第6話
「マルコ団長、入ります」
声をかけてからオスカーは団長室へと足を踏み入れた。
「ハワードか……」
「団長、今年もそろそろですね」
「ああ、そうだな……」
「どうしますか?」
イルメア州にて開催されるパワードスーツの祭典。エクス社がパワードスーツの展示会や、スポンサーとなる大会を開催することで有名であり、数多くの人々がその期間中、イルメア州セアノの街に集まる。
そんな中で問題が起きることも少なくない。ならば『牙』が出動することも珍しくなく、彼らは厳重体勢での監視を行うことになる。
「二週間後か……。それまでならアガターのパワードスーツが間に合うな」
「で、配備の方は?」
スポーツ会場、そして展示会場は離れており、それぞれで分担しなければならない。しかし、どちらも広く『牙』のメンバーが総出になっても足りるかどうか。
「実力で考えるなら、私とハワード。君は別れるべきだろう」
だとするならばより人の集まる方を重視し、人員を割くべきか。
「ハワード、君にスタジアムは任せる」
「……はい。では、他の者は」
「アガター、エヴァンス、ムーア、ジョーンズ、ライト。この五人と君をスタジアムに配置する。スタジアムでの位置どりは君に任せる。それで良いか?」
「分かりました。それにしても、毎年大変ですね……」
オスカーは苦笑いを浮かべる。
「まあ、技術提供してもらってるからな。文句は言えんさ」
「それに、何よりも近年は治安も悪いですからね」
オスカーは電車内であったことを思い出しながら呟いた。
「ああ、そう言えば。お手柄だったらしいな」
「銃を持っただけの一般人です。遅れをとる方がどうかと」
「ははっ、相変わらず頼りになるな。我が副団長は……」
マルコは笑う。
「それで、今回の事件は『ファントム』絡みではなかったか?」
「今回は違いましたね」
マルコの質問にオスカーは首を振った。
近年、よく名前を聞くようになった組織。その存在はオカルトじみたものであり、都市伝説の様に電子の世界では語られている。
「ふむ、ファントムのリーダー、尻尾が掴めんな……」
何度か、自らをファントムのメンバーであると語る者に、ファントムという組織の目的を尋ねたところ、彼らは全く答えられなかった。
リーダーは誰か。
彼らはファントムを騙っていただけか。
それとも、実際にリーダーを知らなかったのか。目的とはいったい何なのか。
様々な情報と、憶測は至る所で飛び交っているが、それらの答えが正しいかどうかなどわかるわけもない。
「一先ずは、目の前のことからですよ」
「……それもそうだな」
マルコは溜息を吐きながらも納得を示し、椅子から立ち上がる。
「どうだ、ハワード。コーヒーはいるかね?」
微笑みを浮かべながらマルコが尋ねると、
「貰っておきましょうか」
と答えてオスカーは笑顔を返した。
ミアがテレビをつけて観ていると、そこにシャワーを浴びてきたのか、タオルを首からかけたシャーロットがやってくる。
茶髪はわずかに濡れ、肌も若干の火照りが見える。それはどこか艶っぽさを感じさせる。
上下、黒の下着姿の彼女は少しばかり目に毒だが、この場には女性しかいないためか恥じらいというものは殆ど存在しない。
「ああ、そう言えば、もう少しだっけー」
画面に映るのは茶髪の美青年。
インタビューを受けている様子で、笑顔を見せながらに答えている。
「エクスフェスティバル。また大変な時期になったねー」
「そうですね。今年はどうなるんでしょうかね」
「今年も変わらないと思うけど」
シャーロットが答えると、ミアも「そうですね」と言って小さく笑う。
「本当に何事もなきゃ良いんだけどね……」
心配そうな顔をしながら呟くと、ミアも同調するように頷く。問題はなければないに越した事はない。
「警備ロボットもあるから、問題はそんなにないと思うし」
警備ロボット。
それは不審な動きを見せた者を発見する為に配置された、AI搭載型のロボットであり、人が乗らずとも稼働可能である。
エクスフェスティバルに於いて導入されている警備の人手不足を解消する手段であった。
「もしかしたら、私たちの出番はないかも知れませんね……」
警備ロボットの巡回などにより犯罪の抑止にも繋がるだろうことが考えられ、『牙』はこれまでもエクスフェスティバルにおいて大した活躍を見せた事はない。
彼らの活躍する機会がないと言うのは喜ばしいことではあるのだが、彼女たちは必要ないのではないかと思ってしまっても仕方がない。
「それならそれで良いんだよー」
「ですよね」
ミアの正面にシャーロットは座り込みテレビの画面を見る。
「はー、それにしても懐かしい顔だね……」
シャーロットの小さな呟きはミアの耳に届く事はなかった。
『はい』
画面の向こうの茶髪の青年。
彼は若手で女性人気も高く、今回の注目度が高い。
『良い成績を出せるように頑張りたいですね。皆さん、応援お願いします!』
笑顔を浮かべた彼へのインタビューはそこで終了する。インタビューが終わったのを確認してから、シャーロットは衣服を着始めた。
「はあ、華やかで良いですね」
「そうだねぇ」
ミアはテレビの電源を落とし、立ち上がる。
「……訓練、行こっか」
「はい!」
二人は一緒に部屋を出て訓練室に向かう。
「そういえば、ベルはどうしたの?」
この部屋に姿の見えない仲間の所在が気になり、シャーロットが尋ねるが、ミアも分からないようだ。
「ベルさん、朝起きたらもういなかったんですよね」
既に訓練にでも向かっているのだろう、とミア達の考えは一致していた。
「よーし、クリストファー。勝負しようぜ!」
射撃訓練室にいたのは二人の男だ。どちらも筋肉質のがっちりした男で、その手には銃を握っていた。
「よし、乗った。どっちが的に多く当てれるか。ルールはそれでいいか?」
勝負しようと提案したアーノルドに、ルールを決めるクリストファー。
「よし、負けた方が今日の昼飯奢りな!」
「ああ」
射撃を始めようとしたところ、背後からオスカーが現れる。
「ほほう、その話は本当か?」
「ゔぇ? オスカー副団長?」
「オレも混ぜてくれるよな?」
驚いたようにクリストファーが振り返ると、とても素晴らしい笑顔を浮かべたオスカーが銃の確認をして立っていた。
「ーー球数は?」
確認すると、アーノルドが正直に答える。
「六発です!」
「そうか」
オスカーは右手に銃を持って構えてよく的を狙う。
六回の発砲音が響き、銃口からは煙が吐き出される。
人型の的の頭、胸、右肘、左肘、右太もも、左太ももを的確に撃ち抜く。
六つの穴が開く。
銃をしまってオスカーがニタリと笑いながら告げる。
「割り勘で良いぞ」
「あー、まだ分かりませんよ?」
とは言いながらも、クリストファーも実際のところ、オスカーに勝てるような気はしていなかった。
物は試しとクリストファーが思っているとアーノルドがすでに始めていたようで、結果としては六発中三発。
少なくとも四発を当てられればいい。
どうしてかクリストファーは緊張を覚えながらトリガーを弾く。
「外れたな」
オスカーが笑う。
これでオスカーに勝てなくなったのは確定だが、まだアーノルドに負けたわけではない。
二発目を打つ。
右の脇腹を抉り抜く。
「ふーっ……」
たかだか、昼飯代を賭けているだけだというのに何故、彼はここまで緊張しているのか。
「あれ、何してるんですか?」
背後から声をかけられて、トリガーにかけていた指が弾かれてしまった。弾丸の軌道は的から大きく逸れる。
「ん、アリエルとエマか……。昼飯を賭けて勝負してたんだ。どうだ、やるか?」
などとオスカーがふっかけるとエマは乗り気のようでアリエルもこのゲームに参加することにした。
「さっきのはノーカンにしてやる」
オスカーがクリストファーに言うと、クリストファーも責めるような気持ちも完全になくなった。元々、これがオリバーやフィリップであればとやかく言ったものだが、相手は女性だ。優しくせねばなるまいという紳士の心を自称天才のクリストファーは持っていた。
そして、なによりもエマの実力は分かっており、射撃の腕も高いため今回の賭けでは負けてしまうかもしれないが、アリエルの実力はわかっておらず、もしかしたら勝てるのではないかと言った思考がクリストファーの脳内をよぎっていた。
ただ、彼の思考はオスカーには手に取るように理解できた。
「ほら、早くしろー」
オスカーに急かされるものの、先ほどよりもクリストファーの心は落ち着いている。
落ち着いて的を狙って。
集中して放たれた弾丸。
五回の試行により、的に空いた穴の数、三つ。
「ほら、次はどっちからやる?」
オスカーが聞くとエマが先に、彼から差し出された銃を受け取り弾をリロードしてから的に銃口を向けると、引き金を引いた。
「おお、五発か」
エマは最初の一つを外したが、次からは完璧に捉えてみせた。
「最後はアリエルか……。これでアリエルが勝ったらお前ら、ちゃんと全員分昼飯奢るんだぞ?」
「は、ははっ……」
もはや乾いた笑いしか出ない。
そして、クリストファーの思考を切り裂くように弾丸が走る。
放たれた弾は的確に的を射抜き、穴を開けた。
一発目の命中。
続け様に二発、三発と躊躇うことなく撃つ。全ては見事に的に当たる。
クリストファーとしては予想外の結果だ。
「行くぞ! アーノルド!」
悔しげな顔をしたクリストファーはアーノルドを連れて昼飯を買いに基地の外に向かった。