叛逆の拳
アリオットは一瞬にしてディオブの視界から消えた。
今までのアリオットとは違う圧倒的なスピード、ディオブの動体視力でも追いきれない程に身体強化を高めているのだ。
アリオットは現在、身体強化の割合を高める代わりに、鉄属性の硬化をしていない。
魔力消費効率度外視、超短期決戦の手段であった。
そんな状態では硬化したディオブに対し一切の攻撃は通用しない。必然狙うべきは生身、素の肉体である。
ディオブの周囲を走り続けながらアリオットは考え続ける。決定的な隙、狙うべきその瞬間を。
(ディオブ……君も限界近いだろ? 鉄属性は魔力を食うからね……ほとんどそれしか使ってなくても……常時全身硬化はしんどいはずだ!!)
アリオットがギャンブルに出た理由は一つ。ディオブの限界を見切っていたからだ。
ディオブとアリオットに共通する事は少ないが、その中でも大きい要素は習った武術が同じであるという点と、使用する魔法が同じであるという点だ。
使用する魔法が同じなだけに魔力消費の大きさはよく知っている。だからこそ見抜いた相手の限界を、アリオットは残りの体力全てを使って突く。
短期決戦の狙いはディオブも同じだった。
元来戦いにあれやこれやと考えを持ち込む事を嫌うディオブは、一撃を決めれば勝ちという、非常に単純なこの状況を喜んでいた。
ディオブには身体能力の高さが、アリオットには正確な攻撃が、お互いのアドバンテージを押し付けるこの決戦。すでに銃口は向けられている。
ディオブの周囲を回転し続けるアリオットは、両腕の硬化を確認した後、仕掛けた。
(来た!!)
ディオブの後ろでは無く僅かに斜め、視界に入っていない位置からディオブを狙った。
音から気づいたディオブは腰を捻り、その勢いのまま拳に勢いを載せる。
全力で地面を蹴り、ディオブの片足が地面を離れた。さらに回転の速度と拳の勢いは上がる。
だが正面にアリオットを捉えたディオブは、その動体視力で体勢を完全に見切った。
左拳で自分を狙うアリオット。
その事実を完全に認識したディオブは硬化した拳で合わせる。
どう見ても硬いのは自分の拳の方だ。色に裏付けられた自信と共に拳を放つ。
放たれた拳と拳がぶつかる。そう思った瞬間、なぜかアリオットは拳を開きディオブの拳を掴んだ。
ニンマリ笑ったその表情、ディオブは修行の時何度も見たことがあった。
腹立たしい、してやったりというメッセージ。舐めさせられた辛酸の味を思い出させられる。
「強くなったんだね……ディオブ……殺す勇気を得るなんてさ」
聞こえるその声は等速なのに、動きの一つ一つが正確かつ細かく、スローに見えた。
「嬉しいよ」
ディオブには未来が見えるかのようだった。
この後に起こる全てを理解してしまったのだ。
この一瞬にディオブは全てを反省した。アリオットという男の底知れなさを忘れていた事実を、アリオットという男の容赦無さを。
アリオットという男の、その実力を。
アリオットは砕けた方の拳を繰り出した。血を撒き散らしながらディオブの顔面に当たり、地面を抉る程に力を込めて、思いっきり振り抜いた。
「リベリオン!!」
全力の拳が突き刺さり、ディオブは後頭部から地面へ叩き落とされるような感覚を味わった。
地面に大きなクレーターとヒビが入り、轟音と共にディオブを下へ下へと沈める。
島全体に響く轟音が終わると、そこにいたのは決着を迎えた二人だけだった。
ディオブは血を顔面全体から流れさせ、明らかに意識の無い瞳で地面に横たわっている。
勝者のはずのアリオットは肩で息をして、全身で疲れを訴えている。
「ああ……くそっ、もっと余裕で勝つ予定だったんだけどな」
苛立ちながら振り返り、後ろに居る災厄を少し睨んだ。
こちらを睨む三人は、アリオットを射殺さんばかりの眼光だった。
島そのもの相手に、限界を超えたアリオットは、拳についた血を頭に塗りたくり笑う。
「疲れたね、最高に」




