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果てなき空で”果て”を目指す物語  作者: 琉 莉翔
旅の始まり編
11/304

行くべき先は”果て”

 暗い森をまた船に向かって進む。三人と、一人で。


「まさか生きてるとはね〜」


 テリンが意外そうに言った。なんと岩を顔面に食らってもなお、レイゴスは生きていた。どうするか少しだけ相談して、結局サグとエボットの二人で足を持って引きずってきている。


「んで……どうするよ、こいつ」


 エボットの表情は厳しい、苦い物を食べた時と一緒だ


「どうって?」

「だってよ、顔、見られてんだぜ?」


 テリンとエボットの表情は暗い。

 いっそあの岩で死んでくれていたら、どれだけ楽だったか。

 このまま生きていられても、自分たちからすれば相当困る。神軍に戻って、報告されて、結局また誰かが自分たちを狙ってくる。また昨日の夜のように、極限の心でいなければならなくなる。

 かといって、この状態から殺すのもなかなか厳しい。

 もちろん物理的にやるだけなら簡単だ、しかしどうして中々それができない。やろうとしても手が震えた。


「大丈夫、考えはある」


 サグが極めて冷静に言った。暗いせいで、二人から顔は見えなかったが、声の自信からして名案らしい。


「まじか!?」

「何?」

「淵に落とす」


 暗い顔が今度は驚きに染まる時だった。

 淵、つまり島の下を覆っている雲海に落とすと言っているのだ。

 淵には、強力な空中生物たちが住み着いていて、うまくそれを回避して雲を抜けた研究者がいたが、その研究者は謎の病によって死んだ。

 つまり、淵に関われば、絶対に死ぬのだ。

 テリンとエボットは正確に事態を理解させられた。目の前の親友は、「この男を殺す」と言っていると。


「都合よく気絶してるし、叫んで気づかれることもない」


 告げるサグの声は、妙に冷静で、夜の闇がもたらす冷たさに拍車をかける。

 そして、冷静な自分が脳内で問いかけてくる。目の前の男は、親友(サグ・ウィスト)なのか?と。


「えっ……でもいいのかよ」


 ずいぶんアバウトな質問だ、それはエボットも自覚している。しかし、その程度の雑な質問しか投げかけられなかった。

 森を抜け、船のそばで崖っぷちに立つ。どんな島にいても淵は見える、サグは淵が少しだけ嫌いだった。なぜか飲み込まれそうな感覚がするからだ。

 冷たい風が頬を撫でるそこで、サグは目を閉じ覚悟を固めた。


「……いいんだよ」

「テリン?」


 小さくテリンが呟いた。

 エボットはテリンの方を向いたが、下を向いているせいでその顔は見えない。

 

「だってこいつは! 島のみんなを殺したやつだ! だから私たちに殺されたって!」


 テリンの悲痛な声が、鋭く耳に突き刺さった。

 刃のように鼓膜に刺さったそれは、徐々に解け、エボットに僅かずつ熱を与える。怒りと興奮、正当化という熱を。

 夜の闇に負けないそれに、エボットの体に徐々に力がこもっていく。興奮が体温を上げ、耳を赤くした。

 興奮する二人は気づかなかったが、対照的に、サグはどんどんと冷めた目になっていく。

 

「そうだな……!!! 何も言えない、いや言わせない!」

「そうだ!」

「ダメだ!」


 盛り上がる二人を黙らせたのは、サグの叫び。苛立ちと苦しみ混じりの吐きそうな声。

 二人に宿った熱は、急に水をかけられたように収まっていく。


「聞いてただろ?こいつの言葉」


 二人はサグの言葉でハッとした。

 この男は、神の名を借りて殺しを許された気でいた。さっきまでの二人の言葉は、この男の最低な理論と同じだ。


「ダメだよ、この世界に、許される殺しを作っちゃ」


 サグは崖っぷちでレイゴスをテディベアのように座らせる。足は崖に掛かって膝が曲がり、背中を押せば、あとは落ちていく。

 サグがレイゴスの背中に手を当てた。


「このまま落とす、二人は見ないで」


 大した苦しみも感じさせない声が、テリンとエボットの耳に入ってきた。

 エボットがレイゴスの背中に手を当てた。


「エボット?」

「お前だけに背負わせない」


 エボットが真っ直ぐサグを見つめた。否定の言葉すら受け付けない、意思の籠った強い目だ。


「そうだよ」


 テリンも背中に手を置く。


「一緒に、生きていくんでしょ?」

「……ありがとう」


 サグも手を置いた。


「セーの!」


 土が擦れる音が、ほんの少しだけした。レイゴスは気絶したまま、淵に向かって自由落下していった。




 三人は崖のそばに腰を下ろして、月を眺めていた。数分経ったが、誰も何も言えない。


「ねえ……」


 テリンが口を開いた。少しだけ遠慮したような、弱々しい口調だ。体育座りの足の間に頭を埋めているせいで声がこもっている。


「なんで神軍は、オリアークの資料が欲しいのかな」


 三人とも持っていた最初の疑問。不思議だったが、なぜか口に出すことができなかった。

 

「そりゃあ……”果て”に行きたいんじゃないか?」


 エボットが頬を掻きながら言った。軽い口調だったが、月明かりで照らされた顔は暗い。


「オリアークは”果て”に行った唯一の人物だ、行きてえって思ったら、そいつを調べるしかないだろ」

「じゃあなんでサグのお父さんは資料を渡せないって言ったの?」

「そりゃあ……なんでだろうな……」

「そう言っただけで殺すなんて……神軍って……”果て”って一体なんなの?」


 泣きそうになって声が上ずる。自分の気持ちを閉じ込めるかのように、テリンは足を抱きしめる手に、さらに力を込めた。


「行けばわかるんじゃない?」


 真ん中に座るサグが言った。ずっと黙って月を見上げていた彼は、何か今までと違う目つきをしている。付き合いの長い二人は、その事実がよくわかった。


「行こう、僕……()()()で」


 サグは立ち上がって、月に手を伸ばす。掴めるわけでもないのに、ピンと腕を伸ばした。


「”果て”には、俺たちがたどり着く」


 サグの空色の髪の毛が、月光に照らされて、美しく白銀に光る。少年たちの進む道は、今日この日決まったのだ。

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