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果てなき空で”果て”を目指す物語  作者: 琉 莉翔
鉱山の島アクマンス編
17/304

鉱山会議

 煙の外に出てから気づいたが、ディオブはテリンとエボットを片手に抱えていた。テリンの方は俵のように抱えられ、エボットは襟の部分を無理やり掴む形で運ばれていた、サグの角度では正面が見えなかったが、抵抗しなければ明らかに首が締まる。

 ある程度さっきの場所から離れ、完全に煙も視認できなくなった。その辺りまで来て、ディオブは三人を投げた。急だったので三人揃って少しだけ転がった。

 転がって、起き上がって、二人の姿を確認してようやくサグの脳は状況の整理に成功した。


「二人とも!大丈夫!?」


 二人に駆け寄って体を確かめる。二人とも特に怪我をしている様子も無く、どこからか血が出ている様子もない。そんな二人に安心してしまい、抱きしめる。


「良かった……捕まった時はどうなるかと……」


 サグは自分でも気づかないほどに強く二人を抱きしめていた。腕の力から二人に、サグの感情が伝わる。


「大丈夫だ、なんも怪我してねえさ」

「うん……大丈夫だよ」


 同じように二人を腕に力を入れた。自分の存在を、不安がっているサグに教えるように。

 後ろから何回か咳払いが聞こえてきた、その時三人は思い出した。そういえば自分たちは助けてもらっていたのだと。三人揃って少し赤い顔をしながら立ち上がった、そして助けてくれた恩人へと向き直る。


「ありがとうございました……また助けてもらって……」


 代表してまたサグが、少し恥ずかしいのを隠しながら言った。自分でも、多分隠しきれていないと、気づきながらだった。


「いやいいぜ礼は、どうも俺が巻き込んだみたいだから」


 ディオブはヒラヒラを手を振った。そしてトロッコ用のレールを、大げさに足を上げて避け、おあつらえ向きな岩に座った。サソリと戦った時には見せなかった疲れた様子で、額の汗をゆっくりと袖で拭った。大きく息を吸い込んで、大きく息を吐いた、よっぽどだったようで、少しだけ土が舞った。


「すまないな、俺のせいでお前たちまで追われる身だ」


 苦しみと罪悪感の混じった、暗く低い声だった。


「……聞いていいですか?」


 暗い声が、筋骨隆々なはずのディオブを、暗闇に惑う迷い子のように、自分たちとおんなじように見せた。それ間違った認識が、サグの背中を、少しだけ押した。


「あ?」

「どうしてあなたは、神軍に追われているんですか?」


 ディオブは、少しだけ意外そうな顔をした、まさか聞かれるとは思っていなかったのだ。徐に、足元の手のひらに収まる程度の石を手に取った。そして、そのまま握り拳の中にそれを隠す。

 一瞬だけ、拳に力を込めたように見えた。手のひらを開いた、こぼれ落ちたのは砂だった。石のような塊は一片も見えない。


「これが俺の力、シンプルに強えだろ?」


 ディオブは手についていた砂を払いながら、軽い口調で言った。しかし、三人の空気は重い。ディオブの表情が暗く、重かったからだ。


「……成長するにつれて……力は強くなっていった……明らかに人間でないほどの力が、備わった」

「今砂を砕くのに、大した力は込めてねえ、未だ全力を出した事はねえ」

「危険だ、そんな理由で神軍たちは俺を追いかけてくる」


「理不尽だよなあ」


 ヘラりと笑った、しかしその笑顔には一切の明るさが無かった。薄暗い坑道なせいも相まって、妙に不気味だった。


「理不尽に屈する気は無い、俺は暴れたよ、故郷に迷惑をかけないように、必死こいて脱出して……逃亡生活だった」

「”冒険者”ってのは、なんでかは知らんが、神軍の定める犯罪者の最上級らしい」

「くだらねえよ、ほんっとう」


  ぽつぽつと語られる言葉は、ひどく冷たく暗く重い。今までの苦しみを、なんとか捻り出しているようだ。

 サグは、なぜか重い空気の中で、心臓を跳ねさせていた。興奮していたのだ。さっき冷たかったはずの指が、少しずつ暖かくなっていっているのがわかった。興奮している理由はわかっている、だが心の中にある邪魔な感情があった。この勢いを殺してはいけない、心が直感していた。だからサグは、誰にも気づかれないように、それを閉じ込めた。


「本当、悪かった、適当に土を掘る、そっから脱出して逃げろ」


 拳を構えて、壁に向ける。ぐっと足を引いて力を溜めているようだ。だが、エボットが焦りながら腕に飛びつく。


「バカバカ!!崩落するわ!!」

「いやそれくらいの加減は」

「そういう問題じゃ無いって!!」


 テリンも一緒になって飛びつく。大丈夫だとディオブは宥めるが、流石に落盤事故は起こしたく無いので、二人は必死になってディオブを抑えようとする。


「……ねえ()()()()

「?」

(急に呼び方が変わった?)


 呼ばれてディオブは動きを止めた、だが、サグの妙な雰囲気に一瞬だけ気圧されてしまった。サグは少しだけ口角を上げていた、雰囲気からして笑っているように全く見えないのが、不思議で、不気味だった。


「……あの黒い煙はなんだったの?」

「あれは魔法だ、知らないのか?」


 魔法、聞きなれない単語だった。本の中でしか聞いたことがなく、この場面で言うにしてはずれている気がする。


「聞いたことない」


 サグは知らなかったからこう言った。しかし反対にディオブは心の底から驚いた顔をした。意外そうに目を見開いて、サグをまじまじと見ていた。


「本当か?知らねえなんてことないだろ?魔法だぞ?お前らは?」

「知らねえな」

「うん、小説とかでしか聞いたことない」


 二人もポカンとした様子で答える。そんな二人に、ディオブはさらに驚いたようだった。


「まじか……よっぽど田舎の出身なんだな」

「ちなみに、魔法ってなんなの?」


 サグの質問に、顎に手を当ててうなり始めた。


「まあ平たく言えば戦闘手段だ、ただの格闘術に魔法を足すだけでだいぶ違う」


 サグは確信した、チャンスを見つけたと。逃してはならない、急かす心に完全に身を任せる。

 ディオブの答えにサグの口角はさらに上へと吊り上がった。吊り上がったような笑顔に、ディオブの背筋に悪寒が走った。


「じゃあさ……ここから生きて出られたら……俺たちに魔法を教えてくれない?」

「はあ?」


 楽しそうに笑いながら、こちらに手を差し出すサグ。ディオブは目の前の少年の意図が読めず、一歩後ろに引いてしまう。意図が読めないのはテリンとエボットも同じ、むしろ今まで見たことのない親友の表情に、ディオブ以上に押されてしまっている。


「強くなるための手段……ずっと探していた課題だ、だから、ここから生きて出られたら教えてほしい」

「おいおい!!教えるのは構わねえが……状況わかってやがんのか!?」


 あまりに衝撃的に感じたのか、大袈裟な身振り手振りをしながら、ディオブはサグに詰め寄った。しかしサグは一切動じない、むしろそれすら楽しんでいるように見える。


「神軍に囲まれて出口塞がれて、道をよく知らねえ坑道に閉じ込められちまった!」

「それこそさっき言ったみたいに、壁ぶち壊すぐらいしかないんだぞ!?」

「いやいや、それ以外がある」


 サグの雰囲気はあまりにも違う、いつも二人が見ていた、優しい柔らかな雰囲気はどこにもに無い。まるで刃を纏っているかのように鋭く危険な雰囲気だ。


「戦うのさ……俺たち四人で」


 妙に低く、鋭い声だった。一瞬だけ空間を照らしていた電灯が瞬いた。


「武器を持ってて…俺たちも神軍に対して戦う理由がある……戦わない理由がどこにある?」

「……ふざけるな!危険すぎる!」


 ディオブが怒りに、胸ぐらを掴みながら叫ぶ。その時、テリンは一瞬だけディオブが拳を握って開いたのを見た。さっきの一瞬だけの攻防を思い出していたのだ。唯一戦ったからこそ、危険度が身に染みてわかっているのだろう。


「……ディオブ、人を殺したことは?」

「は?」

「人を、殺した事は?」


 聞き返したディオブに、サグは鋭く返した。胸ぐらを掴まれていながらも、目は鋭く、サグにしては冷たく、逃がさないと、目で訴えていた。


「ねえよ」

「俺は……俺たちはある」


 胸ぐらを掴んでいる手が、少しだけ緩んだ。視線こそサグから外していないが、目は怒り一色ではなくなっていた。


「あの日決めた、”果て”に行くと、そのためなら」


 ディオブの腕をサグが掴んだ。胸ぐらから手を外させる。その時ようやく気づいたが、サグは震えていた。サグ自身も怖いのだ、しかしそれを誤魔化すために無理矢理笑って、反対の物で自分を誤魔化していた。声だって意識していたのだろう、さっきまでの雰囲気と明らかに違っていたから。


「命だって惜しくない」


 今、サグにある唯一誇れるものは覚悟だけだ。高すぎる目標に、それに全く合わない強さ、現状を変えるためのチャンス。サグは必死だったのだ。

 さっきまでの、ただ鋭い目とは違う。明らかに熱のこもった、決意の目。そして感じ取ったサグの中の恐怖、ディオブの心は決まっていた。


「……戦えんのか?お前らは」


 振り向いて、ただ聞いているだけだった二人に聞いた。二人は突然話を振られて、驚いている様子だった。しかし、すぐにそれぞれの武器を握った。


「サグが戦うから」

「俺たちも戦うぜ」


 目には決意があった。目的を同じくする仲間、だからこその目。再び大きくため息を吐いた。


「わかったよ、戦うぜ」


 ディオブの言葉にサグが明らかに嬉しそうにした。そんなサグの額に、ピッ!と指を当てる。


「けどな、今回の戦いは脱出戦だ、真正面からじゃねえ、ただこの島を出られりゃそれで良い」

「自分の実力ってもんは、わかってるだろ?」


 サグはゆっくりと頷いた。サグ自身真正面からで勝機が無いことはよくわかっていた。


「そして……だ、魔法を教えるのは良い、だが一つ、条件をつけさせてもらう」


 四人は円形に座り、ようやく落ち着きを得た。

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