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夢の続き【番外編】  作者: 灰猫
【それでも、どこかで】富樫裕也
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23.帝王と王者の瞳(天恵7年7月中旬)

 久蓮と蒼のレースの翌日。あんなにも激しく降っていた雨は上がり、水分を落とし尽くした空は雲もなくからりと晴れていた。

 今日は月曜日。部活動としての練習はOFFだ。元々月曜の講義をあまりとっていない裕也は、手持無沙汰になって少し構内を散歩することにした。裕也の所属する歯学部は、大学の構内の丁度真ん中辺りにある。いつもの歯学部図書館ではなく、構内の南端辺りまで散歩をして、全学部共用の図書館に足を運んでから自習をしようと思い至る。


 もうすぐ正午という今、二限目の講義に参加している人がほとんどで、メンストにはあまり人影はない。構内の木々に残った雨の匂いを一杯に吸い込んで、裕也は歩き続けた。


「あれ?」


 しばらく歩いて食堂あたりまで南下したとき、ふと見知った二人組を視界に捉えた裕也は、驚いて声を上げた。二人が揃って平日のこんな時間に外にいるなんて、相当に珍しいのではないか。勝手な想像ではあるけれど、他の部員たちも、きっと同じような反応をする気がする。


「どうしたんですか、主将、昴さん?」

「裕也か、お疲れ~」

「ああ、僕たちは昼食を買いに来たのですが――」


 ひらひらと手を振る久蓮にぺこりと頭を下げて応えると、昴がにっこりと彼らの用事を説明してくれた。「が、」と言葉を切った昴は裕也をじっと見つめると、「もしよければ、一緒に食べていきますか?」と言った。昴の隣では、うんうんと頷く久蓮。そんな嬉しい申し出はなく、裕也は勢いよく首を縦に振った。きっと後で聞いたら羨ましがるであろう真平に心の中で謝って、裕也は先輩方に続いた。


「裕也は、……図書館で勉強の予定?」

「そうです。今日、わりと時間があって」


 食堂に入ると、いい匂いが漂っている。ぐう、と鳴ったお腹をさすっていると、久蓮がそう問いかけてきた。答えを返しながらに、先ほどの会話を思い出す。昼食を「買いに」ということは、もともと二人は食堂に来る予定ではなかったはずだが、よかったのだろうか?

 それでも、空腹には勝てない。目の前に置かれたオムライスの匂いを一杯吸い込んだ。自然と上がった口角。一口食んで広がる味を感じたとき、裕也は自身が思っているよりもかなりお腹が空いていたことに気が付いた。そんな自分を先輩たちが微笑ましく見つめていることに気付いて、裕也は少し赤面した。


「どうですか? 最近の調子は」

「えっと……」


 昴にゆるりと問いかけを投げられ、裕也は口ごもった。あんなに凄い皆のレースを見て、蒼や真平の熱い想いに触れた後だ。自身の取り組みが小さく見えてしまって仕方がない。いつか、蒼が「もっとがむしゃらになれ」と詰ってきたときは、あんなにも怒りと反発を覚えたのに、だ。

 口ごもって視線を下げてしまった裕也に、久蓮と昴はぱちりと目を瞬かせて顔を見合わせた。


「裕也の調子は上がってるよ」

「そう、ですよね……」


 久蓮の言葉には、裕也としても同意したい。それでも、真平の思いや最近の蒼の頑張りを見ていると、全くもって自信が持てない。「隣の花は赤い」というやつかもしれないが。煮え切らない返事をした裕也に、久蓮がくすりと笑った。


「馬鹿だなあ、裕也。他人(ひと)と比べて落ち込むのは違うよ。キミはよくやってる」

「……」

「ま、こんな言葉で納得できたら悩んでなんかないよね」


 久蓮の言葉に素直に頷くことが出来ずに黙り込んだ裕也に、久蓮が苦笑して言った。そして久蓮はその表情を自信に満ちた笑みに変えて、しっかりと裕也を見つめた。久蓮の漆黒の瞳(ヘマタイト)に射抜かれて裕也はごくりと息を呑んだ。隣では、昴の灰緑色の瞳(モルダバイト)が静かにこちらを見つめていた。


「キミがもっと上を目指したいっていうのは、すごく嬉しいけどね、オレはさ。でも、そうやって悩むってことは、結果が欲しいんだろ? ならやるしかないね。その手助けなら、いくらでもするさ」

「結果……」

「そ。結果。だから、裕也――今週末の選手選考レース、最終の五千メートルで自己ベスト、出してみな」

「!!」


 今週末――日曜日に予定されている選手選考レースは、全日の予選レースである北海道大学駅伝の選手を決めるためのレースだ。まずはメンスト四周の十一キロ、次にグラウンドに戻り千五百メートル、最後に五千メートルを走る。距離的にもかなりの負担になるので、最後の五千メートルは自由参加だ。久蓮は、裕也にそこで自己ベストを出せと言っているのだ。

 いきなり話を進める久蓮だが、その瞳は至って本気だ。にやりと浮かべられた笑みには、挑戦的な光が宿っている。久蓮の言う「結果」とは、そのまま「自信」と同義なのだろう。一瞬怯んだ裕也は、大きく息を吸い込んだ。


「分かりました、主将。……見ていてください」

「ん」


 しっかりと久蓮を見返して答えた裕也に、久蓮が満足げに笑う。ああ、またこの顔を見たい、と裕也は思う。

 高い目標だと思った。果たして自分に出来るのか、とも。それでも、いつまでもうじうじと自己嫌悪しているだけでは何も変わらない。久蓮が突きつけたこの目標を達成できたそのとき、裕也は今と違う自分になれる気がした。


 やってやる。静かに二人の先輩が見守る中、裕也は拳を握り締めた。

 

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