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夢の続き【番外編】  作者: 灰猫
【目映い軌跡】桃谷翔太
18/87

16.挑むは頂点(天恵7年6月中旬)

 それから、一週間。

 よく晴れた今日。極大陸上部のメンバーは、牧山市というところにある温泉宿に泊まり、一泊二日の"クロカン合宿" をすることになっている。"クロカン" とは、簡単にいえばアップダウンのあるコースを走ることだと、前に蒼が教えてくれた。


「良い天気になりましたねえ」


 一瞬、昴かと聞き違えるほどに穏やかで柔らかい言葉遣い。出発前の集合にて聞こえたその声は、聞き覚えのある――。


「教授! 唯ちゃん先輩さん!」


 久々のその姿に、翔太はぱあっと笑顔を咲かせた。振り向くとそこには、以前、久蓮の研究室でみた二人が立っていた。


「参加希望はいいとして、なにも前日に言わなくても……。二人捩じ込むの、大変だったんですケド。唯ちゃん先輩まで巻き込んで……」

「皆の邪魔でなければ、私は良いよ。こういうの、久々だし」


 久蓮が教授にぶつぶつと文句を言っている。そんな久蓮の様子に苦笑して、唯が言う。きらり、と。一瞬、唯の目が光ったように見えた。


――――あれ?


 翔太は心の中で首を傾げた。巻き込まれた、と。そう表現されるには、唯は何か目的を持ってこの合宿に参加しているように見えたのだ。そんなことを考えているうちに、久蓮はこちらを振り返って言った。


「蒼、モモ。この人はうちの部長、野々口教授だ」

「部長?」

「部活で一番エラい人だ」


 部長と主将とは違うのかな? なんて首を傾げた翔太に、蒼がすかさず説明を入れてくれた。宜しくお願いします、と野々口は、あの時と変わらずに柔らかく笑った。


「お前、何で知り合いなんだ?」

「前に、久蓮さんの研究室で会ったの」

「えっ。モモ、久蓮さんの研究室行ったの?! いいなあ!」

「お前、相変わらずだな……」


 不思議そうに問いかけてきた蒼に、翔太はそう答えた。それに、真平が反応する。すかさず突っ込みをいれた範昭だが、その言葉は柔らかい。

 そう。悔しさにただ震えていた先週を思えば、"相変わらず" の様子こそ、とても大切なものに思えて、翔太は嬉しくなった。


「ん? と、言うことは……貴女も――」

「うん、そう、野々口研D一の秋山唯です。篠崎くんからは何故か"唯ちゃん先輩" って呼ばれるかな」


 真矢が、唯のほうを向いて呟いた。二日間お邪魔しまーす、と明るく笑む唯。人懐っこい彼女に、自然皆の空気は和む。


「この間の試合、見たよ。如月くんは五千メートル、皆は一万メートルだったね?」

「え! 来てたんですか!」

「ベンチ寄ってくれても良かったんですよ!」

「こらこら、そろそろ出るぞー」


 きらきらと。瞳を輝かせて言う彼女に、皆が沸く。そんな皆に、溜め息混じりに苦笑して、久蓮が促す。遊んでると日が暮れちまう、と、皆をバンに詰め込んでいく。

 そうして、一行は目的地へと走り出した。


   *


「着いたー!」


 出発から二時間半。ようやく到着したのは、木々に囲まれた林道。大自然を肌で感じる。翔太は大きく伸びをして、固まった身体を伸ばした。


「少し休憩したら、練習な」


 皆に呼びかける久蓮の言葉に、翔太はぴくりと反応した。軽く息を吸い、口を開く。


「久蓮さん、おれ、Aで走りたいです」

「……勇んで早々に潰れればいい訳じゃない、ってのは、解ってるね?」

「はい!!」

「ん、いいよ。やってみな」


 パーカーを脱いでジャージへと着替えていたらしい久蓮は、こちらを見てぱちりと目を瞬かせた。少し考えてそう言った久蓮の瞳は、翔太の真意を見抜こうとするように、きらりと光った。それでも、その問いに元気よく返事をした翔太に、久蓮はふわりと笑んで許可を出した。

 翔太は嬉しくなった。この申し出。久蓮や真矢や皆の話を聞いて、考えた、これが――これこそが、翔太の出した答えだ。久蓮は、いつも翔太が速くなるために最適なメニューを考えてくれているけれど。それよりも、先へ行きたい、と。なんだかんだ、この考えも久蓮にはお見通しな気もするけれど。


――――やるぞ!


 そうして。気合十分で、翔太は練習の始まりを迎えた。


   *


「いきなり、どうしたんだよ?」

「だって、追いかけないと。あおたち、どんどん先へ行っちゃう」


 三キロコースを五本。Aチームの四人、昴、範昭、蒼――そして翔太がひとまとまりで走る、その最中に。蒼がそう問うてきたので、はっきりと、翔太はそう答えた。蒼たちは止まっていてはくれない。それでいい。――だから、翔太が行くのだ。ただ彼らを追いかけて、前へと進むために。

 ぱちり。目が、合った。瞬間、自然と笑みが零れた。


――――追い付く。


 視線で語った言葉に、蒼からの(いら)えは――。


――――"負けない"。


 翔太は強く地面を蹴った。


   *


――――でも、やっぱりキツいー……。


 迎えた三本目。一、二本目はしっかりと蒼と昴に喰らいついていけた翔太だったが、徐々に離されはじめた。当然だ。そんなに簡単についていけるようならば、そもそも悩んだりしなかっただろう。


「ここ一本、頑張りましょう」


 昴が後ろに下がって翔太の背を押してくれた。二人の力を借りて、翔太は何とかゴールした。


「ありがたいが……お前らの、為になる、練習、しろよ」


 短い繋ぎのジョグ。範昭が二人には蒼と昴にそう告げているのを、翔太は酸素の回らない頭で聞いていた。

 そして、四本目。スタートと同時に、ぐん、と飛び出す蒼と昴。これが、今の実力差、そのままだ。


「おい。こっからだぞ」

「っ、はい!」


 短い、範昭の激励。翔太は大きく息を吸って、思い切り腕を振った。


――――そうだ。ここで潰れたら、Aに行った意味がない……!


   *


「あー! つっかれたぁ!」

「お? 何だ、モモ、まだ元気そうだな? オレともう一本いっとくか?」

「?!」


――――さすがにムリ……!


 メニューが終わり、皆が再度集まったスタート地点にて。達成感一杯の翔太は、そんな声を上げた。そんな翔太に、久蓮がにやりと悪い笑みを浮かべてそう言ってきた。

 翔太はびくりと肩を揺らした。声こそ上げたものの、身体はもう動かない。昴や久蓮がメニューについて話し合っているらしいのを尻目に、コースの脇にぐったりと座り込んでいるのだから。


「てめ、鬼か!」

「ははっ、冗談だよ」

「やりそうなんだよ、てめえは」


 からからと笑う久蓮の声を聞きながら、翔太はこれからの自分に思いを馳せ、空を見上げた。

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