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夢の続き【番外編】  作者: 灰猫
【目映い軌跡】桃谷翔太
31/87

29.このままじゃ足りない(天恵7年7月下旬)

「じゃ、そろそろ始めよっか」


 昴のゴールから三十分後。メンストからグラウンドへと戻った面々を前に、久蓮はそう言ってストップウォッチを振った。


――――やってやる……!


 相変わらずの緩い合図と共に始まった千五百メートル。翔太はリベンジとばかりに飛び出した。スピードレースが得意な大介と二人並んで先頭を行く。けれども、皆もそう簡単には抜け出させてはくれない。

 昴と蒼が即座に追い付いてきたのを皮切りに、翔太たちのリードはなくなり、ひとつの集団となった。


「負けねえ」


 斜め後ろから、蒼のそんな呟きが聞こえてきた。隠しきれない高揚が滲んだその声色に、翔太のやる気も上がる。負けたくない――勝ちたい。そんな気持ちで、必死に腕を振った。けれど。たった、三周と四分の三。そのはずなのに、翔太は思うようにスピードを出すことが出来なかった。身体が重い。

 短い距離の練習なら、昴や蒼に勝てるようになってきていたのに、今日は全然離されてくれないのだ。それどころか反対に、蒼と昴のロングスパートに、全く付いていけない。


――――どうして? 悔しいよ!


 開く差、小さくなる背中に、重い自分の身体。翔太は苦しさと悔しさに顔を歪めながら、それでも大きく息を吸って身体を動かし続けた。

 やや後ろを走っている大介を引き離すべく、思いっきりスピードを上げる。それは、いつもと比べると情けないスパートだったけれど。すでにゴールした蒼と昴を視線の先にとらえながら、翔太も必死で走った。


「っ、は、はぁ! ……っ、」


 ゴールと共に芝生に倒れこんで、翔太は大きく呼吸した。身体のいたるところが、酸素を求めている。腕も脚も、鉛のように重くて、動かしたくない。


「続ける?」

「当然」


 近くでは、昴と久蓮が、ごくごく短い意思確認の会話をしている。正常ではない、荒い呼吸が響く。


――――昴さんは、こんなにしんどそうなのに。それでも、おれは負けたんだ……。


 前に、研究室で久蓮に見せてもらった、昴のレースを思い出す。これが、"王者" と呼ばれていた昴の凄みなのだろうか。

 蒼も昴も、やはりすごい人だ。そんな人たちと一緒のチームで彼らと久蓮を支え、翔太も皆の役に立つには――今のままではいけない。もっともっと――。

 駅伝まではあと少ししか時間がないけれど。絶対にレベルアップしてやる、と、翔太は誓った。


   *


 昴が千五百メートルを終えてから、もう三十分が経った。最後の五千メートルのスタートを前にして、まだ翔太はふらふらだった。前の二本のダメージが大きすぎる。けれど、それは皆も同じなようで、そんな皆に、久蓮は眉を下げて心配そうに声をかけてきた。


「ちょ、皆、大丈夫……?」

「大丈夫……! いけます!」

「そ? ……怪我だけはしないでね」


 もう、ここまできたら根性だ。こんなに疲れた状態で走ることなんてそうそうないのだから、これはきっと、すごく良い練習になる!! そんな風に自分を奮い立たせていると、そんな翔太を見て、久蓮は苦笑した。それでも、どこか嬉しそうな表情に、翔太の気持ちも上がる。

 スタートの合図と共に、蒼と昴は皆を置いて駆け抜けて行ってしまった。そして、真矢もしっかりと、速いペースを刻んで先を行っている。他の皆は酷く疲れているようだったけど、それでも翔太よりは軽い足取りで走っているように見えてしまう。


「冷静に……焦らない……!」


 翔太は小さく呟いて、自分のペースを守った。今、翔太がやることは、突っ込んで潰れることではない。自分が今出せる最高のタイムを出すことだから。


――――よく考えたら、こんなに身体の"声" を聞いたのは、初めてかもしれない。


 ぎりぎりのペースを考えながら、翔太はふとそんなことを思った。

 今までは、心の赴くままに走ってきた――きっと、それもひとつ大切なことだけれど。今、こうして長い距離を走って思うのは、それだけじゃダメだということ。考えなければ――潰れるだけでは、意味がない。だから――。


「え、――わ!?」


 ふと、風が真横を駆け抜けていった。蒼だった。蒼は、苦しそうに呼吸を荒げて口を開け、けれども心の底から楽しそうに笑顔を浮かべていた。そのスピードは、衰えるということを知らないように軽快だ。


――――すごい……!


 あっという間に小さくなった背を見送って、翔太は瞳を輝かせた。蒼は、昴を振りきって、一人先頭に立っている。蒼は、前に進んでいる。来たときよりもずっと速くなった。


――――じゃあ、おれは?


 自問自答をしてみても、自信は持てなかった。それでも、昴、大介にも追い越されて、それでも翔太は気落ちしなかった。落ち込んでも、仕方がないから。皆とは、"年季" が違うんだって。皆努力している。そう簡単に、追い付けたら苦労なんてないだろう。

 翔太は必死にスパートをかけ、ゴールラインを割った。


   *


 ぺたりとその場にへたりこんで、荒い呼吸を繰り返す。もう立てない。立ちたくなかった。


「お疲れ」


 スポーツドリンクと共に、そんな声をかけられた。久蓮の声に、どっと安心感と疲労が押し寄せてきて、ついでに弱気が顔を出した。


「久蓮さん……おれ、」

「大丈夫。ちゃんと強くなってるよ、モモ」


 そんな翔太の頭をさらりと撫でて、久蓮は柔らかく微笑んだ。そうか、ちゃんと、強くなれているのか。


「皆、ホント良く頑張ったね」


 ある程度落ち着いてきた皆を見て、久蓮は労いと共に解散を告げるた。怪我だけはないようにと、各々にケアの徹底を指示して。

 そう。ここで怪我をするなんて、もってのほか。怪我なんてしている場合ではないのだ。まだまだ足りない。しっかりと練習して、記録を伸ばさなければ。

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