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夢の続き【番外編】  作者: 灰猫
【正に"天恵"とも言うべき】岩本真平
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15.割り切れぬ想い(天恵7年6月上旬)

 翌日。鈍い雲を湛える空はまるで自分の心のようだと、真平は自嘲した。

 練習開始前に久蓮が告げた真平の足の状態は、部の皆を動揺させてしまった。全体的にやや浮足立った練習を見守った真平、補強やストレッチ、ケアを終えた時には既にかなり遅い時間になってしまっていた。


 久蓮に、昨日のことを謝らなければ。勢いに任せてあんなに酷いことを言ってしまったのだ。昨日の電話でも、報告のみで結局謝らずじまいだった。いつものように、部室の中でデータの整理や仕事をしている久蓮。これ以上機を逃せば、もううやむやになってしまうだろうから。

 真平は、扉の前で息を吸った。意を決して部室に入る。やや影の落ちた室内には、ノートパソコンに向かう久蓮と、それを眺める昴に、ぱらぱらと部誌を繰る範昭。そして奥のロッカーでは荷物を纏めている蒼。やや重い空気にたじろいでしまったが、真平は意を決して口を開いた。


「あの……」

「真平。お前、道予選のメンバーから外すから」

「……っ」


 決意をした筈なのに、久蓮に呼びかけた声は酷く掠れてしまった。そんな声に、久蓮の(いら)えはそんな言葉だった。用意していた謝罪の言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。そう言われる気はしていた。けれど、いざ現実となると言葉に詰まる。


「ここで終わんなよ」

「え……」

「あの人が、これで終わるハズがない。意味は、分かるだろ。――帝北大は、もう一枚切り札を用意しているハズだ。そしてそれは恐らく、予選ではなく、本戦で切られるカードだ」


 けれども、続けられた言葉に、真平は目を見開いた。久蓮は作業の手を休めずに淡々と告げる。それは、激励。真平は、久蓮の姿から目を離せなくなった。その瞬間。ぱちり、と久蓮の瞳が真平を捉えた。真摯なその瞳に浮かぶのは、期待――。


「乗り越えろよ、――待ってるから」


 お前の力が必要だ、と。久蓮の瞳に貫かれて、真平の心に浮かんだのは歓喜だった。"期待している" と久蓮は言った。()()()自分を。なのに、自分は……久蓮に八つ当たりばかりしてしまった。悪いのは自分――自業自得なのに。

 複雑に絡んだ感情。けれど、冷え切っていた真平の手には、温かみが戻ってきた。


――――本当に、いつだって、久蓮さんは僕の――。


「さ、帰るぞ」


 それまで静かに成りゆきを見守っていた範昭に声をかけられ、真平は頷いて部室を辞した。


   *


 真平と範昭は、暫くお互いに無言のまま、原生林を歩いていた。さわりさわりと、風が林床の草を揺らす音が、静かに鼓膜を揺らしている。


「昨日は……すみませんでした」

「仕方ねぇだろ。そんだけ真剣だったんだろ、お前は」


 (いたずら)に騒ぎを起こしてしまったことを謝罪した。対する範昭はいつも通りの声色だ。このブレなさが、今はとても心強かった。


「久蓮さんに、迷惑をかけてしまいました……」

「迷惑だ、とかは考えなくていいだろ。あいつはそんな風には思わねーよ――知ってんだろ?」

「はい……」


 久蓮は、部員たち(僕ら)のことを、本当に大切に想ってくれている。それを、真平はよく知っている。それでも、真平は沈んだ気持ちを隠し切れない。そんな久蓮にまたも負担をかけてしまうことになったわけだから。


「ただ……落ち込んでたぞ、あいつ。"オレが焦らせた" ……ってな」

「そんな……僕が勝手に焦って自滅したのに。……久蓮さんは、止めてくれていたんです……! それを、僕は……」

「頑固だからな、あいつ。って、お前の方がよく知ってっかもな」


 溜息を吐くように息を吐き出しながら、範昭は久蓮の気持ちを伝えてきた。それは、あまりにも優しい苦悩だった。真平は悲しさに首を振った。こんなのは、申し訳なさすぎる。範昭は溜息を吐いて、真平を見つめて言った。


「なあ、なかなか整理はつかねぇかもしれないけどな、予選は俺らに任せろ。あいつ、本当の勝負は全日本戦だと思ってる」

「そう……ですね……」

「絶対に、お前の力が必要になる。久蓮が()()()なんて言うくらいだ。相当えげつないのが出てくるんだろ」


 範昭は、強い瞳でこちらを見据えていた。確かに、範昭の言う通りなのだ。無理をして八月の駅伝に出たところで、果たして久蓮の役に立つ走りが――自分の納得できる走りができるかはわからないのだ。


「お前の恩返しの舞台の準備、俺らにさせてくれよ、真平」


 そう言った範昭の姿は、本当に頼もしかった。

 本当は、真平とて解っているのだ。何が一番合理的か、ということなど。でも、それでも。久蓮が卒業し、その後を追うと決めたその日から――久蓮のくれたヒントを解いて、極北大で再会したその日から。ずっとずっと目指してきたそのレースを、割り切って諦めることが出来ないでいるだけなのだ。


 "時間はある" 、と昴は言った。"任せてくれ" 、と範昭は言った。"期待している" と、久蓮は言った。何を躊躇うことがあるのか。そう思っても――それでもまだ、真平は決心することが出来なかった。

 ずきり、と。そんな真平を咎めるように、右の足首が自己主張をしていた。

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