調査密偵
サグは一人木々を飛んでいた。
実のところ、一人、というのは旅を始めてからほぼ初めての体験だった。
エストリテの浮島での戦いでは、初めて三人組の一人一人が別々の相手と戦ったが、それは一瞬のこと、時間にして一時間にも満たないほど短い時間だった。今回とは訳が違う。
孤独が故、心臓の音がうるさく響く。孤独が故、草の音が妙に耳に刺さる。孤独が故、思考の波がおさまらない。
初めての体験に、サグの心は不安に振れていた。
(変な感じ、体の中が全部わかる……)
木々を飛び移り、少し離れた場所に木々の無い場所を発見した。
一番端っこの木から、二本程度内側の木に止まり、双眼鏡を取り出す。木々の間から先を覗く、島民たちが開拓したのか、島の端にはあまり木が生えておらず近づくことは難しかったが、双眼鏡のおかげである程度見通すことはできる。
ケルの言った通り、ノアガリの物らしき船が停泊していた。岸にはキャンプが設営されていて、ある程度長期的に滞在するつもりであることが伺えた。
何よりもサグの目を引いたのは、島民を船へ何度も出入りさせていたことだ。
服装は全員まちまちで、ノアガリか島民かの判断はしにくかったが、怯えた様子から、雑に島民である事は察することができた。サグが考察を続ける間にも、また怯える二人がノアガリに連れられ、ノアガリの船へと入れられていった。
(何してるんだろ……二つの集落からだけじゃないよな多分)
観察先を岸から道の方へ移すと、またノアガリが島民を連れてくる様子が見えた。
抵抗しようも無い三人の島民に、わざわざ五人がかりで銃やら刃物やらを向けて、絶対に逆らえないようにしている。
子供はそれに泣きそうな程怯えて、両側を固める両親らしき二人は必死にノアガリに対して睨みを効かせていた。だが逆にそれすらも、ノアガリ達は楽しんでいるようだった。
(もう少し探りたいけど……流石に人数的にキツイな……)
右へ左へ、サグは双眼鏡をあちらこちらへ振って情報を集める。たったそれだけの動きでも葉っぱを揺らしすらしないように、風が草を揺らし、鼓膜を振るわせる音の方がうるさいように、一挙一動を小さいより小さく納め、森と同化する。心臓の音すら聞こえる初めての孤独が、潜伏という、非日常的なスキルを磨いていた。
双眼鏡のズームを調節し、さらに船の側を調べる。すると、明らかに一人だけいい装備を持った男を発見した。持ち運ぶにも辛そうな重厚な盾を側に置き、背中には柄の短い両刃のバトルアックスを背負っている、見る限り、自分の筋肉で振り回すという分かりやすいスタイルが分かった。
(うわぁ、なんだあれ)
あまりの分かりやすさに、サグは少しだけ苦笑いをしてしまった。自分たちが魔法を秘密の必殺としている事が少しだけアホらしくなってしまった。
男はどうやら船の纏めをしているらしく、周りのノアガリ達にしきりに指示を飛ばしていた。しかしどうやら”いい上司”というわけでも無いらしく、双眼鏡越しでも、荒々しい口調と声で指示を出しているのがよく分かった。その上部下からは恐れられているようで、指示を出され行動するたび、部下達はどこか少し怯えているように見えた。
その粗暴な性格が、大げさな身振り手振りと、指示の度部下に苛立っているのか、近くの木箱をわざわざ蹴っていることからも透けていた。
心の端っこでノアガリ達に同情しつつ、サグは観察を続けた。
その男に手がかりが無いかと、サグはじっ、とその男を見続けた。
突然、男と双眼鏡越しに目が合った。
「!!」
気づかれた。
その事実を理解したサグはすぐにその場から離れた。
自分の属性である雷の様に木々を飛び移る、猿だってここまで早く無いだろうと思うほどに早く。
(やばい! 完全に目が合った! バレたか!? けど遠いから……!)
遠かった、というのが言い訳であることはわかっている、偵察と調査の役割は相手にバレた時点でそれが失敗なのだ。
だとすれば追跡されない様に逃げる事が最善手。もし戦いになったとして、気絶させても殺しても、どちらにせよ上司が消えたことをノアガリ達は間違いなく不審に思う、サグ自身がそうだ。
そうなれば確実に事態は面倒な方向に動く、男に情が無かったとしても、捜索に力を入れることは間違いない。
最悪のルートを想像しながら、サグは冷や汗を大量に流していた。
次の木へ足を置こうとした。
その時、木の下で小さくザメギッ、という小さな聞き慣れない音がした。草を踏みしめた様な、木を軋ませた様な、それらが混ざり合った不思議な音だ。
そしてミシミシという不安になる音が徐々に大きくなって聞こえてくる。
自分が足を置くはずだった枝が、徐々に徐々に横に消えていく。安心感を与える様な大木は、ゆっくりと同じ様に横へ移動していた。
「なっ!?」
もうすでに着地体制を整えていたサグは、咄嗟のことに対応できず、そのまま流れ星のように地面へと落下していった。
地面に足から着地できたが、位置が高すぎて全身がビリビリする。
「ぐぅっ」
「お〜お〜、生きてたかぁ」
不快な声が後ろから聞こえた。
体の状態を無視し、地面に這いつくばりながら必死に首を曲げた。
そこに立っていたのは、盾と斧を持ったさっきの男が立っていた。
明らかに木を切り倒したのはこの男だった、だがサグはその分かりやすい事実を、どうしても信じられなかった。
チラと見た切り株が、どう見ても一瞬で切れる大きさではなかったからだ。
(まじかいこのパワー! 確実にまずい!)
「ガキ、少し遊んでいけや」
男は、ひどく楽しそうに笑った。




