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果てなき空で”果て”を目指す物語  作者: 琉 莉翔
鉱山の島アクマンス編
14/304

剛力無双の男

「あ……あなたは?」


 サグが動揺する心を押さえつけて問う。ボロボロで出た声は、少しばかり掠れていた。


「いやいやそんなことは」


 男の後ろからサソリが狙っていた、ハサミで男の背を切ろうとしているようだ。


「あぶっ」


 叫ぼうとした間にサソリは飛んだ。だが、男は気にしない。腕組みの状態から、ただ握った拳を後ろに振る。結果、拳はサソリの顔に当たり、砕く。緑の血が男にいくらか付着した。


「どうでもいいこった」


 日常の一動作を終わらせたかのように、男の様子は変わらない。だがさすがに、手についた緑の血は気になったようで、ブンブンと手を振ってそこらに血を飛び散らす。


「重要なのは、なんでお前らみたいに弱いのがここにいるのか、だ」


 エボットの肩がギクリと跳ねる。実はさっきまで、後悔の念でいっぱいだったのだ。自分が提案しなければ、こうはならなかった、とサグの死をほぼ確信してしまっていたのだ、しょうがない。

 こちらをジロリと見た男は、驚いたことに大体のことがわかったらしかった。


「まっ、誰かが金ゲットしようぜ?なんて言ってきたってとこだろ」


 男はスッと目を閉じる。ズボンのポケットに手を入れて、静かに、一切の動きなく立っている。


「甘すぎるな」


 鉱山の奥の方で何かが動く音がする。結構なスピードでこちらへと向かってくる。


「天空サソリは鉱山に住み着いて鉱石を食い、体の甲殻へと変換する」

「舐めてかかると、こうなる」


 男が視線で足元を指した。サソリに集中していて気づかなかったが、男と三人組以外の討伐メンバーは、すでに全滅してしまっていた様だった。

 こちらへ移動してくる音が大きくなっている。一匹や二匹ではない、軽く百は超えている足音だ。カサカサ、ガサガサと集合しながらこちらへ急いでくる。


「しかもこいつらの基本単位は群れだ、ゴキじゃねぇが一匹見たら百匹は覚悟することだ」

「そおら!きたぜ!」


 奥の通路から百数十匹のサソリが現れた、赤色だけではない、青色もパラパラと、大体9対1程度の割合で混じっていた。


「何……これ」

「ギィィィィ!!」


 テリンの呟きを皮切りに、サソリたちが攻撃を開始する。まず一番近くにいた男の元へとサソリ達は動き出す。男はニッ、と歯を剥き出しにして笑った。自分で倒したサソリの尻尾を掴む、そしてそれをヌンチャクの様に振り回した。


「おおおらあああああああ!!!!」


 飛びかかったサソリたちは、男の振り回すサソリにあたって、次々にバラバラのかけらになって行く。緑色の霧が、荒々しく暴れ回る男を、まるで舞っているかのように美しく見せた。

 こうして九割のサソリは潰された、だがまだ残っている、しかも、残っているのは青色のサソリだ。男は、振り回しすぎて、尻尾だけになったそれを、ポイと捨てる。


「青色は特別でな、群れの中で幹部くらいの役割は持ってる、要は知能も強さも大部分の赤よりも上だ」

「ほんで……その後ろにいるのが……」


 青いサソリたちが左右に外れて道を開けた。現れたのは、他よりも二回りは大きい紫色のサソリだ。尻尾なんかは、それ単体で一匹の生物と言われても、信じてしまうくらいにはでかい、大体サグの一回りは大きい。


「この紫色のやつがこの群れのボスだな」


 男はパン!パン!と右拳を左の手のひらに何度か叩きつける。楽しそうな様子で、紫のサソリと向かい合う。紫のサソリも男の強さを感じ取ったのか両のハサミを開いては閉じて、カチンカチンと打ち鳴らしている。


「こいよ、虫畜生、ぶち倒してやる」


 言葉がわかるのか、男の自信満々の様子が気に食わなかったのか、紫のサソリは鳴き声を盛大に上げた。洞窟内が鳴き声のせいで少しだけ揺れる、三人の鼓膜に音がビリビリ響く、少しでも耐えるために、両耳を塞いでみるが全くもって意味は無かった。

 サソリは走り出して両のハサミを前に出した、体が大きい分、さっきの赤色よりもリーチが長い。まずは愚直に首や体ばかりを狙うのではなく、腕を切り落とす腹積りのようだ。


 男は少しも動揺する事なく、上下のハサミの間に自分の手をそのまま突っ込んだ。そして、下のハサミを手のひらでがっちり掴む。上のハサミで手を切断される間もなく、サソリを持ち上げて地面に叩きつける。真ん中にある顔に足を乗っけた、右腕に力を込めて思いっきり後ろに引く。


「ギギギャガ!!??」


 サソリの濁った悲鳴が聞こえた。ハサミが体から引きちぎられたのだ。人間で言えば、腕をいきなりもぎ取られたことに該当するだろう。

 男は右手に持っているハサミを一瞬で方向を変えて、胴体部に思いっきりハサミを突き刺そうとする。しかし、サソリも弱くは無かった。突き刺されまいと、その多い足を全力で使って、後ろにカサカサと交代する。青いサソリたちよりも、もっと後ろに下がって、残っている方のハサミを三度ほど地面に叩きつけた。ドシンドシンという鈍い音と、ビリビリとした小さな振動がした。


「ギギィィ!」


 紫のサソリの号令は突撃命令だったようだ。綺麗に二列になっていた青いサソリたちは、一糸乱れぬ綺麗な動きで一斉に男の方へと向いた。


「ガギギィ!!!」


 感情などないはずのサソリの声に、わずかに怒りを感じた。リーダーの声を受けて、一気に青いサソリたちが男向けて突撃する。


「はっ!数いりゃあいいってもんじゃねぇぞ!!!」


 そこからは一瞬だった。持っているハサミで体をバラして、足で頭を踏み抜いて、片手の手刀で尻尾を切り裂いて。まさに無双と呼ぶに相応しい光景だった。ぐちゃ、バキ、ゴシャ、表すならばそんな音だろうか、そんな惨たらしい、ひたすらサソリを破壊する音が、空間に満ちた。だが、無力な三人はそれを全く、気にすらも留めていなかった。


「すごい」


 サグの呟きは、うるさい音で満ちていたはずの空間で、三人の脳に面白いほど深く、強く染み込んでいた。自分たちの弱さとはまた違う、無双とも呼べる気持ちいいほどの強さ、憧れに瞳は煌めいて、光景を一瞬でも見逃すまいと、瞼は上へ上へと限界を超えて上る。


 程なく、サソリは少し前と同じようにかけらと肉片になった。緑の血の水たまりを、男はぐっと踏みしめた。自分が倒し切ったことを、確かめるかのように。


「さあて」


 男がさっきまでとはまるで違う、返り血まみれの(ケダモノ)のような笑みで紫のサソリを睨んだ。気のせいか、サソリが恐怖に縮み上がったように見えた。ある意味感心してしまうほどのスピードで振り返って、鉱山の奥の方へと走り出した。


「おいおい、部下を全滅させられてそれか?」


 まるで野球の投球フォームのように構える。足を高く上げ、腕や足に力をこめて、次の動作に備えた。


「これでも食らっとけ」


 男は構えのままに、ハサミを投げた。投石器のように放たれたそれは、サソリに回避する間も与えず、一瞬で貫いた。向こう側が暗いせいでよく見えなかったが、ぐちゃっ、という音と、ドゴォ!という音がしたため、サソリが砕かれたことは分かった。


 男は、全てをやり切ったという様子で、大きく息を吐く。ズボンに付いてしまった土埃を叩いて払い、うーんと体を伸ばす。

 一連の動作を終えて、ポカーンとしている三人を見回した。


「とりあえず、話してみっか?」

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