次への空
空を進む船は一度夜を迎えた。
船員達は皆、疲労困憊で今すぐにでも眠ってしまいたかったが、とりあえずもらった食料を船の倉庫に仕舞い込んだ。
全員必死に働いたが、流石に限界が来てしまった。
疲れた全員が顔を合わせたリビングで膝を折り、結果誰も布団をかけないままに気絶したかのように眠ってしまった。
そのまま一晩眠ってしまい、気づいた時にはもう朝であった。
幸いにも大したスピードを出していないまま気絶したため、全く知らない空に放り出されたわけでは無かったが、とにかく全員混乱してしまった。
そして起きてまずした事は、料理と掃除だった。サグ、テリン、エボット、ミラが甲板の掃除をし、ディオブとイリエルが料理をした。眠ったおかげで体力が回復していたとはいえ、とにかく腹が減っていた。
「エボット! 真剣にやってよ!」
「やってんよ! しっかりくっついちまってて取れねんだよ!」
掃除は全員きっちりやっていたが、汚れがついてから少し時間が経ってしまっていた。
そのためいくら血の汚れといってもなかなかしつこく、掃除の手に力を入れなくてはならなかった。
綺麗好きのテリンにはエボットがサボっているようにしか見えず、なかなか落ちない汚れと空腹のせいもあってイラついた口調になってしまっていたのだ。
「テリンお姉ちゃん、怖い……」
「あ〜いつもはあんなふうじゃないんだけどなぁ」
少し怖がっているミラを見て、サグは頬を掻きながら少しだけ苦笑いをした。
「そこ! サボらない!」
「「はっ、は〜い!!」」
話しているだけで何もしていないところを見つかり、二人は慌てながら掃除を再開した。
しばらく掃除を続けて、ほとんど赤色の汚れが落ちた頃、船室の扉が開き、中から現れたイリエルが大声で四人を呼んだ。
「できたよ!!」
ずっと待っていたその言葉に、四人は掃除道具を甲板に放置したまま走り出した。
リビングには大量の皿が並んでいた。一つ一つの量が人数と見合わないほどに多く、それが何皿もあるものだから、普通の人が見れば完食できるのか心配になる量だ。
しかしすでに四人の鼻は部屋に入った瞬間に、強烈で食欲を誘う匂いにノックされてしまっている。
究極の空腹に晒された人がそんな匂いを嗅いでしまいとどうなるか、子供だって知っている。
四人は急いで座り、手を全力で合わせた。ディオブとイリエルが座った瞬間、ことは始まる。
『いただきます!!!』
その瞬間にほとんどの料理は皿から消えた。
表現として少し大袈裟ではあるが、勢いの表現としてはもはやそれが適切だ。
礼儀礼節など一切考えない。空腹に身を任せてひたすらに食いたい物を喰らっている。
大量にあったはずの料理は一瞬で消え、残るのは綺麗に乗っていた物の消えた皿のみだ。
比較的落ち着いて食べていたイリエルは、隣に座るミラの頬を見た。
「ミラ、顔にべちゃべちゃ」
「ありがとイリエルお姉ちゃん」
タオルを取り出し、ミラの顔を丁寧に拭いてやるイリエル。
その光景がなんとも言えず微笑ましくて、ディオブは小さく笑っていた。
筋肉ムキムキでコワモテの長髪男の顔に浮かべられた慈愛に満ちた優しい顔。脈絡がなければ面白いほどに不気味な顔だ。
見ていた三人は眉間に皺を寄せた。
「なんだよ……」
「いや……」
「唐突にその顔は……」
「キメェな!」
「うるっせぇ!!」
エボットのはっきりとした一言に、流石のディオブも怒って叫んでしまった。
食事を終えた仲間達は外に出て、綺麗になった甲板で並んでいた。
船は自動航行でセットされ、ケルがくれた物の中に入っていた、近隣の島を記載したマップに従い次を目指している。
並ぶ四人と向かい合う二人、これから始まるのは強さの確認作業だ。
「それじゃ修行を始めよう、またお前ら強くなったらしいしな」
ディオブがニッカリと笑った。
サグはその笑顔を見て、また少し自信を無くしてしまいそうだった。
卑屈な考えであることはサグ自身自覚はできていたが、ディオブのメンタリティが羨ましく、未だ勝てなかったことから立ち直れていない自分が憎かった。
そんな幼馴染を、二人は寂しそうに見つめていた。




