オリアークの意思
ミラを狙っている、島の同化という話に比べて、案外すんなり頭に入ってきた。現実離れしていない話だったからだ。
サグ達三人の脳内には、ミラと出会った時の光景が思い出されていた。ボロボロで、訳のわからない状況から発見された少女、何かあったことだけは間違いなかった。
あの時の怯えようと、信頼してもらうまでの感覚を思い出すと、無意識に拳に力が入る。
「サグ……」
テリンの咎める声で正気に戻り、元老へと向き直った。
「ずいぶん……優しいのう」
「そうでしょうか……」
「最近知り合ったばかりの子のために……そこまで怒れるのじゃから」
元老の声は優しい。まるで良いことをした子供を褒めるかのようだ。
まさかこの年になってそんな声を掛けられるとは思っておらず、サグとテリンは元老から目を逸らし、エボットはわかりやすく頬を掻いた。薄暗かったが、ケルが見たほんのりとした顔の赤さは見間違いではないだろう。
そんな三人の様子に、また元老は優しく笑う、そして言葉を紡ぎ始めた。
「あの子はわしが逃した、ワシの魔力で作り出した魚で飲み込んでな」
(あ〜あれこの爺さんの作ったやつだったのか)
エボットは落下してきた時の衝撃の光景を思い出し、どこか冷静にそんな事を思った。
「そしてあの子の持っていた宝石……レッドプラネットはこの島で古くから守られてきた宝じゃ……それについては?」
「えと、感情を映す宝石……でえ〜本人の恐怖感とか、あ〜」
「見ての通りあんまりわかってないです」
横で唸りながら記憶を掘り起こそうとするサグを止め、テリンが状況を簡潔に伝えた。
元老は一度小さくうなづいた。
「少し程度しかわからないようじゃな……が、あれはわしらもよく知らんのじゃ」
「え!?」
衝撃だった。
まさか話を始めた本人が話の中心にあるものの事を知らないなんて思っても見なかったからだ。
「あれは記録が残らぬほど昔からこの島に保有され、守られてきた」
元老は深く、重々しく言った。
今更嘘をつく理由もないし、その態度から嘘でないことはよくよくわかった、しかし語っている内容は一考の余地がある。
まず昔という点、そして守られてきたという終わりの言葉、それが答えになる。
次にサグが言うべき言葉は簡単だった。
「それは……なぜですか?」
具体的な言葉を持たない質問。
言うべきことはわかっていたが、体験が脳裏で引っかかり、うまく言葉が出てこなかった。
ケルは一度元老を見つめた、薄暗いが、サグが見る限り、「どうしますか?」という不安さを持っていた。
「石と共に残されていた文言がある」
『赤き導きの石、我が意志と共にはるか先まで眠らん』
「オリアーク・ウィストという人物が残した、はるか昔の伝説じゃ」
最近、段々とポーカーフェイスが上手くなってきた三人だったが、今回ばかりは誰がどう見てもわかるほど動揺してしまった。
仕方ないだろう、同時に跳ねた強すぎる鼓動に、目が大きく開かれてしまったのだから。
ケルが小さく反応したのが見えた。
ケルだって反応するはずだ、わかりやすく「オリアーク」の部分で反応したのだから。
「……どうかしたかな」
元老も反応を見逃さなかったらしく、不思議そうに聞いてきた。
テリンとエボットはどうするのか不安になってサグを見るが、サグはすでにどうするか決めていた。
「その文言、心当たりがあります」
「何?」
「俺は、サグ・ウィストです」
その言葉に、元老はひどく驚いた様子だった、さっきまで身を乗り出す程度しかしていなかったのに、足を大きく崩したのだから。
驚いたのはケルも一緒だった、まさか歴史上の人物と同じ姓を持った人物が、しかも自分たちを救ってくれるかもしれない存在として目の前にいるとは思わなかったからだ。
「ウィスト……オリアークの子孫か!」
「ええ」
震える指でサグを刺しながら言った言葉に、迷いのない肯定。
元老はまさしく度肝を抜かれた顔で、まじまじと何度もサグの瞳と、その空色の髪の毛を見つめた。
「そうか……まさかそうとは……なんたる運命」
驚きながらも、徐々に冷静さを取り戻しながら、元老は座り直した。
表情には驚きしかなく、暗さなどは一切なかった。
サグ自身も、自分の境遇とこの場所に導かれた偶然に、元老と同じく凄まじい運命を感じていた。
「ミラが言っていましたが、今回奴らがこの島を襲ったのは、オリアークの手がかりを求めてのことかと」
「……そうか」
「それだけ重大な話と、俺たちに関わる事を話してくれたんです」
サグはぐっ、と足に力を込めて立ち上がった。
元老は少しだけ動揺しつつも、サグをじっと見ていた。
「戦いますよ、この島で」
サグは振り返らず出口へと歩く。それに続くように、テリンとエボットも歩く。
エボットはサグと同じように迷いなく、テリンは一瞬だけ元老に振り返ってから、扉を開けて外に出た。
「良いの? もうちょっと情報を」
「重要なとこは終わったろうし、面倒はさっさと済ませよう」
「だな、さっさとぶっ倒して、ノアガリの連中追い出さねえと」
エボットがニッ、と笑ったのに合わせて、サグとテリンも小さく笑った。
正直なところ、サグは今も心が震えて仕方ない。恐怖心と好奇心と興奮、混ぜるには強すぎる感情がないまぜになって騒がしい。
とりあえず敵の調査を再開しようと、三人は避難場所をようやく出た。




