地面に吸い込まれるかのように倒れた。


「一人は寝たぞ?諦めたらどうだ?」


 サグに言った。しかしサグは握り拳を開く気はなかった。真っ直ぐにヘリオを睨み続けている。フラフラと、一歩ずつ、前に進んでいく。


「そうか……なら遠慮なく」


 ヘリオがまた拳を固く握った。あと数歩で、またサグはこの拳を喰らってしまう。その時だった。

 ヘリオは足に燃えるような痛みを感じた。首を曲げ下を見ると、円形の穴が足にあった。銃弾を受けてしまったのだ。

 首だけで後ろを見ると、気絶していたはずのテリンが、転がりながらも懸命に銃口をこちらに向けていた。

 次はヘリオのもう片方の足に、何かが刺さった。次は自分の正面を見てみた、そこには、太ももを突き刺しているナイフを、懸命に握っているサグがいた。

 そのまま、サグは無理矢理足に力を込めて動き、無事な方のヘリオの腕に、全身で抱きついた。


「何?」

「エボット」


 サグは呟くように言った。けど、その言葉は強くて、確かに、その場にいた誰の耳にも、確かに入っていった。

 その言葉に答えるように、エボットは走っていた。ふらついて、倒れた場所に転がっていた、自分の槍を握って。


(まずい……)


 そう思うが、逃げようとしても足は動かない。無事な腕は、サグに押さえつけられて動かない。ヘリオには、全てがスローモーションに見えた。そして見える限りゆっくりと、感じる限りでは一瞬で、槍が心臓を貫いた。

 確かに刺さった。そう確信してから、エボットは地面にへたり込んだ。目の前にいる恐ろしかった男は、槍が刺さったまま動かなくなった。三人は肩で大きく息をしていた。


「勝った……でいいのか?」

「まあ?いいんじゃない?」


 二人ともなんとか座っていた。すでに体力は底をついて、今すぐにでも寝そべってしまいたかったが、まだカケラほど心に残っている警戒心がそれを許さなかった。

 二人とも体を腕一本に任せて、手の甲でタッチをする。


「お前の作戦、ハマったな」

「ああ、意外とね」


 実はテリンが吹っ飛ばされてから、二人がヘリオと向き合う間にちょっとだけ話して作戦を決めておいた。作戦と呼ぶには大雑把で無計算な物だったが、サグが寝そべっていたテリンの目に気づいた事が幸運だった。


「うまくできたじゃないか」


 疲れて座り込んでいる二人と、完全に寝そべっているテリンの元に、返り血を少し浴びているディオブが来た。


 ディオブが魔法を教えるための条件として三人に出したのは、”ヘリオ・ポルトナクを倒すこと”だった。


「魔法ってのは人を簡単に傷つけられる、お前らが過去に人を殺そうが俺は知ったこっちゃねえ、ただ一つ、覚悟を見せろ」


 鋭く放たれた言葉は、少年たちを戦いへと導いた。結果、三人は協力して、強敵ヘリオを倒したのだ。

 なんとか立ち上がったテリンが、お腹を抑えながら三人の元へと歩いてきた。


「大丈夫?」

 

 テリンが受けた一撃は、サグの素人目から見ても相当なものだった。実際今も辛そうにしている。自分に向けられた心配そうな顔を見て、安心させるようにテリンはヘラッと笑った。


「大丈夫大丈夫、ちょっと、ケホ、痛いだけ」

「ちょっとじゃないじゃん」


 無理もなかった、サグも話す元気は残っていたが、すぐに歩き出せるほどの体力は残っていなかった。それはエボットも同じ、今にも寝てしまいたいほど疲れていた。


「しかし俺ら、よく勝てたな……」


 少しだけ嬉しそうに、ほとんど疑っている口調でエボットが言った。表情からも、ヘリオの体を見つめる目からも、疑問が滲み出ていた。しかしサグも同じ疑問を持っていた。ヘリオは三人からすれば恐ろしいほど強かった、それこそサソリなんか比べ物にならない恐怖があったのだ。現実と、戦闘中感じていた未来に、あまりのギャップがあって、今幻覚を見ているのかと錯覚してしまう。


「勝てたのは、俺がいたからだな」


 ディオブが真剣な表情で言った。ヘリオを睨む目は、未だ警戒心を忘れていない。


「お前らは囮で、隙見て俺が攻撃入れる、ストレートに考えら、これが適当だろうな」

「つまり奴は、常に俺を警戒していた」

「お前らを舐めてたわけじゃないだろうが、常に意識を割かれてるのは割としんどいぜ」


 サグに真実を知ることはできないが、当たっているような気がした。


「しかしどうすんだよ……」


 エボットは肩で息をしながら、ゆっくりと出口の方を指差した。それに連れられて、全員が出口を向いた。


「100パーいるだろ、神軍」


 常識的に考えれば、出入り口に兵士を配置するのは当然のことだ。しかし、何人いるかもわからない兵士を突破するだけの体力は、今の三人には残っていなかった。


「大丈夫だ、ある程度考えてる」


 ディオブが壁の方に歩いて行った。ずっと必死で気づかなかったが、壁には扉が埋め込むような形で設置されていた。ディオブは鎖で鍵のかけられた扉を、蹴破って開けた。扉が坑道内に響き渡る音を立てて開いた。暗い中に、ディオブはゆっくりと入っていった。見えなかったが、ガシャガシャと、何度か金属同士がぶつかり合う音が聞こえてきた。

 暗闇から現れたのは、木製の箱のようなもの、鉱山用トロッコだ。それを両手で抱えて何歩か前にでた、そしてそれをパワフルに地面に置いた。


「こいつにお前らを入れて、あとは俺がダッシュでお前らの船に向かう」

「ええ!?」


 テリンが度肝を抜かれた顔をした。トロッコは木製だが、ところどころに金属が使用されている。かつ自分たちが乗り込むとなると、おそらく200kgは下らないだろう。


「大丈夫なの?」

「問題ねえよ、押してくからな」


 確かにトロッコには車輪がついているが、あくまでレールを前提とした作りだ。普通の車輪ほどしっかり地面を転がらないだろう。ただ、現状の最善策はそれだ。今の疲れた体では、別の案などかけらも思いつかない。


「早く乗り込め、突破するぞ」

「どうやってだよ」


 エボットの質問に、ディオブは笑顔で返した。


「同じことすんのさ」

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