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果てなき空で”果て”を目指す物語  作者: 琉 莉翔
鉱山の島アクマンス編
18/304

進むために

 鉱山出入り口付近、神軍たちは変わらず警戒体制でいる。サソリの死骸と人間の死体が転がっている空間を、イライラとしながら歩き回る男、ヘリオ・ポルトナク。男を歩かせていたのは、してやられたという屈辱と、部下を守りきれなかった自分への怒りだ。


「クソ……クソ……」


 イライラとしながら壁へと目をやった。力無く横たわっている三人、それはサグたち三人を抑えようとした三人の兵士だった。黒い煙の中で、ディオブにやられてしまったのだ。


(全部いいようにやられてしまった……なんということだ……神軍の隊長ともあろうものが……)


 苛立ちと歯軋りは変わらず、鉱山の奥に通じている坑道を睨みながらイライラしている。鉱山のマップは管理委員会からもらっている、出口はここしか無いとわかっている以上、ここから離れるわけにもいかない。そんな歯痒さが、苛立ちを余計に加速させる。


「ヘリオ隊長、落ち着かれては?」

 

 部下の一人がイライラし続けているヘリオを宥めようと話しかける。しかし、ヘリオの目つきに気押されてしまった。一歩二歩下がった部下に、若干の罪悪感を覚える。


「すまない……どうにも苛立ちが抜けないんだ」

「お気持ちは察するところですが、奴ら長期戦を仕掛けてくるやも」


 部下が休むように必死になっている、そんな会話の最中、ヘリオは変な音を聞いた気がした。


「隊長?」

「シッ」


 口の前に一本指を当てて黙るようにジェスチャーをする。耳に集中すると、薄暗い坑道の奥の方に足音が聞こえた。複数人が走ってくる音だ。


「これは」


 部下も音に気づいたようだ。ヘリオの剣を握る手に、力が入る。


「総員!警戒体制!」


 意識のある全員が剣を構える。人によっては銃に触れる、しかし実のところは。誰も撃ちたくはない。狭い空間内では味方に誤射する可能性が大きいからだ。

 足音がすぐそこにまで近づいてきている、すぐに斬れるように剣を両手で握り直した。角を曲がって少年たちが現れた、先頭に立っていたのはディオブだ。すでに拳を固く握りしめている。それを見た瞬間、ヘリオは次の光景を察した。


「ブラックミスト!」


 ディオブの手のひらから、再び黒い煙が放たれた。一瞬で辺りを覆い尽くし、全員の視界を塞ぐ。再び神軍たちは混乱に陥れられてしまった。


「くっ」


 ヘリオは剣を大きく振りかぶった、刀身に竜巻のようなものが纏わせられていく。


「烈風波!!」


 振った剣からは竜巻にも感じるような強力な風が発生した。風が一瞬で黒い煙を霧散させてしまった。煙が晴れて、最初に見えた景色は空色の髪の少年だった、ナイフを構えて、鋭くこちらを睨んでいる。

 ヘリオはぐるりと自分の周りを見渡した。サグだけではない、ヘリオは槍を構えたエボットと、銃を握ったテリンに囲まれていた。そして部下たちはディオブ一人と向き合っている、すでに一人がやられ、ディオブの足元に転がっている。


「なるほど……こういう作戦か?」


 ヘリオは状況をほぼ正確に理解した。肩に剣を置いて、少年たちを睨む。


「舐めるなよ」


 睨みを利かせて威嚇した。だがサグは全く動じる様子は無い。


(ほお?)


 ヘリオは実のところ、この程度で怯えて戦えなくなると思っていた、しかし舐めていたのはこちらのようだった。切先を目の前の名も知らない少年へと向けた。


「少年たちよ、名は?」

「エボット・ケントン!」

「テリン・イアムク」

「サグ」


 サグだけは、姓を名乗らずそこで止まってしまった。そんなサグに、ヘリオは不思議そうな顔を向ける。


「君の姓は?」

「名乗れない理由がある」

「そうか……ならば、倒した後で聞かせてもらおう」


 ヘリオは己の心から侮りと油断を一切絶った。

 ゆるく肘を曲げて、まっすぐにサグへと突きを放つ。初撃はサグが首を曲げたことでうまく回避できた。

 完全に意識がサグに向いていた、その隙を逃しはしない。背後からエボットが槍で迫る、サソリの時のように考え無しではない、右手で出来るだけ先端を握り、出来るだけリーチを生かしている。しかしヘリオも熟練の兵士のようだ、剣を握っていない方の手の指で、槍の先端を摘んで止めた。

 すぐさま手のひらでしっかりと槍を握り、強く自分の方へと引っ張る。


「うお!?」


 あまりの力に引っ張られてしまい、エボットはよろけながらヘリオの方へと行ってしまう。体を捻り、大ぶりに剣を叩き込もうとする。エボットの視界に、剣でできた影が現れた。

 次の瞬間、銃声が響いた、エボットを救うべく、ヘリオの脇腹にテリンが発砲したのだ。しかし銃弾は先読みで置いておいた剣に弾かれてしまう。

 再び振りかぶってエボットを切り殺そうとする。阻止すべく背後からサグが飛びついた。剣を上げている腕に自分の腕を、ヘリオの首ごと絡ませて押さえつける。


「!!……!」


 腕のせいで首が締まり息がしにくい、顔を赤くしながらヘリオは拳をサグの腕に叩き込む。


「ふっ……ぐううう!!!」


 あまりの痛みに顔を顰めたが、腕を離すことはしない。むしろ全力で押さえつけた。関節にダメージがいったのか、ヘリオは剣を地面に落とした。

 サグに集中している隙にエボットは、槍を手放して拳をヘリオの顔に何度も叩き込んだ。ふらついてのけ反って、顔に当てにくい時は何度か体にも叩き込む。すぐにもう片方の腕で顔はガードされてしまった。しかし相手が防戦一方なことに変わりはない。


「隊長!!」

「待てよ!」


 部下の一人がヘリオの方へと走った、だがその目の前を何かが横に飛んでいった。自分が一瞬だけ見た光景を疑いながら、ゆっくりと飛んでいったものを見た。目を見開いてしまった、飛んでいったのは気絶している自分の仲間だったからだ。

 今度は反対に飛んできた方を見た、そこに立っていたのは、明らかに投げたそのままのポーズで居たディオブだった。


「へっ、喧嘩中だぜ?よそ見してくれんな」

「……バケモノめ……」


 すでにディオブによってヘリオ除き十人居た神軍はすでに三人になってしまった。それも全員が殺されたのではなく、()()()()()()()()()()()()。手加減されているのだ。恐怖に体が硬直し、嫌な汗が頬を伝って落ちていく。今すぐに逃げ出したくても、きっと目の前の獣は逃がしてくれないだろう。


「来いよ、ビビってんのか?」


 そうだよ、肩書きの無い神軍の男は、心の中でそう叫んだ。

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