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夢の続き【番外編】  作者: 灰猫
【目映い軌跡】桃谷翔太
30/87

28.まだ、壁は高い(天恵7年7月下旬)

 あの勝負から一週間が経った、今日は日曜日。来週からは八月が控え――強い陽射しに、匂い立つ夏が揺れる。

 グラウンドに立った翔太は、大きく息を吸い込んだ。少し離れたところから、蒼と昴の笑い声が聞こえてくる。何があったのかは分からないけれど、蒼はあれから、どこか吹っ切れたように思い詰めるのをやめたようだった。そうして今も、明るい表情だ。


「こらこら、なに騒いでんの。集合するよー」


 そんな彼らに苦笑した久蓮の声に、慌てて駆けつける蒼。そんな姿を見て、翔太も自然と笑みを浮かべた。練習が、始まる――。


   *


 今日は、八月下旬に行われる駅伝――"北海道大学駅伝" の選手を決めるための練習だ。けれど、今回極北大は人数がギリギリなので、()()()()()()()()が決まる、そういう選考レースなのだそうだ。

 気合い十分な蒼を嬉しく思いながら、翔太もやる気を募らせた。


 久蓮から改めて説明されたメニューは、次の通りだ。

 一周二.七五キロのメンストを四周(十一キロ)、そのあとグラウンドに戻って千五百メートル、五千メートル。休憩(rest)はそれぞれトップのゴールから三十分ずつ。今までやってきたT.T.と比べると、かなり長い。


「っていっても、最後の五千メートルは長距離区間のためのメニューだから。希望者だけ、ね」


 その量に翔太が目を見開いていると、久蓮が苦笑した。そんなこと言われても。翔太はめらめらと瞳に炎を揺らした。


――――そこに"メニュー" があるから、チャレンジしないわけにはいかんでしょう! ……なーんて。


 五千メートルを走るかと問われて、翔太はなんの迷いもなく手を上げた。だって、練習のチャンスだ。逃していいはずがない。そして、そう思っていたのは、翔太ばかりではないようで。結局全員が手を上げて立候補をした。


「は、」

「皆、やる気十分みたいですね」

「さ、練習すんぞ」


 この状況は予想外だったのだろう。目を丸くして声を漏らすその顔は、とても珍しく思えた。したり顔を見合わせて、蒼と真平が久蓮に笑っている。一矢報いた……といったところだろうか?

 そう言って、唖然としている久蓮の肩を叩く範昭と昴が浮かべる笑みも、どこか満足気だった。なんだかよく分からないけれど、この雰囲気はすごく好きだ。翔太も、笑顔を浮かべてアップへと駆け出した。


   *


「じゃ、よーい、始め!」


 朗らかな久蓮の声が響いて、皆一斉にスタートを切った。走る背中に、十一キロだぞー、という苦笑混じりの久蓮の声が追いかけてくる。

 十一キロ、そんな長いT.T.は今までやったことがないけれど……これは速すぎるのだろうか? 前を走る皆に続きながら、翔太は首を傾げた。それでも、皆に置いていかれるのは嫌だった。

 蒼と昴は、あっという間に先へと行ってしまった。あんなにスピードが出ているとは思えないくらいに、軽い足取りで前へ前へと駆けていく。


「ほんと、かっこいいよね……」


 思わずぽつりと呟いて、自分の走りに集中することにした。


「あ、……れ?」


 翔太が焦りを零したのは、六キロを過ぎた辺りのこと。突然、脚が重くなって、皆のペースに付いていけなくなったのだ。


――――やばい、嫌だよ……離されちゃう!!


 なんとか追い付こうと必死に身体を動かしたけれど、どうにもならない。むしろ、頑張ろうとしただけ身体が重く、苦しくなっていく。


――――"焦ったらアカンで、桃谷クン" 。


 焦りに囚われそうになった翔太の脳裏に、そんな言葉が過った。それは、この間の記録会――一万メートルの最中に、極教大の宮田悠がかけてくれた言葉だった。


――――"キミはスピードがあるから、こういうロングのレースペースは随分楽に感じるやろ? せやけど、騙されたらアカンで。それが本当に、その距離を走りきれるペースなのか、ちゃーんと見極めな" 。


――――え、でも……どうやって?


――――"そりゃ、桃谷クン。練習あるのみやで! ペース走やLTなんかで、感覚を磨くんや" 。


「――って、言われてたのに~!」


 あのときのアドバイスを思い出して、翔太は心の中で頭を抱えた。逸る心そのままに、突っ込んでしまった結果が、今のこの身体の重さということだ。

 こうなったとき、どうすればいいか。それは、久蓮からも悠からもアドバイスをもらっていた。


――――フォームだけは、崩さないで、


 慎重に思い出しながら、翔太は走りを意識した。


――――力みすぎると、もっと疲れる……!


 苦しかった。けれど、少しでも離されずにゴールしたい。そんな一心で、ただ前へと走る。そうしてなんとか辿り着いたゴール。


「お疲れ、モモ。良い立て直しだったよ」


 ゴールそのままにへたりこんだ翔太に、久蓮はそんな声をかけて頭を撫でてくれた。立て直しができたとすれば、それは悠と久蓮の言葉のおかげだ。

 けれど、最下位。その事実は変わらない。顔を曇らせた翔太に、久蓮はくすりと笑って言った。


「あれだけ考えられれば及第点だよ。よく粘った。さ、あと二十分少ししっかり休んで。次はモモの見せ場だろ?」


 そうだった。次は千五百メートル。このままでは終れない――終りたくない!

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