6.する気もないけれど(天恵7年4月下旬)
ドリブルで人の林を潜り抜けて、流れるようにあの枠へとボールを蹴り込む。ザシュッ、と、気持ちの良い音が鼓膜を揺らして、翔太はにぱりと笑みを浮かべた。
「すっげ、翔太、マジで上手ぇじゃん!!」
「へへ、ありがと!」
集まってくるチームメイトに照れ笑う。
*
スポーツドリンクのスッキリした甘みが心地よい。流れた汗を拭きながら、翔太は木陰に腰を下ろしていた。
青い青い空の下、今日は体育、サッカーを選択した翔太は、自身と同じく文系クラスのクラスメイト達と共に、懐かしい球技に興じているのである。今はその、休憩時間。久々のサッカーにわくわくしたのは、やっぱり好きだからなのだろう。
「お疲れ、翔太」
「お前、マジで何モン!?」
「サッカー部だろ、サッカー部」
わらわらと集まってくるクラスメイトに声を掛けられ、翔太は顔を上げた。
休憩前最後の課題は、リフティング二百回という、一般の体育で課すにはなかなかに難易度の高いものだった。とはいえ元サッカー部には他愛のないそれを早々にクリアし、皆より一足先に休憩に入っていたのだ。何とか課題を終えた皆が、遅れて休憩に入って今に至るというわけだ。
「元、ね! サッカーは高校までだよ!」
「え、なんでだよ? めっちゃ上手ぇじゃん」
「知ってるぞ、翔太! お前ユース代表の桃谷翔太だろ!」
高校時代の翔太のことを知っているひとがいた。サッカー部の関係者なのだろうか? なんでやめたんだ、という彼は、少し残念そうにすら見える。自分のことをそんなふうに言ってくれることが、なんだかありがたい。そして、サッカーをやめたことに、少しの罪悪感。
――――そんなの、わかってたことだ。
自分に期待してくれたひとがいることも、支えてくれたかつてのチームメイトも、翔太がサッカーの路を外れようとしたとき、惜しんでくれた、引き留めてくれたのだ。そんな彼らを振り切ってまで、自分はここにいるわけで。
「いまは、陸上部!」
「え? なんで」
「昔やってたとか?」
「ううん、はじめて!」
「え、初心者!?」
「うん!」
ここに立っていることを、後悔してはいけない。――する気もないけれど。いまはサッカーはやめて、陸上部員なのだというと、翔太を取り囲んでいた彼らは、目を剥いて驚いた。
――――そりゃ、そうだよね。
内心で苦笑いを零して、翔太はこの騒ぎを収めるにはどうすればよいかを考え始めた。
「でもさ、陸上でもやってけそうだよね。翔太、スピードも体力もあるし」
「確かに!」
その一声に、集っていた彼らは納得の反応を示した。
*
「さっきはありがと」
「んんー? うん」
グランドからの帰り道を、ゆっくりと並んで歩く。もぐもぐとあんぱんを頬張りながら自身のお礼を受け取ったクラスメイト――新條枢に、翔太はにっこりと微笑んだ。さっきは、本当に助かったのだ。予想以上の騒ぎに、どうしようかとても悩んでいたから。
皆の騒ぐ気持ちも解る。ユース日本代表という肩書は、誰もが手にすることが出来るほど軽いものではないとよく知っているから。それでも――。
「今日のお前、あんなに楽しそうだったけど。……それでもやっぱり、陸上、なんだね」
「うん!」
迷いなく言い切った翔太に、枢は応援してる、と微笑んだ。
「絶対、いい選手になるよ、お前」
「うん!」
純粋に自分を応援する言葉をかけてくれる枢に感謝をしながら、翔太は先程の感覚を思い出していた。
サッカーは、わくわくした。楽しかった。すごく。けれど、それでも。今の自分が最も心躍るのは、もうサッカーではないのだと、そう実感した。軽く目を閉じると、浮かぶのはあの日の青銀の軌跡――それは未だ脳裏に焼き付いている。
――――"オレは止めねーよ。お前が信じる路を行けよ。それが正しいから" 。
――――"そう、思うの?" 。
――――"ああ? お前、オレが疑ったことがあったか? お前のハナをさ。なあ、オレのエース" 。
あの日、そうして交わした会話を、思い出す。引き留めるチームメイトたちとは対照的に、迷うことなく、翔太の背中を押してくれた、あの大きな存在。今や日本にはいない――ブンデスリーガへと抜擢され、ドイツへ渡ったかつてのユースのキャプテン。彼がいなければ、自分は極北にはいなかっただろう。
「……!」
ふと我に返ると、枢が微笑ましい! といった表情でこちらを見ていた。
「ごめん、ぼーっとしてた」
「いいよ、お疲れ。今日も練習なんでしょ?」
「うん」
枢は、いつだって優しかった。自分もサッカーをやっていたという枢は、初めて会った教室で、翔太がここにいることを詰ってきたけれど。翔太の話をしっかりと聞いて、そして翔太の夢を応援してくれている。
「後悔、してないの?」
「する気もないよ! ねえ、枢、おれ、やっぱ間違ってなかったよ」
「え?」
きらきらと瞳が輝いているのが、自分でもわかった。突然飛んだ話に、目を見開いた枢の瞳に映る自分は、ずいぶんと嬉しそうな顔をしていた。
「主将から、ゴールの匂いがしたんだ。この間のミーティングで、はっきりと!」
「ゴールの匂い……」
「だから、おれは掴むんだ! それを、現実のゴールにするために」
「……っ! ははっ、お前最高だね」
自分の想いを話せば、枢は心底嬉しそうに笑った。
「その瞬間、僕も絶対見にいくよ。応援してる」
「うん!」
その言葉に、翔太は身体の奥底から湧き上がる熱を抑えられずに走り出した。
「あ! ちょっと待てよ!」
後ろから追いかける枢の声を聞きながら、翔太は駆ける。その瞳に、いつか来るシュートチャンスをしっかりと見据えて。




