大作戦
暗闇をいくら探そうとも、ガキどもの姿は見えない。いや、レイゴスにとって暗闇はまったく持って問題ではないのだ。見えているのだから。
しかし、ここは木が多い、つまり遮蔽物が多く、闇を見通せようとも意味がない。
簡単に終わると思っていた手柄のゲット、だが蓋を開けて見れば暗い中での面倒な鬼ごっこ、苛立って苛立って仕方なかった。
「くそっ、早く出てきやがれクソども」
初めの上機嫌だったからやっていた、紳士的な言葉遣いはもうかけらもない。
あるのは、とても神と名にある軍に所属しているとは思えない、蛮族のような心を持った人間だった。
近くの草が、がさと音を立てた。そちらの方に立っていたのは追いかけていた空色の髪をした少年。
「いたのかクソガキ」
思わずレイゴスの口角が上がった。ようやく苛立ちの時間が終わりそうだった。
「ああ、お前が欲しいのはこれだろ?」
右手に持っている三冊のノート、実物を見たことは無かったが、言葉からなんなのかを察することはできた。
目の前の子供が持っているのは、自分の出世の鍵だ。レイゴスの心が叫んだ。
喉から手が出るほど欲しい、そんな慣用句の意味を、初めて真の意味で理解できた。
「よこせ」
声は意図的だったが、伸ばした手は無意識だった。
低く恐ろしい、地を這う蛇のようにまとわりつく声、しかしサグは臆さない。くるりと振り向いて、
背中を向けた。顔だけをレイゴスへ向ける。
「取ってみろ」
できる限り侮辱している口調で、舐め切ったクソガキになりきって言う。サグには見えているのかどうか知らないが、できるだけ表情も生意気そうに作る。
自分が圧倒的優位の立場であると確信していたレイゴスは、怒りに顔を醜く歪ませて追いかける。簡単に殺せる雑魚に侮辱されるなど、あってはならないことだからだ。
サグが走り出した。中々のフィジカルをしているようで、暗がりで唐突に現れたであろう木をほぼ反射で躱し、見えていないはずの土ボコを綺麗に避ける。
邪魔な木など切り倒して転びそうな土の段など踏み潰して進む。
草の擦れる音が、自分の左側でした。明らかに風などのそれでは無い、人、そうだ。
(こいつの仲間か!)
ザッ、今度の音は後方、明らかに何かがこちらへ来た音。歴戦の勘と、反射神経で後ろからの何者かの攻撃を受け止める。正体は大きめの岩を持ったエボットだ。後頭部を狙って気絶させるつもりだったのだ。
剣を振ってエボットを払いのけた。振られた瞬間に、エボットも後ろに飛び退く。石を手放して、作戦の失敗に青い顔をしている。
「なるほど、頭に血が上っちまった俺には効果覿面な作戦だろうよ」
「だがな、お前らは所詮経験の薄いガキ、経験のある軍人にゃ通じん」
一度、冷静になってしまった頭は、もうそうそう熱くならない。油断も隙も、レイゴスには無くなった。
サグは大きめの木に背中を預ける、肩で息をして、暗くなってしまった天を仰ぐ。誰がどう見ても、もう諦めてしまった状態だ。
顔を戻して、真っ直ぐにレイゴスを見た。
「一つ聞かせてほしい」
「ん?」
「なぜ島のみんなは死ななければならなかった?」
「知らねえな」
即答だった。今日一番の驚きがサグの体を震わせる。
「は?」
「俺たち神軍は時折神から命を受ける、それが今回はオリアークの資料の奪還だった」
「そして、それを拒むのであれば神敵である、とな神敵ってなぁ殺してもいいもんなんだ、だから、としかなあ」
あまりにも理不尽な話だ。ただそれを渡すのはダメだと言った、そう言っただけで、殺しの対象にされてしまったのだ。訳がわからない。
「なんで……本当に神のすることか?」
絶望的な声を上げるサグを、レイゴスは呆れた目で見る。
「……知ってるか?ある神話じゃ、悪魔よりも神様の方が圧倒的に人を殺している」
「全能な神様ってのは、俺ら人間の生き死にも自由なんだろうよ」
語りながら、一歩、また一歩とレイゴスは前に進む。
「俺はその数万の殺しの中で、少し楽しませてもらってるだけだ」
楽しそうに嗤い、レイゴスは剣を握り直した。
最後の言葉を聞いて、サグは静かに目を閉じた。
「良かったよ」
「あ?」
「あんたが……救いようのないクソ野郎で」
さっきよりも大きな草の音がした、それも上からだ。バッと顔を上げると、上からさっきエボットが持っていたよりも、大きな岩が落ちてきていた。
「潰れちまえ」
サグは、人間が潰れる音を初めて聞いた。かなり酷い音が低く、暗い森の中に響いて、静かに消えた。
落ちてきた岩に、レイゴスは顔面から潰された。鼻は折れ曲がり、至る所から血が出てきている。
「成功した?」
木の上から、ひょっこりとテリンが姿を表す。
「成功したぜ〜二重囮作戦」
「良かった〜」
作戦は簡単だった。まずサグが頭に血が上っている相手を煽り、テリンとエボットのいるポイントまで引きつける。それまでに二人は、重めの岩を木の上に乗せておく。エボットは大きめの石を持って相手の背後を狙う、それもわざとバレるように。バレた時点で相手は作戦がここで終わりだと勝手に思った。相手は冷静になったが、まだ完璧ではなかったのだ。目の前にあった一番ほしい物を前に、盲目になってしまった。たったそれだけの話なのだ。




