10.支え方なんて、知らないけれど(天恵7年5月下旬)
――――ほんと、どうしちゃったのさ。
あのあと、あのアーケード下で、久蓮は一体、蒼に何を言ったのだろうか。
程良く晴れて尚、透明感の残る、そんな夕暮れ。翔太は首をかしげてたった一人の同期の姿を眺めた。気持ちの良い天気とは裏腹に、今日も今日とて蒼はイライラしているようだ。その様子は、周りを寄せ付けないほどに荒れている。事実先輩たちは、そんな蒼を少し遠巻きに、心配そうに眺めている。
――――でも、気付いてる? あお、いい調子になってきてるよ。
あのインカレの日から、怯えた蒼の瞳の色は、怒りや苛立ちにとって代えられた。おそらくは久蓮に向けられているそれが、強く、濃くなるたびに、蒼の調子は良くなっていった。
これは、久蓮が、何かしたに違いない。翔太は、自身の主将へと視線を向けた。心配そうな色を向けるメンバーたちとは対照的に、久蓮は静かに笑みを浮かべていた。久蓮は翔太の視線に気が付くと、その笑みを深めて、こくり、と頷いてみせた。
*
「あ……やばい!!!」
今日も楽しい練習が終わった。そんなことを考えていた翔太は、次の瞬間目を見開いた。そう、すっかり忘れていたのだ。翔太は急いで、蒼の元へと駆けた。
「あおー! レポート教えてー」
「あ? ……何のレポートだよ?」
本気で情けない声を上げて、翔太は蒼に泣きついた。睨み返されても、関係ない。支えるとか、そんなのは二の次。だって今、自分は、わりとピンチだ。溜め息混じりだって、興味をもってくれただけで儲けもの。
「ドイツ語!」
「他所へ行け! 僕はフランス語選択だぞ! 同じクラスの奴はどうした?!」
勢いよく否定されても、引き下がるわけにはいかない。だって、――。
「……はぁ。……で? いつまでなんだよ?」
「明日の朝イチ」
「はぁ? バカか!? ……バカだったわ…」
「ひどいー。あお助けてー」
提出期限は、明日なのだから。
きっと、久蓮に聞けば、丁寧に、けれど的確にこたえへと導いてくれるのだろう。けれど、それは違うと、なぜだか思った。――例え、蒼と共に暫く唸り続ける羽目になるのだとしても。
*
結局のところ、翔太の起こしたこの騒動は、三年生までの先輩たちをも巻き込んで、勉強会を開くまでにもなった。
そして、今。大学図書館の雑談可能スペースにて。勉強会を始めてから暫くたった今は、既に当初の目的だったレポート課題をやり終えている。せっかく皆で勉強するのだからと、他の教科についても出ている課題を行うことになった。先輩たちも、それぞれの課題に取り組みつつ、蒼と翔太に勉強を教えてくれていた。
――――つ、かれた……。
今日の練習も、かなり身体を追い込んだ、質の高い練習だ。いくら勉強に集中していても、身体に溜まる疲労は隠せない。だんだんと集中力が切れて、そんなことをぼんやりと考え始めたころ。
「やっぱ久蓮さんのご飯がいい~」
真平が突然、そういって伸びをした。真平もちょうど勉強に疲れてきたタイミングだったのか、それとも周囲の疲れを察したのか。ちょうどいいタイミングだった。思い出したのは、みんなで食べに行った、今日の定食屋のごはんだろうか。翔太は皆の同意を聞きながら、自分もその意見には賛成だ、などと考える。
久蓮のごはんはおいしい。ほんとうは、ミーティングがなくたって食べたいくらいだ。そんな久蓮の負担になるお願いはできないけれど。
「そろそろお開きにしますか」
真矢が、開いていた医学書をぱたりと閉じて口を開いた。その言葉に、待ってましたと言わんばかりに、いそいそと片付けを始める面々だ。
――――やっぱみんな、つかれてたんだな……。
巻き込んで申し訳なかった、と、翔太は少しうつむいた。
*
片付けを終え、図書館の外をゆっくりと歩く、帰り道。思い出したように、真矢が零した。
「てゆか、久蓮さんが居れば一発だったんだけどなー」
「頭良いっていう次元じゃないですよね」
「だからじゃん?俺等に交流して欲しかったんでしょ」
「まあ、久蓮さん、研究室めっちゃ忙しいらしいし……」
話題に上るのは、ここにいない主将のこと。翔太たちが部室を出る前は、なにやら範昭と話し込んでいたけれど。忙しい、の言葉に、この間研究室に行った時の彼の姿を思い浮かべた。パソコンに向かう彼は、確かに忙しそうだった。あれが、久蓮の日常なのだろうか――?
「でも今日、めっちゃ助かりましたよ!!」
先輩方と勉強できてよかった、と、翔太は心の底から告げた。
「僕も……かなり捗りました。ご飯も奢ってもらって……すみません」
「そういう時は、"ありがとう"でいいよ」
「こちらこそ! またやろうな」
そう言って笑う彼等は、暖かい。そんな輪の中で、戸惑いながらに微笑む蒼。そんな姿をみて、翔太はなんだか嬉しくなった。
"支えてやって"、と。久蓮は翔太に、そう頼んだ。正直、翔太には難しいことは解らないし、蒼が何に悩んでいるのかなんでわからない。けれど。これで――こんなことでいいのなら。この輪の中に呼ぶだけで、いいのなら――。
翔太は笑みを浮かべた。
――――何度だって呼ぶよ。おれたちは、仲間なんだから。




