表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢の続き【番外編】  作者: 灰猫
【それでも、どこかで】富樫裕也
82/87

18.一触即発(天恵7年7月中旬)

 久蓮に宣戦布告をしたその日からの蒼は、今まで以上にハードに練習を重ねていた。まるで何かに取り憑かれているかのようなその様子に、裕也は目を細めた。

 天才とは、皆「こう」いうものなのだろうか? こうまでして情熱と意欲を持って取り組めるからこそ、天才は天才として在ることができるのだろうか。そうなのかもしれない。後先考えぬほどの努力――それは確かに、蒼にあって裕也にはないものだ。


 それでも、さすがに限界だろう。裕也が蒼のことを放っておけなくなったのは、勝負の時が翌日に迫った土曜日のこと。明日の勝負は二十キロという長丁場だというのに――それも、「久蓮」との真剣勝負だというのに、蒼はいつも以上に練習を続けようとしていたのだ。


「お前、そろそろホントに怪我するぞ」


 裕也は堪らず、蒼に声をかけた。

 無理をしなければならないときがあるのは、解るつもりだ。それでも、オーバーワークを続けて、良いことはない。怪我をしてしまえば、積み上げてきたものは崩れ落ちてしまう。それが、どれだけ悔しく辛いことか――。

 そんな想いを、蒼にして欲しくはなかった。真平のときは止められなかったのだから、尚更。


「ほっといてください。僕は、どうしても勝たなくちゃいけないんです!」

「お前……何で、そこまで」

「むしろ、なんであなたは、そんなに冷静でいられるんです? 裕也先輩! もっとがむしゃらになってくださいよ」


 叫ぶように裕也の言葉を拒否した蒼は、周りに集まってきた面々を強く睨み付けていた。鈍藍の瞳が鋭く光っている。感情的になった今の蒼には、裕也の言葉も、皆の心配も届いていないのだろう。

 蒼が、がしりと裕也の肩を掴んで捲し立てた。その言葉は、裕也の心を鋭く刺し貫いた。


「蒼?!」

「落ち着けって!」

「別に、俺だって真剣だよ」


 蒼の勢いに驚いたらしい真平と真矢が蒼を制止する。裕也は、そんな二人をてで制して口を開いた。これだけは、言っておかなければ、ならない。


「何も考えずに突っ走ることだけが、成長の道じゃないだろ。ただがむしゃらに頑張れば、速くなる? ――そんなの俺は御免だね。……言っただろ? 皆がお前と同じだと思うなよ、蒼」


 思ったよりずっと、突き放すような冷たい声が出た。それはきっと、ずっと拭い去れない劣等感からだ。

 蒼の言い分は解る。けれどそれは、「出来る側」だから言えることだ。裕也だって、できることなら、そんな風に走りたかった。蒼や久蓮や、昴のように、皆の先頭をどこまでも。

 退けない。視線を逸らさずに蒼と火花を散らす。高まる緊張感に、裕也は息をすることも忘れた。


「やめろって、お前ら!」


 鋭く止めに入った真矢に合わせて止めようとした翔太を、振り払った蒼の手が突き飛ばしてしまった。


「――っ」

「あ……」

「蒼!」

「お前、いい加減にしなよ!」


 それが、引き金だった。蒼の行動に、真矢が怒る。まるで殴り合いにまで発展しそうな険悪な雰囲気が漂って、場は紛糾の様相を呈した。そんなとき――。

 ぱんっ! と全ての空気を冷やす、乾いた音が鳴り響いた。反射的に振り向けば、その出所は昴。いつもと同じ柔和な笑顔で佇むその姿は、けれど、どこか異質だ。


「ヒートアップしすぎですよ、皆さん。今日はここまで。――全員、頭を冷やしなさい」


 いつもどおりのはずの声色。だが、その言葉には有無を言わせぬ強さがあった。毅然とした態度は、この場を収めるためのものだ。まさに鶴の一声。皆が煮え切らない思いを抱えながらも、解散していく。

 裕也も、複雑な感情を呑み込んで、サークル棟へと踵を返した。


   *


「蒼の奴、何をそんなに焦ってるんです?」

「つい最近まで、本当にイキイキしてたのに……」


 部室に着いた途端、裕也は口を開いた。真矢もそれに続く。

 一連の騒動の間、静観を決め込んでいた範昭は、裕也たちと共に部室へと戻ってきていた。何かしらの事情を知っている――そんな素振りを見せていた範昭に、答えを求めた形だ。

 逡巡したのち、範昭は裕也たちの目を見据えて、「答え」を紡ぎはじめた。


「あいつ、割と冗談じゃなく命かけてもいいっていうくらいには、本気で帝北に勝ちたいって思ってるんだと」

「でも……だって、それって俺らの目標ですよね?」

「ああ。でも、そんなレベルじゃなく、な」

「どうしてそこまで……」

「さあな」


 範昭の口から語られたのは、蒼の熱心な献身と、


「それこそあいつ、久蓮大好きだし。……それに帝北には、あいつの元チームメイトがいるんだとよ」

「チームメイト?」

「ああ。色々あったらしいぜ。――詳しくは聞いてないけどな」

「だから、どうしても勝ちたいと?」

「多分な? 俺は、そうじゃねえかと思ってる。まぁ()()()()()()()()とは思うが」


 彼が抱えているらしい「事情」だった。


「直接聞いたわけじゃねーから、合ってるかは知らんがな」


 あくまで想像だ、という範昭だけれど、それはとても確からしかった。入部してすぐの蒼は、裕也たち部員と壁を作って、辛そうに走っていた。それは、その「色々」が関係しているのだろうか。


「……何それ」


 裕也は、低く呟いた。

 範昭の言が正解だったとして。蒼は、それを一人でなんとかしようとしていた、ということだ。そんなの――。


「え、水臭くない? そうならそうって言えばいいのに」

「だよね」

「僕らエスパーじゃないんだからちゃんと言ってくれなきゃわかんないんだけど」

「まあ、可愛い後輩のためにも、もっと頑張らなきゃいかんね」


 気づけなかったのはこちらだ。けれど、こうして事情を知った以上、放って置くつもりなど微塵もない。明日は、蒼が久蓮に「答え」を示すのだろう。まずはそれを、見届けるのだ。

 裕也は頷きひとつ、いつものケアを始めることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ