17."大きな春雷"(天恵7年6月中旬)
練習を終えた翔太たちを待っていたのは、おいしいご飯と、温かい温泉だった。あんなにがっつりと練習した後のバイキング。しんどい練習を乗り越えたからこその幸福感に、皆はただただ浸っていた。
*
「ただいまー!」
「――うおっ?!」
「こらこら、怪我すんなよ」
皆で泊まる大部屋に帰るやいなや、翔太は蒼の姿を見つけて飛びついた。そんな翔太に、久蓮が苦笑している。
「みんな、今日はお疲れ」
たまにはこういうのも良いだろう? 、と笑う久蓮に、翔太はぶんぶんと大きく頷いた。
「明日はもっと楽しいコースだぜ」
そして、続いた言葉にざわりと場の空気が揺れたのは、久蓮の笑みが悪いそれに変わったからだ。翔太としては、この笑みを浮かべた久蓮は、とても頼もしく見える。範昭あたりにはドン引きされそうな思考かもしれない。
でも、だって、他ならぬ久蓮の悪だくみだ。皆のためにならないはずがない。
「さて、ここから本題だけど、――はい、リリース」
ぴろん。そんな音が、皆の携帯から一斉にひびいて、一通のメールが届いた。送られてきたのは、久蓮が開発したアプリだという。練習の結果を記録・確認できるという、練習日誌のような機能なのだそうだ。このタイミングでリリースした理由を聞かれ、久蓮がふわりと微笑んだ。
「皆には、たくさん練習させてるし、しっかり強くなってほしいでしょ。いつも頑張っている、オレの大切な部員達に、いつもありがとう!ってやつな」
――――あれ、久蓮さん……?
「ちょっと待て」
その様子が、いつもと少し違うように感じて、翔太は首を傾げた。と同時に、範昭が口をはさんだ。
「久蓮」
「なあに」
「……」
いつも白い久蓮の頬はほんのりと紅く、いつもくるくると豊かな表情を浮かべているその顔は、表情がすとりと抜け落ちていた。
「だっ、れだ!? コイツに酒飲ませた奴!?」
「あ、僕ですね」
「なにかまずいんですか?」
「こいつ弱ぇんだよ。で、飲むとな、――」
「ノリちゃん」
範昭が青い顔をして叫ぶと、野々口が笑みながら手を挙げる。範昭の慌てように、事情を知らない蒼が疑問を投げる。翔太も、蒼と全く同じ疑問をうかべていたところだ。その答えを返していたところ、言葉に被せてきた久蓮に、範昭がびくりと身体を揺らした。
「ま、まて……」
「お前にはいつも感謝してんだよ? これでも。いつも無茶振りしてもきっちり応えてくれるし、皆のフォローもしてくれるし。助かってる。お前自身すごく速くなったし、もしお前が居なかったらオレ――」
「く、久蓮!! 真顔できめぇこと言うなっ」
――――わー。なんて珍しいノリ先輩……。
範昭が、恐ろしい程の速さで久蓮の口を抑えるのを見ながら、翔太はぼんやりとそんなことを考えた。動揺をめいっぱい体現している範昭のその顔が、珍しく真っ赤だったから。
久蓮は、その視界に入った順々に、皆に声をかけていく。その後に残るのは、照れて突っ伏した部員たちだ。
「モモ」
自分の名前が呼ばれ、翔太は素直に久蓮のほうを向いた。
「お前が、オレを見つけてくれてよかった。オレを追いかけてきてくれたあの時、二つの大きな春雷が吹き荒れたんだ。初心者のお前が、果敢に蒼や昴サンに挑んでいる――それは、間違いなく皆を勇気づけてる。お前はよくやってるよ。お前は、オレ等と同じ景色を見られる。――だから、来いよ」
――――!!!
さらりと。翔太の頭をなでながら、久蓮は真剣な瞳でそう言った。その言葉は、純粋にうれしかった。あの時も、今も。翔太の選択は間違っていないのだと、そう言ってもらえたのだから。
*
夜が更けるには、まだ早いこの時間。すうすうと穏やかな我らが主将の寝息をBGMに、一同は思い思いの時間を過ごしていた。
あのあとすぐにお酒の力でかあっさりと寝落ちした久蓮は、今は夢の中だ。行きの車内でも、ノートパソコン片手に共同研究先のひとと忙しそうに研究をしていたし、こんなふうに休める機会が出来て良かったと思う。そんな彼の様子をちらりとうかがう野々口教授は、もしかしたら、それこそが狙いで久蓮にお酒を飲ませたのかもしれない。
「うーん……」
久蓮の頭の良さを改めて思い知らされるような、一連の出来事を思い起こしながら、翔太は先程のアプリを触っていた。アプリには、入部してから今までの記録と分析、ついでに久蓮のコメントも残されている。いつも忙しそうなのに、どこにそんな時間があるのだろうか。
今日の欄には、"ナイスチャレンジ。よく粘ったね" 。……褒められすぎなような気がして、翔太はなんだかそわそわした気持ちになった。
「妥当な評価だと思いますよ」
「昴さん……」
「君は、頑張った。続けていけば、まだまだ記録は伸びます」
野々口と話していたはずの昴が、いつの間にかそばに来ていた。まったく気付かなかった。微笑んだ昴に、翔太は目を見開いた。そんな二人の間に、真平がひょっこりと顔を出す。
「怪我には気をつけて。今日はストレッチちゃんとした?」
ぶんぶんと頷けば、真平は一安心、とばかりに息を吐く。
「ホラ、脚だして!」
その勢いに圧されるままに従うと、真平はむにむにとマッサージをしてくれた。自分で出来るのもあるから、やり方覚えるんだよ。そう言って手を進める真平は、とても手慣れている。
――――そうだよね。ただ、練習を頑張るだけじゃ、ダメなんだ。
唯の周りでわいわいと盛り上がるメンバーの声をぼんやりと聞きながら、翔太は真平の動きを真剣に眺めていた。




