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夢の続き【番外編】  作者: 灰猫
【正に"天恵"とも言うべき】岩本真平
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29.降り続く雨(天恵7年8月下旬)

 雨が、降り続いている。一昨日――木曜日の夜から降り続いている雨が、今日も今日とて大地を濡らしている。

 今日は、土曜日。ついに、明日は北海道大学駅伝当日だ。最後の追い込み練習も終え、今日は皆それぞれが、思い思いに刺激を入れている頃だ。生憎の天気だけれど、皆の士気を落とすには到底足りないだろう。

 真平は傘の下から、雨に濡れたコースを眺めていた。アスファルトを流れる水が、自分の緊張と微かな不安も一緒に洗い流してくれればいいのに、と真平は思う。自分が走ることは叶わないが、今回の勝負が真平にとって何よりも大切であることに変わりはないのだ。


「よう。待たせたか?」


 不意に背後からかけられた声に、真平はぱっと振り返った。


「ノリ先輩! いえ、ボクも今来たところなので。――久蓮さんはまだでしたか?」

「あー……、あいつは来られねぇ。どうしても外せない用事が出来ちまったんだとよ」

「そうなんですか!? なら、久蓮さんの分も、しっかり聞いておきますね」

「そうだな……。じゃ。行くぞ」


 範昭とそんな話をしながら、今日の目的地であるオブジェ然とした建物へと向かう。

 そう、今日は、ここシノロ川公園にて、北海道大学駅伝の開会式と最終オーダーの申請が行われるのだ。極北大からは久蓮、範昭、真平の三人が出席する予定だった――のだけれど、久蓮はどうやら欠席のようだ。すたすたと歩いていく範昭を追いかけて、真平は小走りに雨に濡れた道を進んだ。


   *


 オーダーの提出を終えて、真平は範昭と共に開会式の始まりを待っていた。各校のジャージに身を包んだ選手たちが続々と集合してきている。


「よー、極北サン。て、久蓮クンはおれへんのかいな」

「こんにちは、悠さん」

「ああ。あいつはサボりだ」

「ははっ。久蓮クンも忙しいんやなぁ」


 にこにこと近付いてきた極教大の主将宮田悠に、真平はぺこりと頭を下げた。相変わらず、何を考えているのかよく分からない人だ。飄々としたその姿を眺めながら、ぼんやりとそんなことを思った。

 久蓮の不在に言及した悠に、範昭は真顔で冗談めかした説明をした。それで伝わるとふんでのそれは、しっかりと悠に伝わっていた。なんだかんだ範昭も、この青年の知己、ということか。


「どうなん? 仕上がりのほどは」

「ばっちり、準備万端です!!」

「お~。ええやんええやん、楽しみやなぁ」


 チームの仕上がりを問われ、真平は食い気味に返した。悠は目を瞠ると、からからと笑った。その瞳は、期待にきらりと輝いていた。

 そんな話をしているうちに、開会式の始まりの声がかかった。学連の学生たちの進行で、粛々と式が進んでいく。優勝杯の返還では、男子は昨年優勝校の極教大から悠がその舞台に立っていた。


 真平は、極教大の奥に並ぶ黒紫の集団――帝北大へと視線を投げた。出席しているのは五人、先頭に立つのは、帝北大では異色ともいえる雰囲気を漂わせた久蓮の友人、主将の東城皇だ。そしてその後ろ――真平と同学年の長嶺歩夢を見つめた。紫吹の話では、彼もまた、帝北大の中では異色の存在だ、ということだが――。浮かべられているその表情は、無だ。そこからは、長嶺の思惑は窺えなかった。

 ともあれ。ついに始まるのだ。久蓮と真平――そして皆の勝負の時が。


   *


 開会式を終え、各校のオーダーリストを受け取った真平は、範昭の許へと戻ろうとした。篠崎鉄人に声をかけられたのは、ちょうどその時だった。


「久しぶりだな、真平。明日は走らないのか。怪我の調子はどうだ」

「もう、ほとんどなんともありませんよ。ただ、大事を取って皆に託しているだけです」

「ほう、そうか」


 極北大のオーダーを確認したのだろう。彼はそんな声をかけてきた。何を言われるのかと、少し身構えたものの、その内容は至って平凡だった。真平の答えに、鉄人はただ頷いただけだった。


「久蓮は元気か」

「? ええ。今日はなにかと忙しいようですよ」


 ふと、鉄人がそんなことを問うてきた。鉄人は久蓮の父だ。だから、久蓮の事を気にするのは特段変なことではないはずなのだが。ただ、「元気か?」という言い回しが少し引っ掛かって、真平は瞬間首を傾げた。

 姿が見えないことが気になっているのかと思い返して、真平はそんな答えを返した。


「――その判断、後悔しないといいな」

「え……?」


 帝北大の部員に呼ばれ、鉄人は踵を返した。ただ。真平へと柔らかく微笑みを向けた鉄人が、去り際に残した言葉が、真平の耳に、いやに不穏な響きを残した。


「大丈夫だったか?」

「……え?」


 ぼんやりとした不安を抱えて、去っていく鉄人の背を見つめていた真平は、がしりと範昭に肩を掴まれた。かなり離れたところにいた範昭が、いつの間にかこちらへ来ていたことと、その剣幕に驚いて、真平はきょとりと首を傾げた。そもそも、「大丈夫」とはこれ如何に――?


「帝北の監督と話していただろ。何か言われたのか?」

「怪我の具合です。あ、あと、久蓮さんは元気か? ――って」

「……そうか」


――――ノリ先輩……?


 眉を顰めて問うてくる範昭の意図はよくわからないけれど、その問いに正直に返すと、範昭は重いトーンでただそう返した。その声色は重く冷たく、そのことは真平の心に影を落とした。範昭の懸念は、一体何についてなのだろうか。


 一抹の不安を残したまま、時は流れていく。もう、後戻りはできない。まずは夕方――最後のミーティングが待っている。

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