24.残された不安(天恵7年7月中旬)
解散後、独り立ち尽くす蒼の元に、翔太は、真矢や大介と共に歩みよった。
「お前、どうしちゃったんだよー蒼?」
「どうもこうもない、言葉の通りです。久蓮さんは甘すぎる」
「お前、大丈夫か?」
「そうだよ! ちょっと前まで、久蓮さん信者だった癖に。どうしちゃったんだよ」
真平や真矢の言葉に、蒼は淡々としている。質問を重ねる皆に、蒼は絞り出すように言葉を紡いだ。
「別に。……ただ、僕はどうしても、帝北に勝ちたいだけです。あのチームに、――心の底から」
蒼の決意は固い。言葉の端々から、強い覚悟が伝わってきて、皆は思わず息を呑んで押し黙った。その言葉を噛み締めるようにして、先輩たちはその場を後にした。翔太はただ静かに、そんな蒼を見つめる。
蒼の気持ちを、知りたかった。ライバルに勝ちたい――そう思うことは、スポーツをやっていれば当然のことだ。けれど蒼は、こんなにも……帝北大をライバル視していただろうか? 急にそんなことを考え出したのは、やっぱり久蓮さんに何か――。
「おれには、言えないこと?」
「……」
蒼の瞳を覗き込んで、翔太は静かに問いかけた。蒼は、一瞬視線を泳がせたけれど、ただただ、沈黙を守った。視線が、ぶつかり合う――。
――――ああ、これは、聞けないや。
「分かった。おれ、聞かない」
蒼の表情に浮かぶ決意の固さに、翔太は苦笑した。
「あお」
ぽつり。その名を呼ぶ。なんだ? 、と視線で問う蒼に、翔太はにぱっと爽やかに笑った。いいのだ。
「がんばって」
「翔太……」
応援の言葉を口にのせて蒼に届けると、蒼は大きく目を見開いた。大丈夫。蒼は、前に進んでいるのだから。
「覚えてて。おれは、あおの味方!」
「良いのか? 久蓮さんじゃなくて……」
「んー。きっと、大丈夫。それに、久蓮さんもそう思ってる」
「――っ」
翔太は力強く、自分は味方だと告げた。蒼は困惑していたけれど、翔太にとっては同じことだ。だって、久蓮は蒼の挑戦を、心の底から喜んでいるみたいだった。それに、――上を目指して挑戦する蒼は、かっこいい。
言いたいことを言って、翔太は部室へと駆け出した。きっと、蒼はこれでいい。だから、翔太はその背中を押すのだ。
*
そんな蒼の宣戦布告から四日がたった。蒼はといえば、今まで以上にがむしゃらに練習に取り組んでいた。見ているこちらまでドキドキするくらいに、鬼気迫る様子だった。
「お前、そろそろホントに怪我するぞ」
普段のメニュー以上に走り込みを続ける蒼を見かねたのだろう、裕也が心配そうな顔で眉を寄せ、そんな声をかけた。些細な、そして蒼を想ってのそれ。けれど、いつも以上にピリピリしていたらしい蒼は、き、と睨んでその言葉に噛み付いた。
「ほっといてください。僕は、どうしても勝たなくちゃいけないんです!」
「お前……何で、そこまで」
「むしろ、なんであなたは、そんなに冷静でいられるんです?裕也先輩!もっとがむしゃらになってくださいよ」
そこにあるのは、強い強い意志。けれど、その瞳には、どこか怒りと苛立ちも滲んでいた。その気持ちそのままに、蒼はがしりと裕也の肩を掴んで捲し立てた。
「蒼?!」
「落ち着けって!」
あまりの剣幕に慌てた真矢と真平が言葉で制止をかけた。喧嘩になってしまいそうな雰囲気の中、昴や範昭は、ただ静かに成り行きを見守っていた。
「別に、俺だって真剣だよ」
それらを制して、裕也が静かに告げた。
「何も考えずに突っ走ることだけが、成長の道じゃないだろ。ただがむしゃらに頑張れば、速くなる? ――そんなの俺は御免だね」
淡々と告げられる言葉は、冷静に静かに、けれどもぴしゃりと蒼を非難している。
「言っただろ? 皆がお前と同じだと思うなよ、蒼」
二人は視線を逸らさずに見つめ合う。じりじりと冷たい火花が散る主張のぶつかり合いに、翔太はおろおろとするばかりだった。
「やめろって、お前ら!」
最大まで高まった緊張感。その空気の悪さにか、真矢が鋭く止めに入るのと同時に、蒼の身体が動いた。裕也に手を出そうとしているのかとあわてて蒼を止めようとした翔太は、蒼に振り払われてった突き飛ばされてしまった。
「――っ」
「あ……」
「蒼!」
「お前、いい加減にしなよ!」
驚きに思わず声を上げて、翔太はしまった、と思った。今のワンシーンで、皆の燃やしていた火に油を注いでしまった。案の定、場は一気に荒れてしまった。まるで殴り合いにまで発展しそうな、険悪な雰囲気だ。
――――どうしよう。
翔太は思わず、状況を静かに見守っていた範昭と昴に助けを求める視線を送った。その視線に気付いた二人は、顔を見合わせて頷いてくれた。
ぱんっ! 次の瞬間、全ての空気を冷やす音が鳴り響いた。柔らかく微笑みながら、昴は口を開いた。
「ヒートアップしすぎですよ、皆さん。今日はここまで。――全員、頭を冷やしなさい」
いつもどおりの声色。だが、その言葉には有無を言わせぬ強さがあった。未だグラウンドに立ち尽くしている蒼をちらりと見遣りながら、翔太もサークル棟へと戻ることにした。
「ありがとうございました……」
「いえ」
「大丈夫……ですよね?」
「ええ」
隣を歩く昴に、お礼と共にぽつりと不安を零す。返ってきたのはとても短い返事だったけれど、翔太はなんだかほっとした。
この間の久蓮と昴の走りを見て、皆少しは思ったはずだ――この二人が居れば大丈夫だ、と。昴や範昭、久蓮は別にすると。多分、蒼だけが。蒼だけが、このチームの中で、"勝つこと" に本当に危機感を持っていたのだ。
――――おれたちのそんな思いが、蒼にあんな行動をさせてしまったのだ。
翔太は、反省しながら空を見上げた。雲が、厚くなっていく。きっと、明日は、雨だ。




