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夢の続き【番外編】  作者: 灰猫
【それでも、どこかで】富樫裕也
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13.木漏れ日と好転(天恵7年6月中旬)

 真平の怪我の発覚から二週間近くが経った。時の流れは速く、いつの間にか、目に入る景色は白樺の彩る濃緑へと移り変わっていた。もう初夏に足を踏み入れつつある六月中旬。

 快晴の空の下、極北大の面々は本日から一泊二日のクロカン合宿に突入する。


「良い天気になりましたねえ」


 穏やかな声を上げるロマンスグレー――我らが極大陸上部の部長・野々口教授と、彼の研究室の学生・秋山。その二人を含めた一行は、開催地である牧山市を目指してバンに揺られた。


   *


「着いたー!」

「少し休憩したら、練習な」


 極北駅を出発してから二時間半。翔太の元気な声が静かな林の中に響いた。秘境といっても過言ではない、木々に囲まれた林道に降り立った面々は伸びをして体をほぐしている。微笑む久蓮は、ノートパソコンを鞄にしまいながら――まさか車内でもずっと研究をしているとは思わなかったが――、皆に声をかけている。

 頭上で鮮やかな萌葱色に変換された陽射しが柔らかく降り注いでいる。足元に柔らかなウッドチップの感触を確かめていると、翔太が勢いよく手を挙げた。


「久蓮さん、おれ、Aで走りたいです」

「……勇んで早々に潰れればいいワケじゃない、ってのは、解ってるね?」

「はい!!」

「ん、いいよ。やってみな」


 翔太の申し出に、裕也は驚いた。不安な表情を覗かせていたあの時の後輩は、もういなかった。そこにいるのは、高い頂を目指す挑戦者だ。

 裕也には真似できない――間違いなく久蓮の言う「勇んで早々に潰れれる」という状況になるからだ。Aチームの設定ペースは、今の裕也には到底こなせない。それでも――後輩の燃やす闘志を目の当たりにして、自然、自身の心も熱くなるのを感じた。


   *


 Aチームがスタートしてから数十秒後。真矢、裕也、大介の三人はスタートを切った。今日のメニューは、三キロのコースを五本。真平と野々口の待機するスタート地点まで、一周三キロのコースを使ったインターバルだ。

 「クロカン」と銘打つこのコースは、細かいアップダウンを始め、トラックでの三キロとは一味違ったキツさがある。それでも、脚にかかる衝撃が少ないこのコースは、怪我の不安を未だ抱えたままの裕也にはとてもありがたいコースだった。真矢が作るペースについていきながら、裕也はここ最近ではかなりいい調子で走れていることを自覚した。


「いいじゃん? 裕也」

「! ありがとうございます、先輩」


 裕也にとってはギリギリな設定ペース。せめてくらいついてやろう。そんな意志は、少しばかり漏れ出ていたらしい。先頭で引っ張る真矢ににやりと笑まれて、裕也はどこか照れ臭くも笑った。

 いいコースだった。柔らかい足元は、それだけで怪我の恐怖が和らぐ。上りもキツすぎず、リズムを崩しきることなくいいテンポで駆け抜けている。


「もう少し、行こうか」

「――、はい!」

「!」


 ふと、真矢がそう告げた。反射で返事をした。四本目、余力はさほど無いが――チャレンジしない理由など無かった。裕也の後ろについていた大介が、いつの間にか隣に並んでいる。気合いが入る気配がした――瞬間、ペースが上がる。真矢の横顔、口角が楽しげに弧を描いていた。

 上がった負荷に呼吸が跳ね上がる。血が沸騰したように手足が熱かった。苦しい。


「いいぞ、真矢、大介(ダイ)、裕也ー」

「皆、ファイト!」


――――主将、唯さん……!


 木々の隙間から現れた二人に声援を送られた。気分が上がったのを感じる。どうやら二人はジョグをしているらしかった。

 久蓮は、練習量が極端に少ない。それこそ選手への復帰を宣言する今春までは、マネージャーとして活動しており、せいぜいがペースメーカーだったのだ。そして今も、多忙だという以外にも、こうしてメニューに参加しない日がある。不満があるわけではない。だって、その圧倒的な実力は、先日垣間見たばかりなのだ。ただ――。


――――体調、悪いのかな……。


 あんなに走ることが好きだと全身で体現しているあの主将が、サボって練習量が少ないはずがない。それを制限する理由があるとすれば哀しいことだ。けれど。復帰を宣言したということは、いずれにせよ、事態は改善しているということだ。


「裕也! ラスト!」

「――!」


 真平の声が鼓膜を揺らして、裕也は現実へと引き戻された。いいリズムだ。空事に思考を飛ばしている場合ではない。付いていくと、決めたのだから。

 再度気合いを入れ直し、裕也は柔らかなウッドチップを蹴った。


   *


「はいは~い、皆! そろそろ起きて~。旅館までジョグ!」

「!!」


 メニューを終えた部員たちを待っていたのは、にっこりといい笑顔の、我らが主将のそんな言葉だった。

 メニューをやりきった面々は軒並みぐったりとしている。ダウンがてらジョグ、という久蓮にびくりとする。ここから旅館までは四キロ近く――今の面々には、たかが四キロ、されど四キロ、といったところだ。


「おいしいご飯とお風呂が待ってるから! ホラ、ふぁいと」

「は、はーい」


 久蓮の声に押されながら、皆はのろのろと立ち上がった。もちろん、裕也も。


「久蓮さん」

「ん?」

「久蓮さんも乗りますよね?」


 皆と一緒に走り出そうとした久蓮に、真平がにっこりと微笑んだ。苦笑して真平と共にバンへと乗り込んだ久蓮を見て、裕也はくすりと笑った。真平は、しっかりと折り合いを付けることが出来たようだった。この間までの暗い顔を思い出し、裕也は安堵の息を吐いた。

 大きく伸びをすると、新鮮な空気を全身で感じた。


「よーし、あと四キロ。……頑張りますか!」

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