進化する少女
ミラは、ずっと、どうしようもなく悔しかった。
島を荒らされ、昨日まで親しくしていた人たちが目の前で傷つけられた。大事な物を託されたとはいえ、自分一人逃げるのも、表しようがないほどに苦しかった。
小さなボートに乗せられて、自動航行で流されるままに空を行き、よく分からない魚に襲われた。
食べられた後は、さすがにミラも死んだと思った。だが宝石が守ってくれていたのだ。言葉も、確証も何一つなかったが、宝石が自分を守ってくれていると、当てのない確信があったのだ。だからこそ、助けられてから魚の死骸を見た時、ミラは宝石が干からびさせたと確信した。
そして情けないことに、助けてもらった人たちに島まで来てもらい、自分では到底敵わない敵に戦ってもらい、傷ついてもらっている。
彼らはミラに対してある意味か保護だ。幼い身を守るために戦闘から遠ざけ、自分たちばかり傷ついている。
ミラ・ピアプローデ、九歳、二桁にすら満たないその幼さ、今では罪でさえあった。
ミラは己の弱さを呪う、幼さを呪う。己を正確に分かるからこそ、辛く苦しい。
「終わりなんだ……」
また一つ呟かれた言葉が、ミラの怒りを増幅させる。
大人たちの作り出した冷たい負の空間で、少女は一人、紅蓮の怒りをたぎらせる。
「もう……ダメ」
「ふざけるな!!!」
冷え切った空間に打たれた鞭は少女の声。緩み切った情けない心に響き、全ての視線を集めた。
ミラは怒りに震え、真っ赤になる程拳を強く握り、歯を軋ませた。
「なんで、あなたたちが諦めるの!? あなたたちが一度でも戦ったの!?」
握った拳に力を封じ、ぶつける先を探すかのようにブンブンと振り回している。
どうやっても苛立ちを抑えきれず、頭が沸騰しそうなほどの感情が、幼い身に余るほど次から次に溢れ出てきている。
目の前の縮こまった情けない大人たち、立ち向かうことすら許されなかったさっきまでの自分、全てミラの怒りの対象だ。
「武器を持った相手! 圧倒的戦力差! 全部理由にはなる! けど……一度負けたからって……折れて良いほど! この島は軽いの!?」
「理由があったって譲れない! だから戦う選択肢があるのに! なんで大人が最初に放棄するの!!」
脳裏にあるのは、名前一つで目を変えた船の乗組員たち。たった一つの言葉のために、あれほど恐ろしい組織に戦いを挑むその姿を、ミラは強烈に覚えている。
得たいもののため、ただ真っ直ぐに、自分たちの意思を貫き通すその姿、ある意味究極のわがまま、幼い少女が憧れるには十分だった。
だが、彼らは得ようとしているのだ。目の前の大人たちは失おうとしている。それも現実をむざむざと受け入れ、生ぬるく傷つかない場所に甘んじようとしている。
怒りが、止まらない。
「僕は嫌だ! 失いたくない! わがままでも! 現実がそれを許さなくても! 絶対にこの島を好きなようにされたくない! これ以上失ってたまるか!」
「絶対に嫌だ! 絶対に! 戦ってやるんだ! 弱くても負けない! 折れたりなんか絶対にしてやらない!!」
はぁ、はぁ、と明らかなほどの息切れの声が、叫びの代わりに聞こえてきた。
しかしミラは気持ちよかった。たまりにたまった不満が消え、代わりにあるのは満ち足りた感覚。解放、カタルシスの心地良さが心を満たした。
ゆっくりと歩き出した。みっちりと倉庫に詰まっていた大人たちは、ミラの気迫に気圧されたのか、歩くミラに道を開けている。
ミラが歩いた先には小さな窓、換気するための細長いものがあったのだ。大人は出れないが、小柄なミラならば出られる程度のスペースはあった。
蜘蛛の巣を抵抗なく手で引きちぎり、少し固い半月型の鍵を開け、窓を開いた。
「僕は、諦めたくない」
少し情けない言葉だが、賢いミラは、自分の身の丈にあった言葉をよくわかっていた。
地面に腹這いになり、顔だけを窓から出す。チラチラと確認してみるが、ノアガリが周りで警戒している様子は無い。
やはりといえばそうなのだが、ノアガリはチンピラの寄せ集め集団だ。故に統率された警備など無い。するりと窓を抜けでて、目の前の建物の壁へ素早く走る。
窓をじっと見てみると、幸運にも、窓の鍵が空いているようだった。静かに窓を開けて、するりと建物の中に入る。
中は普通の民家のようだったが、ノアガリ達が雑に物を詰め込んでいるようで、隠れる場所には困らないほどの物が、迷路のように積み上がっていた。
素早く倉庫の入り口に近い窓へと走る。見る限りそれぞれ建物の入り口にしかノアガリは確認できず、警備が非常に薄くなっているようだった。
皮肉なことに、絶好のチャンスだ。
小さく見つかりにくい、弱いから戦う意味もない、最適な人材は、ここに成長を余儀なくされていた。
(みんな……)
恐怖が心を潰しそうになるが、負けるわけにはいかない。
島のため、恩人のため、少女は心を進化させる。
(私が、助ける)




