いじめではありません
攻撃をいなされ続けたサグは苛立ち、だんだんと攻撃が大ぶりにかつ、焦りを孕んだものになっていった。
雑な攻撃はミラの望む所、いなしていなしてさらに体のバランスを崩していく。
「くそっ!!」
雑に放った蹴りを回避され、体を支える軸足の膝を思いっきり蹴られてしまう。
ガクンと体勢を崩され甲板に手をついてしまう。
日本で言う土下座のような体勢になったサグの視界は木の板のみ、しかし体に次の衝撃が来ることもなく、なぜかサグにはその体勢のまま何も起こることは無かった。
ミラは土下座のような体勢を強制したのだが、その状況から何をして良いのか分からず止まってしまったのだ。
ミラのオドオドした様子に、イリエルは思わず眉間に皺を寄せてしまった。
サグはすぐに立ち上がらず、低い体勢からミラに攻撃を仕掛けた。
だが不十分な体勢のせいで速度が出ず、ミラは後ろに飛び退いて回避した。
「ちぇ、やっぱりダメか」
サグはゆっくりと立ち上がり、手や膝を叩いて汚れを落とした。
見ている側からすれば完全にミラのペース。得意分野で戦わせてもらえないサグが負けている事は明白だった。
「あ〜……サグは徒手格闘が主体だからなぁ……勝てっか?」
「難しいと思う……ミラに決定だが無くても……」
「何言ってるんだ、サグに全ベットに決まってるだろう」
エボットの揶揄うような口調に、テリンが不安そうに答えた。二人の予想は完全にミラに偏っているようだった。
しかしそんな二人にディオブはケラケラと笑いかけた。
イリエルもディオブに同調するかのように笑う。
二人も相当戦闘には慣れてきたと思っていたが、自分たちとは違う二人の感想に、少しだけ不思議な思いをしながらサグを見た。
そして気づく。サグの顔に、確信が宿っている事を。
サグは体勢を完全に整えたミラへ向かって走り出した。
そして全く同じように拳を握り、勢いよく拳を繰り出した。
同じように出された拳に、ミラも同じように手のひらを向けて、同じようにいなそうとする。
二人の手がぶつかる直前、サグはミラの手首を掴んだ。そしてミラの軽い体を、思いっきり投げ飛ばした。
「そうか! ミラの技は受け身にならないといけない! けどぶつかるまでサグには選択権があるんだ!」
「なるほどな……体勢が整ってるからこそ、ミラは受ける選択肢を取っちまった……サグは予想通り投げたわけね」
空中を舞うミラにサグが迫る。
ミラは崩された体勢のまま空中へ飛び動くことができなかった。
サグの拳が、ミラの十字に組まれた腕に当たった。
ミラはまるで水切り石のように甲板を転がり、二、三度転がったところでようやく解放された。
もちろん意識的に威力は抑えていたが、ダッシュとようやく一撃入れられるという意識が体を逸らせ、中々の威力で一撃を加えてしまった。
ビリビリする腕を見てから、サグを好戦的な目で見た。
自分もその領域に行けるだろうかという不安とやり返してやるという子供じみた感覚が戦闘へと少女を導いていたのだ。
「ミラ! 次からは体内の魔力を意識しながら戦いなさい! 今のままじゃダメよ!!」
イリエルの声が聞こえた。
ミラは言われて自分の中の魔力を探る。
言われて始めたということは、さっきまでの一連はずっと考えられていなかったというわけで、意味のない時間を過ごしてしまったことを自覚させられてしまった。
ミラは魔力をまず解放し体全体に巡らせる。そして体の末端からの流出を止め、体内に魔力を留めた。
ここまでは出来た事だ。しかし体の各部位に魔力を集める事が出来ていない。
ミラは意識を集中に向けつつ、サグの対処をしなくてはならなかった。
「じゃ、いくよっ!」
「うん!!」
サグは近寄り蹴りを仕掛けた。
鎌のように大ぶりだが、いなせないように足を狙っている。
ミラはまるで縄跳びのように小さくジャンプ、足を畳んで回避しその体勢からドロップキックを放った。
サグは両腕でそれを受け止め、腕を開く事で軽いミラを思いっきり弾いた。
「ぐっ!」
蹴りの瞬間、ミラは足に魔力が集まる感覚を覚えたが一瞬だけで、意識的に魔力を保時していられる程では無かった。
空中で回転するミラを追いかけ、着地の瞬間に攻撃を仕掛けた。
回転しながらも見えていたミラはサグの拳をいなし、いなされないように掴もうとするサグの手を拒絶する。
やり取りは目で追える程度の速さだったが、それでもミラが出せる限界程度の速さだった。
「うぅ……くぅ……」
「どうした? そんなもんか!?」
ミラの両手を掴んだサグは、その瞬間に蹴りを体に当てた。このバトルが始まってから初めてのクリーンヒットだった。
横薙ぎに転がったミラは激しく咳き込み、サグの蹴りのダメージを消化していた。
(あれだ……木から落ちて岩に体打った時と似てる……)
ミラは似たような痛みを味わったこともあり、同年代と比べ比較的冷静な思考を保てていた。
そのおかげで気づけていた。自分の中にある魔力を、徐々に意識して動かせるようになっていたことに。




