剛力格闘戦
「すご……」
一連を目にしてしまったテリンの口から漏れたのは、舞姫への感想とするには凡庸という言葉すら烏滸がましいほどのもの、だが愚かしくも、知識量のあるテリンでさえ、目の前の光景にその程度の言葉しか掛けられなかったのだ。
三人は本気のイリエルの戦闘を初めて見る、強いことは知っていたが、ああも美しく戦えるというのは知らなかった。
「後で聞かなきゃなぁあ……なんであんなすげぇんだか」
相手の剣を弾き飛ばしながらエボットが言った。
賞賛の言葉を贈る三人だったが、三人も大した怪我もなく戦っている、イリエルが強いことはノアガリにもよくわかったが、ノアガリ達には目の前の三人も絶望的なほど強く見えていた。
だが見下ろすアリオットには、状況がまた違って見える。
(あの女の方は念属性の使い手か……魔力コントロールも異常なほどレベルが高い……魔法が使えないやつらじゃ無理だな)
(三人組の方は未熟を連携と長所で補っている……数の暴力でも同時攻撃なんて魔法以外では不可能だからな……どちらもおそらく私なら勝てるが……)
アリオットはディオブを見つめた。
目の前でアリオットを睨むディオブは、脱力し腕をぶらぶらとさせながらも、体から抜いた戦う意志を頭に集め、アリオットの一挙手一投足を細かく観察している、脳内で情報を噛み砕き、自分にできる最高のパフォーマンスでどう抑え込むか、それを僅かな情報とかつての記憶から考え続けているのだ。
アリオットもまたディオブの事をよく知っている、だからこそこちらを見続けているだけのディオブが何をしているのか、すぐに察することができたのだが。
「面倒だが……」
アリオットは腰を低く落とした。
片方の拳を前に出し、もう片方を胸の前辺りに置く。
「相手をするよ」
言葉を発した瞬間、地面に三センチほどの靴跡がまるで印のように刻まれた。
合図ではない、その言葉を待っていたわけでもない、ガンマン同士が向かい合っている時に合図がいらない様に、ディオブは敵意を見せた相手に一瞬で攻撃を仕掛けたのだ。
攻撃も至って単純、できる最高のパフォーマンス、最大の握力で握った拳に鉄属性の魔法を乗せてさらに硬さを与える、そこに足を使い腰で支え作ったパワーを乗せる。何よりも単純明快な全力パンチ、それがディオブの考え出した最高だった。
攻撃するタイミングも、相手にヒットさせたい位置も、さっきまでの観察と考察で考えだしている、それが正しいならばこの拳は確実に当たるはずだ。
現状への確信よりも、己の五体への信頼がディオブの不安をかき消す、
だがアリオットは、口の端っこから始まった笑顔を顔中に伝播させ、満面の笑みを作り上げる。地面をへこませるほどのパワーを見せたディオブを前に、余裕すぎる態度だ。
「素晴らしい、成長したね」
まるで、というよりそのままだが、アリオットは嬉しそうな顔と声で、兄弟子としての喜びの声を掛けた。挑発ではなく、どこまでも純粋でどこまでも喜びの賞賛。腹立たしい以外の答えをディオブは抱けない。
放たれた拳をまじまじと見つめながら、完璧な位置、狙いを持っていた拳を、まるで風を受けた風船の様に空に置かれたホコリの様に、かすることすら許さずひらりとかわして見せた。
余裕を纏ったその回避は、明らかに読みの向こう側にある絶対力を持っていた。
完璧だった拳は空を殴り飛ばす、暴風を巻き起こし、空気の塊が大砲の如く地面を砕いた。
そんな光景を一切気にせず、アリオットは斜めの体制から腹筋と背筋を使い、自分の体制を完全に安定させた、これにより綺麗で無い体制でもパワーが出る。
放った拳が狙ったのはディオブの顎、脳を揺らせる人体の絶対急所だ。
だがディオブも同じ様に相手を読んでいる、頭突きを拳に当て、強制的にアリオットの狙いを狂わせる。
「へぇ……!」
拳は鉄属性を纏った額に当たり、逆に皮が向け出血させられた。
だが骨から腕にビリビリ響く痺れの感覚にさえも、楽しくなってニヤついてしまう。睨みつける弟弟子の闘志が、アリオットの沸々とした解放しきれていない部分を撫でる、今にも吹き出しそうな全力を、アリオットは必死になって押さえつけた。
「だあっ!」
ディオブの蹴りが地面を抉りながら迫る。
明かに骨を砕く威力を持ったそれを、アリオットは両手で迎えた、両手で受け止めるのではなく、優しく迎え入れその勢いをもって全身を空中へ浮かせる。
アリオットの体は意図した通りふわりと空中へ浮かび上がった。
「なっ」
「シャッ!!」
完全に浮かび上がった位置で全身を折りたたんだ状態から、足をディオブの方へ向けた、そして蹴り、いや足刀を、お返しとばかりにディオブの額に食らわせた。
硬化していたはずのディオブの額は、アリオットの足刀を受けて少量だが血が流れ出た。
頭部全体に衝撃が響き、ディオブの重心は後ろ側に大きく動かされる、脳のダメージで飛びかける意識を内頬を噛むことで無理矢理繋ぎ止めた。
意識を失うと思っていたアリオットは、ここで初めて笑顔以外の表情を浮かべた。
意外そうなアリオットに、ディオブは心底楽しそうに笑った。
「ザマアミロ」
自分の額を蹴った足を両手で掴み腰を捻って振り回す。人に振り回されるというだけでもありえない体験だが、ディオブの馬鹿力にやられるとなると、さらに常識外の風を全身で浴びることになる。
こまの様に体を回転させ木に向かって放り投げた。
貫通弾を撃った訳でも無いのに、アリオットは木を三本も貫き、最後に大木に背中から打ち付けられて地面に倒れ込んだ。
投げ飛ばしたディオブの体も相当なダメージを負っている、額の傷から流れ出た血が目に入り、口の中も、食べた経験がある訳でも無いのに鉄っぽい味が満ちていた。
余裕などかけらもない。振り回して投げたのもほぼ反射運動、熱いものに触れた時手を離した、動機としてはその程度の適当な行動に過ぎず、そこに戦術や深い考えなどは一切無いのだ。
警戒は一切解かない、最悪の事実に無意識のディオブは気づいているのだ。
アリオットが地面に落ちた時のごとりという音、人体が奏でる音にしては、重く固すぎる違和感のあるその音、耳が小さく捉え、無意識が咀嚼したその事実は可能性の中で最悪を示していた。
可能性を、ゆっくりと立ち上がったアリオットが証明する。
ディオブ始め、体を鉄属性の魔法で変化させた時、体重はまさに鉄の如く重くなる。
だが振り回している間ディオブに重いという感覚は無かった、だがそれに矛盾する落ちた時の重い音。
アリオットは投げられた時、瞬時に体を硬化させたのだ。これにより消費魔力と消費体力を最低限に抑え込むことに成功している。
ダメージも最低限、立ち上がったアリオットはぴょんぴょんと身軽に跳ねている。
「さっ、ディオブ、温まってきたろ?」




