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夢の続き【番外編】  作者: 灰猫
【正に"天恵"とも言うべき】岩本真平
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26.トラックの外からの景色(天恵7年7月下旬)

 強い陽射しに、匂い立つ夏が揺れる、七月下旬。今日は、全日本大学駅伝の予選を兼ねた、"北海道大学駅伝"――その選手選考タイムトライアルを行う。"選手選考"とは言うものの、真平の怪我で人数がギリギリなので、区間決めのための参考レースだ。


 久蓮から告げられたメニューは次の通り。

一周二.七五キロのメンストを四周(十一キロ)、グラウンドに戻って千五百メートル、五千メートル。休憩(rest)はそれぞれトップのゴールから三十分ずつ。


「っていっても、最後の五千メートルは長距離区間のためのメニューだから。希望者だけ、ね」


 メニューの説明をしながら、苦笑と共に補足した。そうして最後の五千メートルの希望を問えば漏れなく全員が手を挙げた。


「は、」

「皆、やる気十分みたいですね」


 勢いよく挙手した皆に、久蓮は目を丸くしている。なんで、と。そう動かされた久蓮の口からは、しかし何の音も発せられなかった。いつもどこか達観している久蓮のその表情はとても珍しい。そんな表情を引き出せたことに、真平は蒼と顔を見合わせてしたり顔をした。


「さ、練習すんぞ」


 当惑している久蓮の肩を叩く範昭の、そして様子を見守っている昴の満足樹な笑み。憑き物が落ちたかのように、前向きに練習に取り組むようになった蒼。そんな部の様子を見て真平も嬉しくなった。

 きっとここから、何かが変わっていく――。


   *


「じゃ、よーい、始め!」


 そんな合図と共に勢い良く飛び出す面々に、十一キロだぞー、と久蓮が苦笑まじりに声をかけた。確かに、新平とて思わずそんな声をかけたくなる程には、全員が突っ込んだ入りだ。


「なんか……どしたの皆? あー……目の色変えて?」

「皆、改めて強くなりたいと思ったんですって。貴方たちの勝負を見たからですよ」

「そ? ……ん、それは嬉しい、かな」


 恐る恐る問うてきた久蓮がなんだか可笑しくて、真平は笑って答えた。仔細は伝えられない。きっと、真平があんなことを頼んだと知ったら、久蓮は申し訳ないと思ってしまうだろうから。それでも、皆がいつも久蓮のレースに刺激を受けているのは本当だ。


「蒼、調子良さそうですね」

「うん。うまくハマってくれたかな」


 昴と競り合いながら先頭を走る蒼は、最近見ていた彼よりも余程調子がよさそうだ。昴が作っているペースはかなり質の高いものの筈だが、蒼の表情も足取りもまだまだ余裕がありそうだった。

 思ったそのままに問いかければ、久蓮はゆるりと微笑んだ。どうやらあの勝負は、確実に蒼の()になっているらしかった。


「でもま、地力はまだまだ……かな」


 そう言ってにやりと微笑んだ久蓮に、コースの先を見た真平の視界に飛び込んできたのは、蒼を引き離して四周を終えようとしている昴の姿。必死に追いすがっているものの、これは少し追いつけなさそうだ。


「おつかれ」

「……っ、くそ……っ」

「そう簡単に、負けるわけには、いかないですから」


 トップでゴールした昴は、それでいて手加減したわけではなさそうだ。悔しさを滲ませる蒼。そして少し間を空けて範昭が――そして皆が続々とゴールしてくる。皆のタイムを録りながら、真平は目を見開いた。首位争いが目につくが、皆、着実にレベルアップをしている。


   *


「ちょ、皆、大丈夫……?」

「大丈夫……! いけます!」

「そ? ……怪我だけはしないでね」


 先頭の昴が千五百メートルを終えて三十分。最後の五千メートルのスタートを前にして、目を回しかけている部員たち。久蓮は眉を下げて心配そうに声をかけた。

 虚勢か根性か。ヘトヘトながらも瞳は死んでいない面々に、久蓮は苦笑混じりに返した。ふらふらとスタートラインに並ぶ彼らの瞳は死んでいない。独りではない、共に戦うのだ。真平は皆からそんな想いを受け取った――勝手に、だけれど。


「よくやってくれてるよ、皆」

「楽しいと思いますよ。速くなっていく感覚は」

「……そだね」


 ぽつりと、久蓮が呟いた。トラックを必死に走っている彼らを見つめるその表情は、嬉しそうだが、どこか思い詰めたように影が差している気がした。その瞳はとても遠くを見ている。きっと、(きた)る駅伝を。真平には、そのビジョンを一緒に見ることはできないけれど。それでもきっと――。


   *


 五千メートルは、なんと蒼の勝利で幕を閉じた。昴に大差をつけてゴールラインに飛び込んだ蒼は、そのまま膝から崩れた。


「おつかれ」

「久蓮、さん……」


 久蓮はドリンクを差し出して労うと蒼の表情が輝いた。相変わらず、流石のキャプテンシーだ。真平がそんなことを思っているうちに、昴、すぐ後ろで真矢がゴールした。ゴールと共に倒れ込んだ昴に、久蓮は、すかさず駆け寄って吸入薬を服用させている。


「お疲れ、皆~。ナイスファイト!」


 昴の介抱に回った久蓮に代わって、真平がタイムを録りながらに疲労色濃い面々を迎える。ぐったりと芝生に倒れ込んでいる皆にドリンクを手渡しながら、異常がないかを確認していく。皆、しんどそうに、でも力を出し切ったと満足そうに笑みを浮かべていた。とてもいい雰囲気だ。

 本番の北海道大学駅伝まで、あと四週間。そして明日には――区間が発表される。

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