分かりやすい自分
経験、魔法、技術、戦闘に関連するそれら全てで、この島にいる者達で最強を誇るアリオットは、珍しく苛立っていた。
歩調は何故か急足、いつも落ち着いているはずの足音は不規則で、顔には分かりやすく皺が寄っていた。
アリオットが苛立っている原因はたった一つ、部下の無能さ加減だ。
ある程度の実力と操りやすい単細胞であるゾッグは間抜けにも油断したまま殺され、有象無象で脳味噌すら無いチンピラ達は相応にというべきか、子供達に倒され殺されている。
チンピラ達はいくら死のうとも構わなかった、アリオットにとって予想外だったのはサグ達の実力だった。
年長者で弟弟子のディオブと元神軍で研究職とはいえ内容柄腕の立つイリエルの二人を最重要警戒対象としていた。ここまでは当然にしても、残りの三人は物量で押し切れる程度の物と考えていたのだ。
しかし三人は想像以上の実力と連携を持っていた。結果として生じたのが計画の遅れだ。
あらゆる事象に余裕を持って応じれるアリオットも、自分の意にそぐわない計画の遅れには苛立ちを隠せなかった。
だからこそ、今この戦いは容赦しないと決め、甲板への扉を開けた。
「おお」
死屍累々という言葉が相応しい光景が目の前にはあった。
全員が全員死んでいる訳では無い様だったが、それでも打ちのめされ、寝転がされて動けなくなっている。
(やはり雑兵程度じゃ相手にもならないか……)
アリオットは目の前の面白い光景に苛立ちが少し収まっていくのを感じた。
自然と体を硬化させ、戦いへ飛び出してしまいそうになる。そんな感情を抑え込んで、冷静な指揮官として歩みを進める。
「暴れてるね」
その一言で甲板の誰もがアリオットの存在に気づいた。そして一方の顔は絶望的に、もう一方の顔は希望に溢れた。
サグは一瞬だけ絶望を覗かせながらも、剣を握り、アリオットを睨みつけた。
脳裏にあるのは苦々しい敗北の記憶。情けなくも負けてしまった、あの時の痛い記憶だ。
しかしそれでもサグは冷静だった。激る魔力を押さえつけ、来る先頭にわずかでも力を逃さず備えんとしている。
殺意を察したアリオットは、サグの中にある小さな変化に気づいた。
それはアリオットにも正体はわからなかったが、サグの心を変えてしまうほどの変化をもたらしつつ、それでも小さな何かだ。
(楽しいな、ここまで面白いミッションになるとは)
アリオットはまた一歩一歩サグ達へ近づいた。
転がっている体はどれも傷は少ない。しかし確実に仕留められる位置に攻撃が加えられ、容赦の無さが窺えた。
この戦場では幼くさえあるその姿に似合わぬ容赦の無さ、アリオットのワクワク加減が大きく強くなる。
だが今のアリオットは指揮官だ。馬鹿どものためにそれらしい役割をしなくてはならない。
「アルト、この状況は?」
「見てわかる通りです、逃してしまい暴れられています」
「悪いね、一応業務報告さ」
アリオットはサグをじっ、と見た。
感じる限り魔力はあまり多く無い、というよりゾッグ戦のダメージが未だ響いている様だった。実際チンピラ達が仕留められたのはサグの体力切れが故の部分が大きい。
「サグ、ここにアルトが居る、という意味は分かっているよね」
ケラケラ笑い出しそうな顔でアリオットが言った。
性格の悪い笑顔に、サグは眉間に皺を寄せながら返す。
「理解したくはないけどな」
「だろうね」
サグの言葉をすっぱりと切り落とすアリオット。小さく苛立ちながらも、冷静さを保ち次の言葉を発する。
「ディオブはどこだ」
「さあね? じゃミラはどこだ?」
「さあね? イリエルは」
「……答えないくせに質問?」
「お前もだろ……!?」
「そだね」
ヘラリと笑ったアリオット、今度苛立ったのは隣に立つエボットとテリン。
サグは苛立たず、会話に集中をしていた。
動揺しないサグに少し驚いたアリオットは、そのメンタルに対し賞賛を贈ることにした。
「イリエルはあそこさ」
親指で指すのはさっきまで自分の居た部屋。指が部屋を指した瞬間、三人の視線が同時にそちらを向いた。
「までも、状況は分かり易いよね」
「ああ、戦ってやる」
サグは剣を握り、アリオットへと走り出した。




