26.おれたちは"チーム"(天恵7年7月中旬)
意識のない蒼をサークル棟に運んで、冷えきった身体をタオルで包む。十キロ近く走っていたとは思えない冷たかった。
「大丈夫です、翔太くん。原因は酸欠ですから、すぐに気が付きますよ」
「でも……あしは……?」
「酷く攣ったのだと思います。久蓮さんは、相当負荷の高い引っ張りをしていましたから」
すごく不安そうな顔をしていたのだろうか。手際よく手を動かしながら、昴がそんな声をかけてくれた。大丈夫――その言葉に、翔太は息を吐いた。
乾いた服に着替えさせストレッチマットを敷いて蒼を寝かせた。そうして見れば確かに、蒼はもうただ寝ているだけのように見えた。
「ノリ先輩! 久蓮さん! ……久蓮さん?」
ちょうどそのとき、範昭と久蓮が館内に入ってきた。相変わらずの豪雨だ。そんななか、傘もささずに歩いてきたらしい二人とも、とっくに濡れ鼠だった。
「真平……」
「冷え切ってるじゃないですか!! 早く乾かしましょう」
「……ん」
疲れたように呼びかけに答えている久蓮の様子に、真平が慌ててタオルを被せた。けれど、久蓮の反応は酷く鈍い。
――――待ってよ、久蓮さん、なんでそんなに酷い顔色なの……!?
翔太は目を見開いた。
昴と真平にされるがままになっている久蓮、タオルの隙間から覗くその顔色は、気を失っていた蒼よりもよっぽど悪かった――まるで紙のように青白いのだ。
「おう。蒼は大丈夫か?」
「ええ、部室に寝かせていますよ」
「分かった。戻るだろ? 代わってくれ、俺が蒼を見とく」
「ええ、分かりました」
頭の上を、テンポよい昴と範昭の会話が滑っていく。その間も、翔太の視線は、明らかに様子がおかしい久蓮に釘付けだった。顔色は悪い、反応も動きも鈍い。そんな久蓮の瞳を覗き込むと、昴はそのまま彼を抱き抱えて更衣室へと消えていった。
もう、疑う余地はなかった。今、本当に問題があるのは――何か助けが必要なのは、久蓮なのだ。
やがてすっかり乾いた服に身を包んだ久蓮が、昴と共に戻ってきた。ゆっくりと自分の足で歩いている久蓮――それでもどこか様子がおかしい彼に、翔太はどうしていいか判らなかった。久蓮を送りつつ帰るという昴をただ呆然と見送ることしかできない。
「……やっぱり、おれの出番はないよ。……唯ちゃん先輩……」
あの合宿の日に、月明かりの中、淋しげに微笑む唯の顔が頭に浮かんだ。篠崎くんをお願いね、と告げた彼女は、一体翔太に何を望んでいたのだろうか。
「こーら、翔太! いつまでも濡れたままで居ないで、僕たちも着替えるよ!」
「え、は、はい!」
「そうだぞ。俺達が風邪引いたら、馬鹿みたいだろう?」
先輩達の言葉に、翔太は暗い思考を散らした。ぱしぱしと肩を叩かれ、明るく声をかけられると、自然と気持ちも切り替わった。――そう。くよくよしてばかりいても仕方がないのだから。
翔太は勢いよく鞄へと駆け出した。
*
状況が動いたのは、それからしばらくしてのことだった。
「おーい、気がついたぞー」
範昭が部室から、こちらに手を振り声をかけた。蒼が気が付いた。その言葉に、エントランスで待機していた皆は慌てて立ち上がって、我先にと部室になだれ込んだ。勿論、翔太も。
ストレッチマットの上で身を起こしていた蒼は、倒れたときにぶつけたのか頬の辺りが赤くなっている他は、もうすっかりいつも通りの蒼だった。
「大丈夫? 蒼!」
「痛いところないか?」
「あー……ほっぺた?」
「お前、よくやったな」
「頑張ったよね」
部室に入るやいなや、先輩たちは蒼を取り囲んでもみくちゃにしていた。目を白黒させた蒼がなんだか面白い。
「蒼! お前すごいな! 久蓮さんに反抗するなんて」
「それなら、範昭さんだって、いつもしてますよね」
「いやいや、歯向かえたことなんてねぇよ。奴の中で、結論は最初から決まってんだから」
感心したような裕也の言葉に、蒼が言葉を返している。引き合いに出された範昭は、ぱっと苦笑して、蒼の言葉を否定した。
「どういうことです?」
「俺の意見が通った様で、その実、あいつのシナリオ通りなんだよ」
「??」
「……」
先輩たちが苦い顔の範昭の言葉に首を傾げている。そんな彼らとは反対に、ただ静かに範昭の言葉を聞いている蒼は、きっとその言葉の意味を解っているのだろう。
でも、翔太もなんとなく、範昭の言いたいことが解った気がした。例えば今回の対決だって、範昭が止めていた二十キロという距離は結局久蓮の主張のままに実現した。では、そのシナリオの先に、久蓮は一体何を見ているのだろうか――?
「――ま、なんにせよ」
「そうだよ! 水くさいぞ、蒼!」
ぱっと語調を変えた範昭に、真平が乗っかった。そうだった、どうせ考えても答えなんてすぐに答えなんて出ないのだから。いま、自分にできることをしよう。
「おれ達、もうチームじゃん?」
「協力するって! ちゃんと話してくれれば、さ」
「お前がそんなに帝北に勝ちたいってのも、言ってくれなきゃ、解んないからさ」
「久蓮じゃねぇからな」
「俺ら、頑張っちゃうよ」
翔太が声をかければ、皆で畳み掛けるように先輩たちが続く。その勢いに、蒼は目を見開いて固まっている。けれども、戸惑いの中にある蒼の瞳の中に、確かな喜びを見つけた翔太は嬉しくなった。
そう。なにも、蒼が独りで悩むことなんてないのだ。蒼の悩みなら、翔太も一緒に悩みたい。




