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夢の続き【番外編】  作者: 灰猫
【目映い軌跡】桃谷翔太
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19.消えない違和感(天恵7年6月下旬)

 降りしきる雨。その雨音を聞きながら、雨のせいだけではない気がするイヤな予感がした翔太は、恐る恐る窓の外を覗いた。

 自室の窓から望む景色は、いつもと何ら変わらない――はずだった。何もない。けれど、吸い込まれてどこかに連れていかれそうなほどの暗闇に、翔太は酷く不安を感じて身震いをした。


「大丈夫……だよね?」


 呟いた声は、自分でも情けないほど酷く掠れていた。


   *


 昨日までずっと振り続いていた雨が夢だったのかと思うくらい、カラリと晴れた空を見上げた。照りつける日差しはまぶしく、地面から夏の匂いが立ち始めている。そう――夏が来たのだ。

 昨日のイヤな予感は、外れていなかったかもしれない。翔太がそう感じたのは、蒼の顔を見たその瞬間だった。酷いくまを貼り付けて、いくらか赤く充血した瞳。何かあったと言っているような暗い表情に、翔太は、思わず眉を寄せた。


「あお! ……寝不足?」

「……ああ、うん。そんな感じ。大丈夫、しっかり走るよ」


――――そういうことじゃ、ないんだけどなぁ。


 翔太は、歯切れ悪い返事の蒼に眉を下げた。聞かないでくれ、とその雰囲気が言っている。


「久蓮の奴、今日も休みだとよ」

「――!」


 いつも通りの、練習始めの集合。久蓮不在の今日は、範昭が指揮を執って練習を進めるのだ、……が。ぽつりと零されたその言葉は、範昭自身腑に落ちない様子が伝わってきた。

 翔太としては、範昭の言葉にぴくりと反応を返した蒼の方が、よっぽど気になったのだけれど。だって、範昭が久蓮の名前を出した途端、そわそわとしだす蒼だ。いつもと違いすぎるだろう。


「あお……」


 アップの時間になっても、携帯をさわっている蒼に、翔太は胸の奧がざわざわとする思いがした。本当になにがあったのだろう?

 しばらくして、ため息と共に何事かを携帯に打ち込んで、今度こそアップをするために駆け出した蒼を見送って、翔太は自身の心臓の辺りをぎゅっと握り締めた。


   *


 迎えた日曜日。ずっとどこかそわそわとして気も漫ろだった蒼が再びアクションを起こしたのは、メニューを終えて翔太がダウンをしているときのことだった。

 不自然なくらいに早くダウンを切り上げた蒼が、携帯を開いて、次の瞬間大急ぎで帰り支度を始めたのだ。いつもなら、翔太が見習うくらいしっかりと補強やストレッチをやってから帰っている蒼が、今日はもう帰り道を走っている。


「あお……?」


 酷い違和感が翔太を襲う。首を振って振り切ろうとしても、それは消えてくれなかった。声をかけようにも、最近の蒼の雰囲気は声をかけづらすぎた。


「あいつ……彼女でもできたのか?」

「そんな顔には見えませんでしたけどねぇ」


 範昭と裕也が翔太の隣にきてそんな言葉を掛け合った。確かに彼女ではなさそうだけれど。あの蒼の様子がヘンだと思っているのは、翔太だけではないようだった。


   *


 夏の気配を運んできた日差しがグラウンドを明るく照らしている。カラリと乾いた橢円を今日も砂埃を舞い上げながら、皆が駆けている。

 こうして七月に入っても、蒼の様子はおかしいまま。浮かべる表情もどんどん険しくなっていく。そしてもう一人――久蓮もまた、同じだけ部活に姿を現していないのだ。この蒼の状態も、久蓮なら何かわかるかと思っていたのだけれど、これでは聞くこともできない。


「最近、主将見ないねー」

「――――!」

「あー、あのアホなら風邪引いてたってよ」

「ええっ」


 部活始めの集合が終わり、皆アップへと散って行くところ。真矢がぽつりと落とした呟きに、蒼がぴくりと反応した。翔太は、何か迷いに瞳を揺らしている蒼を、静かに見つめた。


「忙しくて無理して風邪引いて、そんで休んだからまたせっつかれてんだと」

「……!」

「ぶ……ブラック……」


 確かに、久蓮は理由もなくこんな部活を休む人ではない。だから、理由があるのだ。それは、範昭の言う通り忙しいのか、それとも――。範昭から伝えられた久蓮不在の理由に、言葉を失くしている面々を見ながら、翔太は妙な胸騒ぎに襲われた。


「練習は、手が空いたタイミングでやるとさ」

「無理だけはしないで……!」

「俺が知るか! ……一応、無理すんなとは伝えたが」


 皆がわいわいと久蓮への心配を呟くなか、蒼は一人ぼんやりとしている。何を考えているのだろうか。虚空を見つめて厳しい表情を浮かべるその姿がなんだかとても不安で、翔太は思わず声をかけていた。


「……あお!」


 反応は、なかった。翔太の声は、蒼に届いていない。

 翔太が眉を寄せている間に、蒼が小さく身震いして腕をさすった。何を……思い出したのだろう? そうして、もっともっと厳しい顔をする蒼を、翔太はもうこれ以上見ていられなかった。


「あお!!」

「――っ、」


 びくりと肩を揺らして、蒼がようやくこちらに意識を向けてくれた。


「あお! 何度も呼んだのに……。ぼーっとして、何かあったの?」

「いや……」

「アップしないと。始まっちゃうよ!」

「ああ……」


 かけた言葉に、蒼の反応は悪い。未だに心ここに在らず……そんな雰囲気で、蒼はアップへと向かっていった。その足取りは、別に調子が悪そうには見えない。けれど――。

 あの様子……絶対に何かあるのだ。走っている姿を見る限り、蒼の身体には変わりがないようだった。じゃあ、この違和感はなんなのか。もしかして。イヤな予感に、翔太は息を呑んだ。蒼のこの()()()()は、久蓮の欠席と何か関係しているのではないだろうか?


「なら……。もしかしてヤバいのは、――久蓮さん……?」

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