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傲慢な戦士AA  作者: ヘイ
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第9話

「あの……」

 無言で食べ物を口に運ぶベルと、彼女の正面に座るアリエル。彼女たちの関係は先程まで良いものではなかった。

 いや、今も側から見てみれば仲がいいとは言い難いものである。

「何?」

「お、美味しそうですね!」

「……そうかい」

 特に話す内容もなくアリエルはベルの食べている物を褒めるが、彼女は素っ気なく返す。

「あれ? ベルさんがマトモな昼食べてるなんて珍しいですね」

「ああ、居たのかい」

 オリバーがひょっこりと姿を現したのを見てベルは興味なさげに言った。

「いや、ずっと居ましたけど!? え、もしかして俺、存在感ない……?」

 オリバーは一人、自分の震える両掌を見つめていた。

 言葉には出さなかったがアリエルも彼の存在を認識できていなかった。先程まで筋肉の塊に座られ、床に伸びていた彼はずっとここにいたはずなのだ。

「あの、ベルさん」

「……何?」

「ベルさんていつも昼は何食べてるんですか?」

「アンタに関係あるかい?」

「私はベルさんとも仲良くしたいですし」

 まるで子供のように純粋な目を向けてくるものだと、ベルは溜息を吐いた。

 さて、どう答えたものかとベルは思考する。

 少しばかり、目の前の少女に正直に答える事にベルは躊躇いを覚えたが、教えたからと言ってきっと害にはならないとも考えることができた。

 彼女に敵意はない。

 このことは認識できていた。

「ベルさんはレーションばっかりだよ。レーションしか食わないの。もう、見てるこっちが不安になっちゃってね」

「…………」

 ベルは無言で屈み姿勢のオリバーに拳骨を振り下ろした。

「アタシが答えようとしてただろ!」

「いっだ~……!」

 殴られた頭を抱えてオリバーはうずくまる。ゴチンと言う音がした為、彼女の拳骨の威力も何となく想像がつくと言うもの。

 かなりの痛みがあるだろう。

「あれ? ベル? 珍しいねー、普通のご飯を食べてるのって」

 オリバーとベルのやり取りを見ているとまた人が増えた。

 ベルと同室の二人がやってきて、片方のシャーロットは光景の珍しさに思わず言葉を口にした。

「どうしようがアタシの勝手だろ」

「やっぱり珍しいですよね?」

「あ、オリバーくん居たの?」

「いや、酷いっすよ!?」

 先ほどから中々認識されていないオリバーはシクシクと大袈裟になく真似をして、シャーロットの隣に立っていたミアに慰められていた。

「……その様子見てると、二人とも見た目全然違いますけど、兄弟みたいですね」

 アリエルは二人の様子を見て笑いながら思ったことを語る。

「あはは、そうかな?」

「はい、ミアさんがお姉さんみたいで」

「お、俺は弟?」

「……そうなりますね」

 オリバーはがっくりと肩を落とすと、また頭をミアに優しく撫でられる。

「騒がしい」

 こんな光景に囲まれて昼を食べていたベルが長く息を吐いた。隣を見れば誰かがいて楽しそうに笑っていて、目の前には自分を見てくれる誰かがいる。

「騒がしいのは嫌いですか?」

「……あまり慣れてないからね」

 僅かに口角が上がったように見えて、彼女を取り囲んでいたアリエルらは一瞬だけ鎮まり、ベルが「どうかしたか」と言うような視線を向けるとくすくすと笑って、彼女達はまた騒ぎ出す。






 電車に揺られること、どれほどか。

 下車し、駅から少しばかり歩くと目的の場所へと辿り着いた。

 薄緑の髪を揺らす女性。

 スーツケースを右手に、高鳴る鼓動、頰を紅潮させて進む。

 カツカツと目的地に向かって。

 

 ーーへへっ……。もう少しで逢えるね、アリエルちゃん!

 

 邪な思いに(まみ)れていた。

 脳裏に浮かぶのは金髪の髪の美しい少女。純粋で潔白。清廉な少女。

「ふひっ、ふふっ……」

 彼女の口からは不気味な笑いが漏れ出る。

 色白のもっちりとした肌とシミ一つない身体。思い出すだけでも茹ってしまいそうになるほどに焦がれる。

 手を握りたい。指を絡めたい。彼女の肌の体温を感じたい。

 止まらない愛に何度、自らの寝床を濡らしたことか。

 再び恋焦がれる彼女に会うことができると言うのは彼女、カタリナにとって高名な牧師、あるいは著名人に会うこと以上の喜びで満ちている。

 

 ーー今日はどんな格好してるんだろう。いや、アリエルちゃんならどんな格好してても似合うよ、ぐへへ。

 

 口説き文句の様な言葉のはずだと言うのに、下卑た感情が見え隠れする。

「おい、アンタ」

「ふぇ?」

 私ですか、と言いたげに首を傾げて声のかけられた方向に目を移す。そこに立っていたのは中々の美貌を持つ黒人の女性である。

 

 ーーいやいや、アリエルちゃんの方が美人なんですけどね!

 

 と、対面する彼女に下した評価を心の中で首を勢いよく横に振り自らの天使、いや女神を引き合いに出す。

「アンタ、ここに何の様だい?」

「え、と。その……」

 突然の質問に言葉に迷う。

 

 ーーアリエルちゃんは最高に可愛い……じゃなくて、えーと。

 

「オスカー副団長に会いに来たってのかい?」

 オスカー。

 彼女の頭に一瞬で一つの答えが叩き出された。

 

 ーー男にゃ興味ないって。

 

 あんなガチガチの筋肉のどこに愛らしさを感じれば良いのかと甚だ疑問である。

「アンタ、それなら」

「それなら?」

「帰りな!」

 地面を蹴って黒人の彼女、ベルが接近する。攻撃態勢には既に入っているようでカタリナは静かに目を閉じた。

 

 ーーインドア派、舐めるな。

 

 ベルの身体能力は日々弛まぬ努力を積み重ねたおかげか、そこらの軍人以上の物である。

「ストーップですっ!」

 目を閉じた瞬間に自分の目の前から聞き覚えのある少女の声が聞こえた。

「……あ? アリエル、何だい?」

「彼女は、私のお客様です!」

 密かにカタリナが目を開くと金髪の少女の後ろ姿。

「…………悪かったね」

 罰が悪そうな顔をしてベルは背中を向けて立ち去った。

「あ……」

「お久しぶりです」

「あぅ」

「カタリナさん」

「アリエルちゃああんっ」

 勢いよくカタリナはアリエルの胸に飛び込んだ。頬を擦り寄せ両腕はアリエルの背中に回す。

 

 ーーて、天国! ここは正に天国!

 

 幸せの過剰摂取によりカタリナの頭は花畑へとなった。一面に咲くのは薔薇の花。

「ふごごっ、ふーっ、ふーっ」

「ちょ、鼻息荒いですよ」

「ふひっ……、ごめんね」

 パッと顔を離して、改めてカタリナは自らの緑の瞳に少女の姿を焼き付ける。

 白色のシャツとジーンズ。

 質素な服装だと言うのに美しい。いや、質素だからこそ彼女の美しさは際立つのだ。

 カタリナの目尻に涙が浮かぶ。

「えっ!? どうしたんですか!」

「ご、ごめんなさい。ちょっと……」

 

 ーー尊すぎる。私の好きな人が可愛すぎる。

 

 鼻頭を右手で覆い、カタリナは俯いた。

 愛らしさ爆発、と言うべきか。心の中に充満した幸せが全てを包み込み、言葉を奪い去ってしまったのだ。







 

「大丈夫、アリエルちゃん?」

 カタリナの目の前には『牙』を装着してまるで、服を買ってもらった子供のように眺めるアリエルが立っている。

「はい、ピッタリです。ちょっと肌に吸い付くような感じが……慣れれば問題ないと思います」

 とは言え、その姿は『牙』という黒色のスーツに隠れてしまって彼女の柔らかそうな肌など見えもしない。

「あ、えーと……」

 顔が隠れてしまっているからか今しがた現れたシャーロットには『牙』を着ているのが誰なのか、直ぐには分からなかった。

「シャーロットさん?」

「アリエルさんかー。『牙』が届いたの?」

「はい!」

 近づいてみて頭から爪先へとシャーロットは視線を動かす。

「やっぱりこのままだと誰なのかわからないねー」

「そうですか?」

「ほら、なんか可愛いのついたほうがいいよー」

「シャーロットさん、ヒーローはこう言うので良いんですよ」

「そうなの?」

「はい! 私はシンプルな方が好きですし」

 わりあい、少年的な趣味嗜好をしているアリエルは『牙』のスーツデザインには満足している。

 ゴテゴテとしたものより、シンプルに洗練されたものがアリエルの好みである。

「えーと、そちらは?」

 シャーロットはチラリとアリエルの近くに立っている女性に青色の双眸を向けた。

「私はエクス社の技術担当社員、カタリナ・ギブソンです」

 

 ーーはわっ、こ、この人も美人だ。いや、これは浮気じゃないんです。ていうか『牙』のメンバーのレベル高いぃ。

 

 内心は騒がしいものの、言葉には表さずに自己紹介をする。

「カタリナさん……」

「はい」

「よろしくねー」

 にこりとシャーロットが微笑みを浮かべるとカタリナの心臓がバクンと激しく鳴った。

 

 ーー待て待て、私の心に決めた人は一人。さっきもだけど、私はこんなに浮気性だったの?

 

 どこか、ゆったりとした雰囲気のある美人に揺さぶられそうになるが、アリエルを思い浮かべて煩悩を退散させる。

 煩悩を煩悩で退散させているのだが、彼女は混乱しているのだ。

「えと、アリエルちゃん。銃の確認もしたいんだけど」

「あ、はい!」

「ねー、私も見ていいかな?」

「構いませんが……」

 シャーロットの質問を受けてから、アリエルの方へと視線を向ければ、彼女は構わないと言うようにサムズアップを見せる。

「えっと、では案内をお願いしても」

「任せてー」

 新入りのアリエルでももう位置を覚えてはいるが、シャーロットが率先して行うようで口出しをすることはない。

「そうだ、アリエルさん」

「はい?」

「この後、一緒にお茶しない?」

「え、構いませんけど二人きりですか?」

「そうだねー。ベルさんは相変わらずだし。あ、でも前よりはマシになったんだけどね。ミアさんは家族に会いに行くみたいだったね。エマさんは見当たらなくて」

「分かりました」

 アリエルとのお茶会の話題を直ぐ近くにいたカタリナもしっかりと聞いていた。

 いや、聞き漏らすはずがない。

 

 ーーえ、なにそれ参加したい。

 

 可愛い同士のお茶会に挟まれるなど最高に決まっている。眺めているだけで満足だとも思える。

「あ、カタリナさんもどうですか? もしかして、この後にも用事があったりとか……」

「え、全然ないけど」

 スンとした表情で否定する。

 彼女の今日の仕事はアリエルの元に『牙』を届けることとスーツの確認。後日に社長へ報告すれば良いのだ。

 この後の用事というものは然程ない。

 アリエルの誘い以上に優先する事項などカタリナの中にはないのだ。

「えーと、じゃあカタリナさんも来るって事でいいかな?」

「お願いします!」

 

 ーーお父さん、お母さん。私、生まれてきてよかったよ。産んでくれて、ありがとう。

 

 カタリナはこの日、今までにないほどの感謝の念を自らの両親に抱いたのであった。

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