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夢の続き【番外編】  作者: 灰猫
【それでも、どこかで】富樫裕也
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3.それでも、どこかで(天恵7年4月下旬)

 練習は休みの月曜日夕方。けれども部員達は、久蓮の部屋へと集まっていた。もはや昨年一年間で通い慣れたこの先輩の部屋だが、清々する程に広い。男八人集って尚そう感じるのだから相当だ。

 

――――全く、こんなに何でも出来て……困ることなんてないんだろうな。


 エプロン姿でカレーを配膳していく我らが主将を手伝いながら、裕也はそんなことを考えた。今日の料理はカレー。それも、ルーから作ったというのだから驚きだ。久蓮の作った料理で美味しくなかったものなどない。

 何でもそつなくこなす久蓮が本気で困った顔をしているのを、まだ裕也は見たことがないのだ。部活でも、学業でも、そして垣間見える私生活でも――。


   *


「さて。そろそろ反省会を始めようか」


 自信たっぷりの表情で部員たちを見回しての、久蓮の一言。その一言で、場の空気ががらりと変わった。そして始まったミーティングは、いつもより余程緊張感で満ちていた。当然だ。皆、久蓮が何を思ってあの目標(全日出場)を打ち出したのか聞きたがっているのだから。

 そして、そんなことは、久蓮とて承知の上だ。


「何故、このタイミングで全日出場なのか? ……それは、オレが全国の舞台へ行きたいからだ。君たちと。」


 不敵な笑みを浮かべて、久蓮は皆を順に射抜いていく。


「オレたちは、それぞれの事情を抱えてこの極北大にやって来た訳だ。"何か"から逃げ出した奴。闘うことを辞めた奴。闘いの舞台を敬遠した奴..……。だが、君たちはここにいる。オレの提示するキツい目標に真摯に取り組んでまで。――君たちは、多かれ少なかれ、走ることの魅力から"逃れられなかった"人間だ。どうだ? このまま終わりたいか?」


 ふてぶてしい、傲慢ともとれる言葉だ。それでも裕也は、自信に満ちた久蓮の瞳に貫かれた瞬間、思ってしまった。嫌だ、終わりたくない――終われない! と。こんな、怪我ばかりで記録も大して伸びないまま……燻ったままでは、終われないのだ。

 そして、そう思わせたのは――。


「少しオレの昔話を聞いてくれ。オレは昔、テレビの向こうのあるランナーに憧れて、陸上の世界に飛び込んだ。燻っていた当時のオレは、ライバル達との駆け引きを心の底から楽しんでいる彼を見て、こうありたいと願ったんだ。それからは……色々あったが。今も、オレは求めて止まない――」


 大切な想い出を噛み締めるように、久蓮は言葉を紡いでいく。久蓮の言葉に合わせて、映像の中でしか見たことがなかった"無敗の帝王"の走りが浮かび上がった。瞼の裏に――鮮明に。

 久蓮は聞き入る部員達へと視線を向け、問うた。


「君たちは、何故陸上を始めた? そして……どんな夢を見た?」


――――俺は……そんな物語みたいな理由も描いた夢もない。


 入る部活を選ぶことになったとき、大して費用がかからず、簡単そうだったから選んだだけだ。始めてみて、工夫して研鑽を積んでいく感じが性に合っていたから、続けただけだ。

 自分もトップレベルの選手達のように走れるかもしれない等という幻想は、(はな)から抱いていない。

それでも――。


「他でもない、君たちと見たいんだ。誰もが一度は描いたであろう、夢の続きを」


 久蓮が強気に笑んだ瞬間、確かに感じた興奮には、気付かないふりは出来なかった。


   *


 尊敬する先輩の懐かしい姿を目の当たりにしたからだろうか。はらはらと静かに涙を零す己の同期の姿は、見たことのないものだった。困惑しながらも彼を宥め、範昭に小突かれている久蓮を眺める。


――――ここから始まるのか、真平? お前の願っていた未来が。


 声に出来ない疑問を投げ掛けて、裕也はその光景を見つめた。蒼が姿を現したあの時に過った予感。共に自己紹介をしたあの春の日から――いや、極大に進むと決めたその日から、胸に抱き続けている未来が――始まる。


   *


「と、いうわけで。これがオレの考えだから。皆、よく思い出して。それで、オレと、……夢の続きを目指してくれたら、オレは嬉しいよ」


 いつもの調子で、ふにゃり、と柔らかく笑む久蓮の言葉に飛び付いてしまいたいという興奮と、これまでになく高いハードルに挑むことへの迷いがせめぎ合う。自分だけでなく、きっと、皆も――。

 そんな部員達の思いに気付いているのだろう久蓮は、にやりと笑みを浮かべて口を開いた。


「"本当に勝てるのか"という疑問についてだけど。――皆の想像通り、現状はかなり厳しいのが正直なところだね。昨日の順位も平均タイムも物語ってるね」


 厳しい。久蓮のその言葉を聞いた瞬間確かに走った落胆に、裕也は自嘲した。いつの間にか期待していた自分に。

 けれど、久蓮は此方から目を反らさずに続けざまに言い放った。


「だけど、勝ち目もある。――オレはそう思うね」


 その表情には、後ろ向きな気持ちは一切乗っていなかった。不安も、否定も、嘘も罪悪感も。其処にあるのは、確信に満ちた確かな自信だけだった。"オレ達は、確かに届くのだ"と――。

 無理だ、と、裕也は思った。久蓮は、極北大の伸び代と、新入生の存在を根拠に挙げた。けれど、それらは全て希望的観測に過ぎない。現時点で開いている実力差は相当なものだ。それをあと四ヶ月足らずで埋めるなど――無理に決まっている。その、筈なのに。


「大丈夫。――足りない分は、オレが走って埋めるから」ち 極大の勝利を信じて疑わないその不敵な笑みを見た瞬間、その言葉を聞いた瞬間――。それでも、心のどこかで。久蓮の描く勝利のビジョンが、視線の先で、蜃気楼のように揺れたのだ。

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