敵襲
突然響いた銃声が、甲板の全員の視線を集めた。
サグ、テリン、エボットの三人は魔力を解放するが一瞬で無駄な抵抗だと理解させられる。なぜなら、まるで岸を囲む様に、男達がずらりと並んでいたからだ。
三人のそれぞれの魔法では、一人を制圧するのが精一杯、それでは他の敵に攻撃されてしまう。結局、睨みと舌打ちだけに収まってしまった。
銃口が全てこちらを向いているのが見なくても分かるほどの殺意、強烈に感じる息苦しいほどのプレッシャー、サグですらこれだ、心の端にある余裕の部分が、ミラとアルトを心配してならない。
岸の方から、一歩男が前に進み出た。ラフな格好をした他とは違う、素人目でも分かるほどの上等なスーツに身を包んだ美丈夫が、口角は上がっているが目が全く笑っていない顔で集団の一歩前に出た。服の上からとはいえ、その体は明らかに細身だった。
「アリオット?」
ディオブが眉間に皺を寄せながら言った、誰が聞いてもわかるほど声に不快感が滲み出ていた。
「知り合い?」
イリエルが腕を組み、疑いと警戒の念を込めて声をかけた。
ディオブに対する疑いでは無い、この状況に対し、それに似た感情しか解らなかったのだ。
「ああ、故郷が同じでな、兄弟子だ」
「!!」
リエロス号に所属する四人に、恐怖の混じった電流のような衝撃が走った。
ディオブの実力は高い、未だにサグ達三人で挑んでも、本気では無いとはいえ、いなされてしまう程度の実力差はある。
そんなディオブの兄弟子、語られずとも、察してしまうほどの実力を感じるネームバリューだ。
ディオブの拳が目に見えて固く握られている、イリエルが神軍に嵌められた時と同じだ。
「アリオット……テメェ……何してやがる」
「ディオブ、それが兄弟子にかける言葉かい?」
「黙れ……空賊団に言われたかねえよ」
「不良の弟は可愛げが無いねえ」
挑発する意図があるのか無いのか、ヘラヘラと腕を動かし軽々しい態度で話す、挑発する意図が無かったとしても、サグ達が煽られている様に感じるには十分な態度だった。
サグが懐のナイフに手を伸ばす、バレない様にゆっくりこっそりと、だ。
だが次の瞬間に乾いた銃声と木材が砕ける音が聞こえた、それもサグの足元いやつま先のすぐそばだ。
首を上げ銃声のした方を睨むと、ライフルが煙を吐きながらこちらを睨んでいた。
「あんまり変なことしないんだよ? じゃなきゃその船汚くなるからさ」
今度は明らかに目も笑っている。腹立たしいほどの爽やかさがアリオットにはあった。
「アリオット! なんでお前がノアガリの連中と一緒に居やがる!!」
ディオブは怒りのままに叫ぶ、さっきまでの分かりにくい小さな怒りなどでは無い。はっきりとした怒りを撒き散らしている。
「僕がノアガリの幹部だからさ、君と最後にあってからどれだけ経ってると思ってるんだよ」
くすりと笑うその姿も、アリオットほどの整った顔ならばどれだけの女性を落とせるのだろうか、この極限でそう思ってしまうほど、アリオットの顔は美しい。
だがディオブにとっては挑発以外の何者でも無い。歯軋りの音が少し離れたサグ達にさえ聞こえてくる。
そんなディオブの様子を見るのも楽しい様で、アリオットは喉の奥をトントン叩く様な音を出して笑う。
「クツックツッ、相変わらずだねえ、ど真面目でど直球だ」
「黙れ……!! 師から優しくあれと教えられた俺たちが二人揃って……情けねえ!!」
ディオブの叫びと同時に、アリオットは片腕を上げた。
アリオットの片腕は一斉掃射の合図だったようだ、岸に並んだノアガリ達の全ての銃口がディオブに向き、全ての銃口から弾丸が発射された。
側に立っていたイリエルは察し横に飛び退いた。
離れていたサグ達は、銃弾と煙に覆われていく光景が現実離れし過ぎていて、ポカンと見つめることしかできなかった。
「やめ」
再び手を上げてアリオットが銃撃を止めさせる。
何から出ているのか分からないが、煙がディオブの周囲を覆い尽くし、どうなっているのか全く見えなくなっている。
やがて風に煙は持っていかれ、何があったのか見えてきた。
ディオブは全身を硬化し、腰を落とし腕を広げ、降り注ぐ弾丸から船を守っていたのだ。
ディオブの足元に、いくつか宙に浮いている弾丸が見える、何が起こっているかはすぐにわかった。イリエルが魔法で弾丸を止めていたのだ、そのおかげで船への被害はほぼゼロになっている。
「いいねえ、強くなってるよディオブ」
「黙っとけ……ド派手に喧嘩するんだからな……」
ニヤついて見下ろし声をかける、一連の中にあったのは、兄弟子としてディオブに送る純粋な賞賛。だがそれがどれだけ純粋であっても、ディオブの怒りに薪を焚べ油をかけただけに過ぎない。
場を包む気配の様なものが、サグのよく知る電流のように、鋭い刺激を作り始めた。
空気を悟ったテリンが、手と目線でミラとアルトに「船室に入れ」と指示を出す。聡い二人は指示を理解し、目立ち過ぎない程度のスピードで移動し、音を立てず隠れた。
「行くぜ」
エボットの声に合わせ、三人が同時に魔力を解放する。さっきは相手の殺意に押し負けたが、守る対象が隠れている事実と戦う覚悟が出来上がれば、殺意など意外に慣れたものだ。
出来上がった戦闘態勢、多勢に無勢の状況だが、三人は自分の強さを信じている。
ディオブが飛び上がった、最速と最短距離でアリオットを目指し、弾丸の様に空を翔けた。
「お前をぶっ倒す!」
「来なよディオブ!」
ディオブの拳とアリオットの蹴りが、空中で激突した。




