たった一人の最高の援軍
イリエルが来ている。
ある意味衝撃とも思えるような状況でも、サグは硬直するわけにも行かなかった。
なぜならぶつかった男は、大してダメージを受けてしまったわけでも無く、むしろピンピンした様子で自分たちを見ているからだ。
しかし”何故?”という疑問が沸いてくるのも確かで、この状況がサグの心をかき乱しているのも間違いなかった。
サグは気持ちを立て直し、目の前のゾッグに向き直った。
「お説教はあとね」
武器を持たないイリエルは、まるで武闘家のように拳を構え、圧倒的な筋力差があるであろうゾッグに向き直った。
その細腕とゾッグの大木のような腕では大きすぎるほどの差がある。
だがイリエルの実力を知っているサグは、大地を支える根のような安心感を、その細腕に感じていた。
「できれば無しでお願いしたいよ」
サグは思わずニヤリと笑ってしまった。戦意剥き出しの、非常に好戦的な笑みだ。
男はゆらりとこちらを見て、増えた獲物を前に、ひどく楽しそうに口角を思い切りあげた。
「なんだぁ、一匹増えたな」
「汚ったない顔ね」
男の恐怖しか与えられない笑みに、イリエルは同じようにニヤリと笑いながら、大胆な挑発を返した。
「あ?」
当然の如く男は怒り、プライドを傷つけられたとばかりに、大袈裟に顔を真っ赤にしている。
イリエルは対照的に、してやったりと顔で言っている。狙い通りのようだ。
サグの心にはわずかな焦りと恐怖、あとはイリエルに対する信頼があった。心を覆いかけた力に対する恐怖を、イリエルに対する信頼が掻き消してくれた。
「ぐちゃぐちゃにしてやる」
イリエルは歯を見せて、サグと同じ好戦的な笑みを浮かべた。
それが合図だ。
「死ね!」
大ぶりの斧を、イリエルはまるで縄跳びでも飛ぶかのように軽やかに空中に飛び上がった。いかにも緊急回避といった、醜い転がるような回避をしたサグとは大違いだ。
ただ飛び上がっただけで無く、空中で何か見えないものに掴まり、その位置から何度も足でゾッグを蹴り下ろした。
ズド、メキ、メギャ、蹴り込む度にさらに強力かつ強烈な音を奏でて、速度も上がっているように見える。
男はその太い腕で耐えているが、段々と体が低い位置に下がっていく。一撃一撃の重さに屈し始めているようだ。
サグから見たその行為は、まるで女王のお戯れ。高い位置から見下ろせる特権階級が下々を踏み下すかのようだ。
「死ぬのはどっち?」
楽しそうに笑うその姿、自らの行いに酔う女王そのものでしかなかった。
サグはその間に両手に魔力を集中させる。こうなっては殺しを躊躇しない、情報戦を制するべく、口封じして完全に情報をシャットアウトするのだ。
両手を合わせ、それぞれの魔力を統合した。しかしさっきとは違う、作る形は両手の輪っかを合わせた、まるで剣を握るかのような形。
作った長い輪っかの中に、魔力を流して棒にする。
ぶっつけ本番、勘とイメージ任せで作り上げる新たなる技。
「プラズマブレード!」
できた長い棒は、そのままサグの剣となった。
片手で握るそれは、魔力量が片手には余るほどだった。当然と言えば当然なのだが、それが予想以上に手に負担をかけている。
サグの眉間に皺がよった。
「ぐっ、くぅ……」
震える手を、強い意思を持って押さえつける。完全に安定しないまでも、なんとか握っているこの手を、戦える状況まで持っていく。
走り出したサグに二人は気づかない、お互いを強者と認め、お互いに集中していたからだ。
サグはその事実に気づいていたし、その事実が好都合だと感じていた。
パキ、打撃音とは違うそれが、不思議なほどするりと男の耳に入ってきた。
視界にとらえた時にはもう遅い、サグの剣はすぐそこに迫っていた。
男は反射的にサグに向かって構えた。いや差し出したのだ、自分の命を救ってもらう代わりの代償、献上品として。
「うりゃあああああ!!!」
サグは剣を一閃した。
まさしく雷光の如き一閃は、ゾッグの重厚な盾を、火花と共に切り裂いた。
自慢の盾を切り裂かれたゾッグは、一瞬だけポカンとして事実を飲み込めずにいた。そして自分の盾を見て、ゆっくりその事実を飲み込むと、さらに顔を真っ赤に染めた。
サグを殺そうと、言葉なく斧を振り上げる。
「よそ見!」
ゾッグの頬に強烈な蹴りが炸裂した。
蹴りを繰り出した張本人、イリエルはやはり楽しそうに、かつ色香を纏って笑っていた。
「楽しいわ、ここまで醜いものを蹴るのは」
いつになく、サグはイリエルを恐ろしく感じた。




