12.進み続けるということ(天恵7年5月下旬)
――――あそこまで行けば、あの景色を見られる……?
極大メンバーの大半の、今日の出番――一万メートルのレースが始まった今も、翔太の意識は先程のレースと言葉で埋め尽くされていた。
――――見られるのなら、行きたい。おれも、そこまで。
決意は出来た。二人の背を追うと。……ただ、どうすれば、この差は埋まるのだろう。そんなことを思い悩みながら走る翔太は、第二集団の最後尾辺りにつけていた。
「おにーさん、考え事とは、余裕やねぇ」
唐突に声をかけられた。聞き覚えのある声だ。翔太が驚いて声のした方を振り向くと、何やら見覚えのある人が、こちらを見ていた。
「? ……! キツネの人! ……じゃなくて、えーと」
――――確か、いつか久蓮さんと一緒にいた……。
「ちょ、おもろい返しやめーや。わろてまうやろ」
思わず特徴を叫んでしまってから、慌てて考える。わろてまうやろ、などど言いながら、目の前の男は既に笑っている。少しの間笑い続けた彼は、一息吐いて、努めて真面目な雰囲気に戻した。
「改めまして、極教の主将やっとります――」
「みゃーちゃん?!」
ぶはっ。
彼は、今度は完全に噴き出した。その様子に、ついつい、レース中なのに……などと考えてしまう。翔太自身はとても真剣に話しているのだが、こんなにも笑われてしまうとは……。
笑いの渦から脱した彼は、そんな翔太の内心を知ってか知らずか、朗らかに言う。
「あんさんおもろいな~! せやせや、みゃーちゃんこと、宮田悠や。よろしゅう、桃谷クン」
考えの読めない笑顔で自身の目を覗き込まれた桃谷は、久蓮さんみたいだなぁ、とぼんやりと思う。未だどこか上の空の翔太をみて、宮田は笑みを深めた。
「今日のレースのことやんな? 考えてるの」
「えっ」
唐突に問われた意味を、理解されていないと感じだのであろう、すぐに補足が付け加えられた。問の意味を理解した翔太は、目を見開いた。その通りだったからだ。
「分かるわ~その気持ち。……篠崎クンと対峙するモンなら一度は考えるやろからな」
「みゃーちゃんさんも、そう思うの?」
「わい?」
しみじみと告げられた言葉の端々に、実感が籠っているように感じられて。翔太は気付けばそう問うていた。翔太の問いに、一瞬きょとんとしたように間を取った宮田は、すぐに再び笑みを深めた。
「せやなぁ。考えてんで? ――今でもな」
「!」
今でも。それは、以前からずっと――ということか。
宮田も、文句無く"速い人"の部類だ。なんたって、こうして楽々と翔太に並び声をかけている。そもそも、主将までやってのける人だ。インカレでは五千メートル、一万メートル共に真平の次にゴールしていたのを、翔太は覚えていた。そんな人でも……? 範昭のいい、宮田といい――。
――――そっか、おれだけじゃないんだ。
「悩んでもええと思うで? ……けどな――歩みを止めたら、そこで終わりやで。……少なくとも、わいは、そう思うとるよ」
「!!」
――――久蓮さんみたいだなぁ。
薄く目を開いて、宮田は凄みのある笑みを浮かべた。その笑いは、まるで久蓮のようだ、と。もう一度、翔太はそう思った。主将職を務めると、皆似てくるのだろうか? ……と、いうよりも、恐らくは二人の性格が元来似ているのだろう。
そして、次いで浮かべられたのは、苦笑。けれど、その表情に、翔太ははっとして目を見開いた。
足を止めずに、進み続ける。それは、翔太がずっとやってきた事ではなかったか。どうして、こんなことで悩んでいたのだろう。自分らしくない、と翔太は反省した。
「と、いう訳でやな」
「?」
またしても唐突に、宮田の雰囲気が変わった。
「ちょお、ワイと遊んでーや、桃谷クン♡ ――勿体無いで? 折角のレースやろ。残り五千メートル、楽しもーや」
その表情は、雰囲気は、まるで自分達の主将のそれで。深く考えが及ぶよりも先に、翔太はペースアップしたその背を追っていた。
*
「大丈夫そうだね」
レースが終わり、情けなくも地べたにへたり込む翔太に、そんな声がかけられた。なんとか視線を上げると、そこには真矢が立っていた。悩んでるみたいだったけど、と。こちらを見つめる視線は、後輩を心配する先輩のそれだ。
更に顔を上げると、その後ろには、皆がいた。思い思いに身体を休めている彼らは、それでいてこちらへさりげなく意識を向けているようだった。
「路は見つかった?」
「全然、わかんないです」
「そう」
続けられた質問に、翔太は少し考えて、そして首を振った。真矢は、翔太の返事に、何を言うでもなく、呟いた。
「けど、決めました。おれ、頑張ります!!」
いつも通りの、バカな根性論。けれど、それでもいいと、翔太は思った。いまは遠く、ゴールが見えない程の、遠い目標。でも、走り続けていれば、きっと見えてくる。
「そう」
真矢はもう一度、先程と同じ言葉を呟いた。その声色には、喜びが乗っていた。
――――心配、かけちゃったなぁ。
「おーいお前ら、記録見に行こうぜ」
「はい!」
範昭の呼ぶ声が聞こえ、翔太は疲れた身体を立ち上がらせた。いつの間にか、先輩たちは歩き始めている。急いで荷物をまとめ、慌てて駆け出そうとする翔太を、少し離れたところで宮田が見送っていた。ひらひらと振られる手に、翔太はぺこりと頭を下げた。
――――もう大丈夫。おれも、そこまでいくよ! 絶対に!!




