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夢の続き【番外編】  作者: 灰猫
【正に"天恵"とも言うべき】岩本真平
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30.紺銀の重み(天恵7年8月下旬)

 開会式から戻り、今は夕刻。

 極北大学陸上競技部のメンバーは、サークル棟の一室へと集まっていた。今まさにここで、試合前最後のミーティングが行われているところだ。


 主将の顔をした頼もしい久蓮の姿に、真平は先程まで感じていた不安が晴れていくのを感じた。そして、目の前に立つ後輩たちの姿に、喜びが湧き上がる。

 目の前に立つ二人を、久蓮は"助っ人"と称した。東雲瑠衣に、林野峰雄。二人は蒼のクラスメイトで、今回の駅伝、応援と手伝いを買って出てくれたということだ。紹介する久蓮の声も、どこか弾んでいる。


「当日は、部長や唯ちゃん先輩と一緒に、一キロ地点と二キロ地点でサポートをしてもらう予定だ。皆、感謝するように!」

「突然すみません。如月君の話を聞いていたら……皆さんのレース、見せてもらいたくなってしまって」

「陸上は、正直……全然詳しくないのですが。明日は宜しくお願いいたします」

「まあまあ、そんなに畏まらないで。臨時とはいえ、君たちはオレ等の一員だ。――ね、皆」


 久蓮の言葉に、皆から口々に礼が告げられる。瑠衣も峰雄も、緊張した面持ちで皆を見回して一言を告げた。二人の表情に、緊張では隠し切れない瞳に輝きを見て取った真平は嬉しくなる。

 なんと心強い味方が増えたのか、と。大丈夫。明日はきっと、良い日になる。


   *


「それじゃ、まず各校の選手発表だな。――真平、ヨロシク」

「分かりました」


 温かい空気の余韻をひとしきり楽しんだ頃、久蓮が真平に、そう声をかけてきた。その言葉を受け、真平は皆に紙を配った。いわずもがな、今日受け取ってきた各校のオーダーリストのコピーだ。

 用紙を受け取った皆は、その内容を目にして思い思いの反応をしていた。ちらりと、蒼が小さく目を見開いているのが目に入った。見ているのは、帝北大のオーダーだろうか。


「それじゃ、ゼッケンを配るぞ――蒼」


 ざわざわと、どこか落ち着かない面々の雰囲気を意に介さず、久蓮は話を進めている。真平の隣に立つ久蓮、皆と向かい合った教卓の上には、八組のゼッケンと、極北大の紺銀の襷が鎮座していた。

 名前を呼ばれた蒼が、久蓮の前に進み出る。その面持ちは、緊張、そして――高揚に彩られていた。


「頼んだ」


 絡んだ視線の先、ふ、と笑む久蓮の表情に、信頼の色がのった。真平は、そんな感情を向けられる蒼を羨ましく思う。けれど同時に、真平とて、同じ気持ちだ。極北大の襷を、託したい――"頼んだ"、と。

 久蓮から襷を手渡され、受け取った蒼は、その紺銀をまじまじと見つめて、息を呑んでいる。それを見た真平は、確信した。


――――大丈夫だ、蒼なら。


 蒼は、()()()()をしっかりと理解しているから。ややして、視線を上げた蒼が、強い瞳で久蓮を射抜いた。


「必ず。――勝ちます」


 興奮に低く掠れた蒼の声は、決意に満ち溢れていた。その言葉に、久蓮の唇が弧を描くのを見た真平は、ふと思い至って口を開いた。


「"いつもの"やってくださいよ、久蓮さん」


 一瞬、きょとりと目を丸くした久蓮だが、すぐに真平の言葉を意味を察してくれたようだ。久蓮はにやりと笑んで、蒼へと手招きをしている。


「回れ、右」


 言われるがままに従った蒼の背中を、久蓮はトントンと二回、軽く叩き――パンッ、と強めの一発を入れた。

 目を見開いた蒼の瞳に、ちろりと焔が宿った。口許に描かれた弧に、真平の心も踊った。


「昔、僕たち皆やってもらってたの。元気出るでしょ?」


 そう、これは、深雪時代の真平たちの、試合前の恒例行事だったのだ。いつも、こうして久蓮に喝を入れてもらっていた。懐かしくも大切な想い出だった。

 真平の言葉に、蒼が真剣な表情で頷いた。


   *


 オーダー通りの順番で、皆が呼ばれていき、それぞれがゼッケンと久蓮の()()を受け取った。

 そして、残るは八人目――久蓮の番だ。真平は、皆と目配せをして頷いた。


「久蓮さんには、僕らから」


 真平はそう言うと、皆を呼び寄せた。ぽかんとしている久蓮の背中に、皆で代わる代わる一発。久蓮は、こういうのは新鮮だ、と嬉しそうに微笑んだ。


「さて。……ゴホン、――真平。明日は頼んだぞ」


 久蓮に喜んでもらえて満足していた真平を、咳払いと共に、久蓮が呼んだ。そして、そう言って一発。背中に走った衝撃に、真平は大きく目を見開いた。

 次の瞬間、真平の胸に、たくさんの想いが去来した。後悔、不甲斐なさ、嬉しさ、決意――色々な感情が綯交ぜになって、真平は込み上げる涙を堪えようと顔を歪めた。――そして、心底嬉しそうに微笑んだ。


「はいっ!」


 久蓮に、頼まれた。自身の思い描いてきた形とは違うけれど、ようやく訪れた、この機会。明日は、自分に出来ることを精一杯やり切るのだ。


「もう、あまり言うことはないが……皆、明日はよろしく頼んだ。――オレに襷を繋げてくれ」


 最後にサポートのメンバーに声をかけた久蓮は、皆が席に戻ったのを見て、そう告げた。そして、大きく息を吸い込んで――。


「勝つぞ!」

「おお!」


 気合の籠った久蓮の掛け声に、皆が応じる。溢れ返る熱気のなか、真平は、皆の湛えた興奮を感じて心を躍らせた。

 ついに明日、極北大の駅伝が始まる――。

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