元老の魔法
「まず、ワシの魔法について、ケルからどこまで聞いておるかの」
「テリン、お願い」
サグは自分よりも説明がうまいテリンが答えるべきだと、回答者の役割をパスしたが、面倒ごとを押し付けられたと解釈したテリンは、少しだけサグを睨んだ。
実際そういう側面もあったサグは、小さく舌を出してイタズラっぽく笑った。
(ほんっと笑顔の使い方が上手いやつだな)
心の中で呟いてから、テリンは元老を見つめた。
「私たちの強さを把握している事、ここに来てから私たちの名前を把握している事、そしてその二つがあなたの魔法が関わっている事、それしか知りません」
(やっぱテリンの説明はわかりやすいな)
押し付けておきながらなんだったが、サグは改めてテリンの説明の上手さを感じ、誇らしさに一人笑った。
エボットは「そうだったなぁ〜」と少し間抜けっぽく呟いた。サグはそれが、演技ではなく本音であると、一瞬で見抜いた。
「確かに、それらはワシの魔法による物じゃ」
元老は言葉を証明するように、深く、重く、ゆっくり頷いた。
サグの好奇心は未だに燃え続けている、収まるどころかさらに大きく、強くなっているのがサグにはよく分かった。
暑くもないし照れてもないのに耳が熱くて仕方なかった。
次の言葉を、サグは一音ですら聞き漏らすことはない。
「単刀直入に言おう、ワシの魔法は、島との同化じゃ」
その時、一音すら聞き漏らさなかったサグでさえも、ポカンした間抜けな顔をしてしまった。
島との同化、言葉の指す意味はそれぞれ分かっているが、言葉と言葉の意味が結びつかない、いくら魔法という不思議に溢れたレンズを通してもやはり結びつかなかった。
「二人とも、わかった?」
「いやぁ……」
「わっ、わからないよ」
三人は理解しきれない事実に思考を手放す他なく、元老の次の言葉を待っていた。
元老は理解しきれないことをわかっていたらしく、爛れた顔で、にいっと笑っていた。
「お前さん達も乗る船、それが空を駆ける事ができるのは、中心に”飛空石”という、どの島からも採取できる石を設置しているから」
「知ってます、エンジンを切ろうと船が飛んでいられるのはそういう事だと」
「ああ、島の場合はその石たちの中心に”飛空核石”というさらに特殊な石があるから、この石が破壊されると、島は浮力を失う」
元老の語ったことは、サグたちでも、いやこの世界に生きる人間ならば誰でも教えられる常識だった。
もっと何か、知らない重要なことを話されると身構えていた三人は、肩透かしとも言える感覚にまた顔を見合わせた。
だが、元老の次の言葉に、三人は爆発のような驚きを与えられることになる。
「島との同化とは、その”飛空核石”との融合なのじゃ」
一瞬、またぽかんとしてしまった。
徐々に脳が語られた言葉を理解していくのと比例して、三人の衝撃は大きくなっていく。
それこそまるでマグマのような高温で強烈な衝撃が、じわりじわりと三人の脳内を侵食し、ある時噴火のように弾けた。
「えええええ!!!」
叫んだのは一番自分の感情に素直な男、エボットだった。
サグとテリンは冷静さのブレーキがかかっていたため叫ばなかったが、ここがリエロス号ならば叫んでしまいたいところだった。
「同化って……どういうことですか」
サグは信じられない気持ちを抑えながら、言葉をゆっくり繋いだ。
理解できない部分もあり、とりあえず次の言葉を求めて、サグは言葉を放った。
「そのままじゃ」
「……と言われても……」
サグは思わずそう言ってしまった。
言葉が理解できないのに、そのまま、と言われても話が進まない。
テリンは顎に手を当てて考えていたが、おそらくサグと同じ程度しか状況が理解できていないだろう、表情がさっきから変わっていなかった。
「……この島の”飛空核石”は魔力の塊、それに飛び込むことで、ワシの魔力と”飛空核石”の魔力を融合させる、それが正体じゃ」
「……」
まず、サグ達の知識では理解しきれない話だった。
「すると……どういう事が起こるんです?」
「ワシ自身がこの島となる」
「……というと?」
元老の言い方に、サグもだんだん苛立ちを覚えてはじめていた。
態度から、もったいぶっている訳では無さそうなのだが、知っている側は教えるのが難しいという事なのだろうか、あまりに核心にたどりつかない。
「ワシは意識すれば、この島の全てを聞き、この島の全てを見て把握する事ができる」
なんという事だろうか。
だとすれば今までの状況も納得がいく、自分たちの名前を知っていることも、自分たちが戦っていたことも。
「今まで……神通力的な物だと思っていました」
サグはポツリとそう言った。
神通力というと、全てを見通し、全てを理解し、全てを聞く事ができる。そういったイメージがあった。イリエルの魔法を知っている以上、念属性ならばありえなくも無いと、サグは考えていた。
「いや、ワシはただ島での会話を聞いておるだけ……故に君たちの名前は知っていても、君たちの苗字は知らないんじゃよ、言っていないからな」
「なるほど」
ようやく進んだ事態。
ある意味の安堵から、サグは胸を撫で下ろした。
「その爛れ後のような顔は?」
「エボット!」
また失礼な言葉を使ったエボットに、テリンが強めの言葉で注意を入れた。
流石にこれは許容を超えていたようで、ケルがぐっと体重を前にやった。
それを元老が片手を上げて制した。
「これは、島が苦しんでいる証拠じゃよ」
「苦しんでいる?」
「そうじゃ……この島は……すでに死んでおるからのう」




