漠然と
倒れたゾッグの姿を見て、サグは深く長いため息を吐いた。安堵を混ぜた疲労をアピールするため息だ。
吐き終わった瞬間に、ずっしりとした疲れが襲いかかってきた。自覚したのだ。自分がどれだけ疲れているのかを。
地面に倒れ込みたい衝動を抑え込み、背中を抑えているイリエルの元へ歩いた。
見てわかる怪我は特に無かった。だからこそサグは、身体強化という物の恩恵を強く思い知らされた。
「大丈夫? イリエル」
「ええ、大丈夫よ」
応じるイリエルの雰囲気はいつも通り。女王でも、チンピラでも無い、いつも通りのイリエルの雰囲気があった。
サグはイリエルの中に非常にアンバランスな物を感じていた。それも、言語化できない、漠然とした不安となって襲いかかってくる。
そんな不安をため息で振り払い、次の行動を始めた。
「ってか、イリエル何でここに?」
「テリンに持たせた通信機あるでしょ? こっそり聞いてたのよ」
「え゛!?」
サグは驚きに目を見開いた。
つまり今までのやり取りほぼ全てを聞かれていたという事になる。
何も悪口を呟いていなかったかと、冷静な思考のまま記憶をぐるぐると巡らせた。わかりやすく動揺したサグに、イリエルは思わず笑ってしまった。笑いが少しだけ体の痛みを煽ったが、楽しい気分に免じて許す事にした。
「でっででもランプ光ってなかったけど!?」
「光らないように中をイジったのよ」
まるでトラップに引っかかった気分になり、サグはイーっと歯を剥き出しにして、思いっきり嫌そうな顔をした。その表情がまたイリエルを笑わせる。
サグは少しだけ苛立ちながら、後頭部を引っ掻いた。
「そのおかげで情報を入手できてね、さっさと行動したのよ」
実際イリエルが来なければ、ゾッグに勝てていたかどうかわからなかった。
サグはプライベートを覗き見されていた気分になりながらも、仕方ないと割り切る事にした。
「なるほどね、通信機持ってるのは?」
「ディオブ、まだダメージが大きくて」
「わかった、みんなと合流しよう」
サグとイリエルは想像外に長引いた戦闘で負った傷を無視し、集落の方へと走り出した。
「話聞いてたならさ、元老の話どう思った?」
「ああ、ありえると思ったわ」
「そう?」
「ええ、島の同化も、維持のための回復が追いつかないって話も、ある程度筋が通っているわ」
「……その話聞いてからさ、なんで助けてくれないんだ、ってずっと思ってたんだけど?」
「魔力をこれ以上消費できないんでしょ? あなたもさっきグロッキーだったし」
「……」
自分以上に魔力の知識があるイリエルに言われては、これ以上反論できなかった。
サグは小さな納得と共に集落を目指す。最初と同じように、太めの枝を渡りながらだ。
体が痛かろうと、その動作一つ一つに支障をきたすことは無い。一本一本をしっかり踏み締めて進んでいる。
耳に入るのは、風に揺れた葉っぱの音と体重で軋む枝の音。たったそれだけの静かな空間が、サグの僅かで、漠然としたどうしようも無い不安を増大させていく。
しばらくして、一度見たことのあるような枝の並びが見えてきた。確実では無いが感覚的に分かった。
「イリエル! もうすぐだ!」
「了解、合流したら一旦ディオブたちのところにいきましょう」
イリエルの言葉に一度うなづき、サグは目の前の邪魔な葉っぱだらけの枝を、ナイフで切り落としまた枝を蹴った。
立ったその位置から見下ろした集落は、確実に記憶の光景と被る物。しかしその場には、あるべきもう一つの物、仲間たちが居なかった。
「サグ? 本当にここ?」
「うん……確実に……」
イリエルの疑いも仕方のないことだ。サグも自分の記憶を疑い始めている。
次の木の枝に飛び移り、見える景色を記憶と照らし合わせる。なんとなく近いような気もするが、やはり一番それらしいのは最初の前の木の枝だった。
焦りと恐怖、それらを総合した嫌な予感、あまり考えてはいけない方に思考が加速する。それら全てを振り払うべく頭を振るが、全く思考から消えてくれない。どころか、時間と共に嫌な感覚が強くなっていく。
額の汗を拭いまた次の場所を見た。
「……サグ、ここ」
イリエルが指差した場所を見る。
そこは周囲が青々と茂った葉に覆われているというのに不自然なほど葉が避けられていて、大人といかないまでも、ある程度の体格の人間が何人かいたことが推測できた。
「まさか、そこか?」
「ええ、居ないということは、移動したのかも……」
「だけど……必要に迫られて?」
「そういうことだよ」
あまり思い出したくない声が聞こえた時、ほぼ同時に銃声がした。
声を聞いた時、二人は反射的に枝を蹴り空中に退避していたため命中しなかった。銃弾は枝、正確に二人の居た位置に命中し、捻り折った。
(! あの威力、回転数と威力を上げてるわね……!)
焦りに思考を奪われているサグとは違い、イリエルは回避しながらも、冷静に思考を回していた。
また別の枝に乗った二人は銃弾の飛んできた方向を見下ろす。
絶対に見たく無かった顔、アリオットがそこに居た。
「久しぶり」
整った顔によく似合う爽やかな笑顔に、サグは僅かな殺意を抱いた。




