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八月 時代の違う意中の人が現れた


一三日

 貴之はお盆の時期に里帰りをした。鬼のような会社でも、お盆休みが一三日から一五日の三日間用意されていたが、一六日からは土日であったため、実質五連休だ。なんとも救われた貴之である。室別市に帰省するのは社会人になって、昭一の結婚式以来二回目である。

 東京から新千歳空港までの約一時間三〇分間のフライトのため、よくよく考えれば、東京と北海道の距離は意外と近いものだと思う貴之。札幌から函館や釧路に特急列車で向かうのであれば、約四時間はかかる。もっとも、交通費ははるかに違うが。

 お盆期間中のためか、機内は満席であり、いたるところで家族連れを見かける。貴之の後ろでは泣き止まない赤ちゃんをあやす母親や、四列シートに一家族が連なっている組み合わせがいくつもあったことからも見てとれる。

 貴之は機内放送の最新ヒットチャートを聴きながら、飛行中に今年に入ってこれまでの有希子との日々を振り返っていた。

 ゲレンデで有希子と会ったこと。

 バレンタインのチョコレートをもらったこと。

 昭一の結婚式で再会したこと。

 会社でパワハラを受けていることをお互いカミングアウトしたこと。

 色々あったけど、とても今年あったこととは思えない位濃い内容だ。これまでの人生で言えば、三年分の出来事があったようなものだ。大学生から社会人になる年は、環境の変化に戸惑いがあることを覚悟していたが、想像以上のものがあった。

 今回の帰省は有希子と一緒だ。こんなことは、大学時代からは想像もできなかった。隣には、ヘッドホンをしたまま転寝している有希子がいる。六月に昭一の結婚式で帰郷した際には、隣のオッサンと三センチもない座席のひじ掛けスペースの争奪戦をしていたが、手をつないで仲良くひじ掛けを使っている有希子がいる。いまだに信じられない。

 フライト前に三〇分近く待たされる搭乗ゲート前で話していたのだが、有希子は飛行機が大の苦手であった。そのため、通常男性が通路側に座るのがマナーであるが、外の景色を見たくないという有希子のリクエストのため、貴之が窓側に座ることとなった。

 貴之が有希子が聴いている機内放送のチャンネルをこっそり確認すると、演歌のチャンネルが表示されており、思わず目を疑った。寝たまま間違って押したのか、それとも有希子の趣味なのか。

 試しに演歌のチャンネルを合わせてみると、吉幾三の『男の船唄』が流れていた。飛行機内のチャンネルでありながら、船をモチーフにしたナンバーに入れる航空会社は、太っ腹なのか、そんな細かいことなどは別に気にしていないのか。

 新千歳空港に到着したのち、二人は電車を使って室別に向かうことにした。南千歳駅から特急に乗るまでの待ち時間が約三〇分あったのち、ここからさらに約一時間の電車の旅である。

 室別市に到着した二人は、駅前のレンタカー屋で車を借りた。室別市にしては珍しく三〇度を超える真夏日であっため外を歩きたくなかったことと、キャリーケースが入るコインロッカーがなく、荷物の置き場所に困ったためだ。

 東京ほどではないが、室別市の夏もやはり熱いのだと、二人は共感した。車に乗り込むと、すぐさまクーラーで快適な温度に設定した。貴之の運転によるレンタカーで最初に向かったのは、母校の室別大学であった。レンタカーを職員専用駐車場に勝手に止めて、二人は久しぶりの室別大学の校内に入る。キャンパスは形式上の芝生があるが、相変わらず手入れは十分にされていない。昨年の台風で折れ曲がったポールもそのままだ。

「全然変わってないわね」

「そうだね。と言っても半年前まではこの大学の学生だったから、変わらないのは当たり前といえば当たり前かもね」

 いつもと違う点といえば、夏休み期間であるためか、いつもは騒がしい学生の笑い声が一切ない。思えば、学生時代にお盆期間中に大学にいることなどなかった。二人は、暗い悩みがなかった大学生活を懐かしく振り返っていた。

「そういえば、有希子は学生でメイドさんの格好をしていたね」

「あれは私の黒歴史よ。恥ずかしくて思い出したくもないわ!」

 有希子はやや目を吊り上げた。どうやら、サークル仲間が嫌がる有希子に、無理やりメイド服を着せたことが発端となったようだ。色目を使う男どもに、作り笑いをするのがこの上屈辱な有希子であった。そのため、学祭の話題が二人にとってはパンドラの箱となってしまい、初めて二人が話した時、貴之は馬の被り物をしていたという事実は永久に知らされることはなかった。

 大学は夏休み期間中であり、閑散としていたが、大学院の方は研究に忙殺されているはずだ。だが、大学院生の昭一は実家の函館市に帰省していた。すれ違いというやつだ。

 実は、昭一に新千歳空港から室別まで迎えに来てもらおうと思ったが、『申し訳ない、妻を連れて函館に帰省中だ』と返信が来た。さらに、大学での貴之の友人で室別市が地元なのは誰もいない。

 弘志はといえば、東京の生活がよほど楽しいのか、お盆休みであろうが東京で過ごしていた。そういえば、芸能事務所の事務員との合コンはどんな結果になったのだろうか。運が良ければ芸能人と接点ができると豪語していたが、恐らく空振りに終わったのであろう。弘志のことだから、芸能人と接点ができた地点で『東京で一旗揚げるための第一歩を踏み出した』と、連絡してくるに違いない。

 お盆といえば、先祖を供養する時期。すなわちお墓参りだ。貴之は有希子を連れて先祖のお墓が祭ってある霊園に向かった。『浅水家先祖代々之墓』と書かれた墓石の前で、貴之と有希子は手を合わせる。ちなみに有希子の祖先は札幌市に祭られている。

 霊園に向かう途中で購入した生仏花と線香を添え、形式上のお墓参りを済ませたのち、やがて貴之は、近くのお墓にも寄った。墓石には有希子の見慣れない名字が書かれていた。名字から察するに、弘志でも昭一の先祖でもなかった。そもそも、この二人も室別市の出身ではない。

「ねぇ、貴之。このお墓は誰の?」

「ここのお墓は、そうだな・・・昔の思い出に縛られている場所かな?」

 有希子は一体なんのことだろうか首をひねった。


———「こら貴之、また学校休んだのね」

「そんなこと言ったってぇ、風邪をひいちゃったものはしょうがないじゃないか」

「たかだか三七度の熱で何を言っているんだ! 本当に情けないんだから。明日はちゃんと学校に来なさいよね」

「はぁぃ」

「声が小さあぁぁいぃぃ!」

「はぁいぃぃ!!」

 今から一二年前のこと、貴之が小学四年生のことだ。当時の貴之が身体が弱く、クラスの幼馴染の少女の長村遥ながむら はるかが心配して貴之の家に見舞いに来ていた。

 遥はクラスの中でもとびっきり元気な女の子で、ショートカットのややボーイッシュ風な見た目通り、ドッチボールでは男子顔負けのパワフルなプレイを披露する。一方の貴之はへなちょこなボールをすることでクラスで有名であり、女子に笑われる始末であった。

 やがて時間は流れ、夏休みがやってきた。約三週間近くの長い長い休みは、小学生にとっては楽園であった。毎日ゲームに没頭したりごろごろしたりできるため、今のニートに近い生活が、小学生にとっては夢のような時間であった。

 ベンジャミン・フランクリンはかつて、『この世で避けて通れないものがある。それは、死と税金である』と言っていた。だが、世の中にはもう一つ逃れられないものがある。

それは、自由研究だ。

 自由研究という、小学生には逃れられない宿命が夏休みには待ち構えている。自由研究をさぼろうものなら、マルサが絶対に脱税を見過ごすことはないように、厳格に処罰される。どれだけ言い訳や自由研究をしない法案を立てても、叩きのめされるだけだ。

 貴之は逃れられない宿命に対抗するべく、研究材料を眺めて何にしようかあれこれ悩んでいた。そもそも、小学生相手には難しい例えを選んでしまった。

「やっぱり、一人では決められないよ。ここは、周りがどんな研究をしてるか参考にしよう。そして、その大部分をパクって、『あれ、君もこのテーマにしたんだね』とごまかそう」

 貴之は、友達の中で一番優秀な出来であろう、遥の自由研究を参考にすることにした。

「遥なら、きっと自由研究をすでに終わらせているに違いない。それも、完成度が高いはずだ。僕にとっては難しすぎて何の参考にもならないかもしれないけど」

 翌日、貴之は自転車で五分とかからない場所にある遥の家に向かった。遥の家に到着し、呼び鈴を鳴らすも、反応がない。

 きっと家族旅行に出かけたのだろう。ということは、すでに自由研究を終えているのか。やはり遥はすごいな・・・などと貴之があれこれ考えているときに、通りすがりの犬を連れたおじいさんが貴之に話しかけてきた。

「おや、君は、遥ちゃんのお友達かな?」

 学校の先生には『知らない人に声をかけられても話してはいけません』と注意されていたが、このケースはいいのだろうかと貴之は悩んでいた。でも見た感じ怪しい人ではないようだ。僕を誘拐する体力も寿命も、このおじいちゃんにはないだろう。貴之は、おじいちゃんの話を聞くことにした。

「は、はい。そうです」

「そうか。実はな、遥ちゃんは昨日救急車で運ばれたそうなのじゃ」

「何ですって!?」

 思いもよらない答えが返ってきた。

「それは、本当ですか?」

「本当じゃとも。わしが夜中トイレに行くときに、遥ちゃんのお宅に救急車が止まっていたのじゃ。今朝ご近所さんに確認したところ、どうやら遥ちゃんが運ばれたと話していたのじゃ」

 一大事だ!

 遥が救急車で運ばれただなんて!!

 すぐにお見舞いに行かなきゃ!!!

 ・・・でも、どこの病院だろう。おじいさんに聞いても、そこまでは分からないとのことだった。

心配になった貴之は、『室別市にある病院を片っ端から探す』と決心をした。人口一〇万人程度の街のため、入院できる総合病院は限られている。この街の総合病院の数は二つだ。夏休みだから、時間はいくらでもある。貴之は遥を探す冒険に出かけることにした。

「友達を探しに街を駆け巡る。なんか、ワクワクしてきた。いや、違う。そうじゃない。遥は入院しているんだ。楽しんじゃいけないんだ」

 好奇心と気の毒な気持ちが入り混じる中、貴之の冒険が始まった。夏休みのため、貴之の移動手段は自転車だ。冬になれば雪のせいで自転車に乗れないためだ。

 ここで問題なのが、二つある総合病院はいずれも自転車では学校が指定した行動範囲を逸脱する。学校は校区内でしか自転車の走行を認めていなかった。

 貴之は当然そんな決まりを無視した。何としても遥の無事を確認したかったためだ。

 自宅から自転車で出発すること三〇分、貴之は一つ目の病院に着いた。車であれば一〇分もかからない場所にあるが、小学生の体力ではやはり時間がかかってしまった。町の中心となる駅前にある市内でも指折りの総合病院だ。

 貴之は恐らく遥が入院しているであろう、小児科のフロアに向かった。長村という苗字を探してみるが、見つからなかった。探し方が悪かったのか、もう一度小児科の入院病棟を探したがやはり見つからなかった。

 そこで、ナースセンターで雑談をしていた暇そうな看護師に尋ねたところ、そのような人は入院していないとの答えであった。この病院にはいないことが分かった貴之は、もうひとつの総合病院に向かうことにした。

 だが、小学生が自転車を三〇分走らせてからすぐに次の病院に向かうのは、さすがに体力が持たなかったのか、休憩スペースで脱水症状を考慮してスポーツドリンクを飲みながら、ソファーにくつろいでいた。小学生一人が入院病棟の休憩スペースにいるのは、多少浮いているように見えた。

 出発したのは、一〇分間の休憩をはさんでからであった。もうひとつの総合病院は、駅前の病院から自転車で一五分程度の場所にあった。懸命に自転車をこいで、ようやく二つ目の総合病院にたどり着いた。

「この病院に遥が入院しているのだと思うと、ドキドキしてきた」

貴之は先ほどの病院のように、小児科の入院病棟に向かい、人海戦術で遥の病室を探すことにした。やがて・・・

「あったぁ!!」

 病室の名前に『長村 遥』と記載されたネームプレートを見つけた。まるで、お宝を発見したかのような気分に貴之はなっていた。手探り状態で確信がない中、本当に遥を見つけることができたからだ。

 いざ行かんという戦国武将の勢いで、貴之は病室に入っていった。

 病室に入ると、六人部屋の一番奥で本を読んでいる遥がいた。遥が看護師でない人の気配に気が付き、病室の入り口を見ると、貴之が病室に入ってくるのを見た。

「きゃああぁぁぁぁぁ!!!」

 貴之の姿を見て、突然絶叫する遥。貴之はきょとんとなり、自分が何か悪いことをしたのでは? とあれこれ考える。

「あ、あの。遥・・・べ、別にこれは怪しい目的では・・・」

 言葉を変えれば、男が女性の寝室に忍び込んでいる状況だ。下手をすれば変態扱いされても仕方がない。事実、同室の入院患者からは、当初冷たい視線が注がれていたが、立っていたのが小学生の男の子ということもあり、すぐにほほえましい表情になった。

「ご、ごめんね。突然貴之が現れたから、驚いちゃって」

 思わず照れてタオルケットで顔を隠す遥の弁明で、貴之は晴れて無罪放免となった。入院患者も再び自分の世界に入り始めた。貴之は遥のベットに駆け寄った。

「一体どうしたのさ。風邪でダウンした僕のことをいつもバカにしているのに、遥の方が入院しちゃうだなんてさ。それに、救急車で運ばれたって、近所で話題になってるよ」

 そうだねと言わんばかりの遥である。入院しているせいか、やや顔色が優れないように貴之には思えた。

「でも、入院している病院がここだって、よくわかったわね。まだ誰にも話していないのに」

「片っ端から病院を調べたよ」

「ス、ストーカーだー! キモーい!!」

 病室内に遥の叫び声が響く。貴之は慌てて事実無根だと必死になって否定する。

「でも、貴之にそれだけの行動力があったとはね。見直したぞ貴之。でも、まさか私のことで貴之に心配をかけるだなんて、世の中どうなるかわからないね」

 気のせいか、遥の言葉が弱々しかった。遥の様子を見た貴之は、どうにかして遥を元気付けてあげたい気持ちでいっぱいだった。貴之は色々考えていたが、残念ながらこれといった策はなかった。

遥の両親はこの時は不在で、遥は病室で一人で読書をしていたようだ。小学生の女子でありながら、江戸川乱歩の『サーカスの怪人』を読んでいた。表紙のガイコツの絵を見て入院中に読むジャンルではないと、貴之は思った。。

 遥の話では、両親は医者と話をしているのだそうだ。キャスター付きのテーブルには、小学校の自由研究の題材が置いてあった。入院しているにもかかわらず、自由研究に取り組もうとしている遥の姿勢に、貴之は心を打たれた。同時に、自身のふがいなさを反省した。とてもじゃないが、入院している遥に『遥の自由研究を参考にさせて』とは言えない。

「じゃあ、僕は帰るけど、自転車に乗って一人でこの病院に来たのは内緒にしてもらえるかな? この病院の場所は校区外だし」

「わかってるって、心配しなさんな」

 遥が笑顔で手を振って貴之を見送った。


「遥、なんだか元気がなかったな。入院しているから身体が悪いのは分かるけど、こう、表情が暗い気がする。いつもの遥ならもっと明るい笑顔だよな」

 夕陽が自転車に乗って家路につく貴之を赤く染めていた。病院から家まで約四〇分の時間をかけての旅は、貴之にとって冒険をしている感覚となっていた。帰る途中に岬の方を見ると、夕陽で染められた海を見て『きれいな景色だな』と小学生ながら浸っていた。

 無事に帰宅した貴之は、夕食の前に帰宅したこともあり、特に両親から怒られることもなかった。そのため、自転車で校区外に出て遥が入院している病院に行ったことはバレなかった。

 その日の夜、家族で夕食を食べながら、テレビを見ていた。今日の献立は、貴之の好物である唐揚げだ。大好きな唐揚げを食べているときに、テレビでは魔法の果実について放送された。

 それは、室別市から一駅先にある岬にあるとのことだ。映像を見る限り、帰る途中に見た岬のことだと貴之は判断した。どうやらその果実は、食べた途端にどんな病気もたちどころに治癒するというものらしい。眉唾もいいところだ。まるでどこかの胡散臭い宗教だと、テレビを見ていた貴之の両親はつぶやいていた。

 だが、一〇歳の貴之にとっては、それがとても魅力的に思えた。この世界に漫画みたいな素敵な薬が、それもこの室別市にあるだなんて。そして、その果実を遥かに与えて、遥の病気を治すことができたら、どれだけ素晴らしいことか。一躍ヒーローになれる。

 好物の唐揚げが冷めてしまうほど、貴之は魔法の果実に魅入っていた。

 貴之は翌日、その魔法の果実を遥に話をするため、再び自転車で四〇分かけて遥が入院している病院に向かった。

そ の途中、遥の病気が治ることを祈願して、近所の神社へとやってきた。神社といっても路面に面している神社のため、参拝客は貴之一人であった。

「神様、仏様、あと誰がいるかな、えぇっと・・・サンタクロースのおじさま! 季節外れか。でも、子供たちにプレゼントをしてくれるよね。だから、遥の病気を治してあげてください」

 こうしてお願いをした後、貴之はお賽銭を奮発して百円玉を入れた。といっても、小学生の百円は大人にとってみれば一万円・・・まではいかなくとも、三千円くらいの値打ちはある金額だ。そのため、小学生から見れば百円は十分な大金である。

「おや、君は遥ちゃんのお友達じゃな?」

 背後からどこかで聞き覚えのある声がする。参拝していた貴之が振り返ると、昨日、遥が入院したことを教えてくれたおじいちゃんが立っていた。どうやら年金生活でやることがないのか、またしても犬の散歩中に会った。

「この神社には、何の用かな? なにせ、子供が参拝しているのはめずらしい光景じゃからな」

「は、はい。遥が入院して元気がなかったから、早く元気になれるようにってお願いをしに来ました」

「そうかそうか、君はいい子じゃな。他人のために色々としてくれているのじゃからな」

「は、はぃ・・・」

 お前の世間話に付き合っている暇はないんだよと、貴之はだんだん落ち着きがなくなってきた。やがて、隙を見て話を切り上げて、自転車に乗っていった。

遥が入院している病院に向かう途中に岬が目に入り、あの岬に魔法の果実があるのかと、躍起になっていた。遥にこのことを話せば、絶対喜ぶだろうと、気持ちをはやらせていた・・・

「キャハハハ、そんな都合のいいような果実なんかあるわけないじゃない。第一、その何でも治るっていう果実が、この田舎の室別にあるわけないじゃない」

 病院に到着して魔法の果実のことを遥に話した結果、思いっきりバカにされている。確かに遥は喜んでいるが、方向性が違う。

「でも、奇跡が起こることだってあるよ」

「はいはいそうね。でも、そんな奇跡があれば、お目にかかりたいわね」

 同い年であっても、精神年齢でいえば遥の方がやや大人のようだ。いや、小学生の年齢であれば、女子の方が大人びいているのはどこの世界でも一緒のようだ。しかし、情熱や絶対に負けられない戦いを好むのは、古今東西どこの男子も一緒である。貴之はこれを遥からの挑戦状として勝手に受け取った。

「任せなよ、俺がその果実を探し出して、遥の病気を治してあげるよ」

いつも病弱で面倒を見てあげなければならない貴之が、この時ばかりには遥にとって頼りになる存在であった。これまでの貴之とはまるで違う。

「楽しみにしてるわ。私早く元気になってみんなと遊びたいからね」

「果実の捜索は、明日決行するよ。朝から探せば、きっと見つかるはず」

「はいはい、そーね。少しは期待してるわ」

 点滴をしている遥の腕に、黒いしみがあるのを貴之は見つけた。無理して元気に振舞っているのではないだろうか。不安に駆られた貴之は、病室を出る前に後ろを振り返ると、はにかんだ笑みで手を振る遥だった。

 その光景が、やけにスローモーションに見えた貴之であった。


「さて、明日の捜索に備えて、作戦会議だ。まず、リュックサックにシャベルと弁当と飲み物と・・・」

 その日の夜、小学生の浅はかな知恵であるが、あれこれと果実の捜索に向けた作戦を自分の部屋で立てていた。

「絶対に果実を見つけるんだ。遥の病気を治すんだ。絶対に果実を・・・Zzz・・・」

 翌日、貴之は魔法の果実を探しに、テレビで放映された魔法の果実を探しに向かった。小学生ながら、一人で魔法の果実を探しに冒険に出た。一〇歳の少年がたった一人で危険を冒して、木が生い茂った岬へと向かった。

 岬に到着するまでの約二〇分間はずっと上り坂で、小学生にしてはやや過酷な傾斜であった。これから岬での捜索となると体力を温存しておかなければと思い、途中から自転車を押して上った。

岬と言ってもすべてが原生林というわけではなく、実際には観光スポットとしてハイキングロードが整備されている。さらに駐車場も完備されている。貴之は、駐車場に自転車を止めて、岬へと入っていった。

「いいか貴之、これは冒険だ。遥の病気を治すために魔法の果実を探し出すんだ」

 貴之は自分に言い聞かせながら、さらに岬の奥へと進んでいった。辺りは生い茂った木々のせいで、徐々に太陽の陽が届かなくなっていく。ここは近隣の岬だというのに、小学生が一人で足を踏み入れれば、まるでアマゾンのジャングルのようだ。道は遊歩道としてある程度整備されているにも関わらず。

 岬および周辺は、学校で危険区域として指定しており、『子供だけで岬には行ってはいけません』と先生が指導していた。確かに、一歩間違えば崖へ真っ逆さまに転落するため、危険区域の指定は納得ができる。

「な、なんだか熊とか虎とか蛇とかが出そうだな」

 辺りは木が生い茂っているが、せいぜい東京ドーム二つ分くらいの面積である地方都市の中にある岬である。そのため、熊とか虎とかが出てくれば、テレビとしては魔法の果実なんかは吹っ飛ばされて、一躍トップニュースとして扱われる。熊や虎が出たからと言って、『鈴木クマ』さんが出没したとか、『池田トラ』さんが出没したというジョークは論外である。そんなどうでもいいニュースは、漫才かブラックワイドショーでしか放送されない。まぁ、蛇であればマムシなら出てもおかしくはないが。

 ここで、貴之はある事実に気が付く。観光地で道が整備されているのであれば、当然人が通る。だから、人目に付くところに魔法の果実があれば、とっくにみんなが騒いでいるはず。だから、道になっていない場所に魔法の果実があるんじゃないか、と。

 東京ドーム二個分の面積とはいえ、小学生にとっては広大である。だが、貴之は道なき道を進むことにした。当然、足元は悪い。小学生である貴之は何度も足元をすくわれ転びそうになった。

 周りの木々が、先ほどの補整された道とは比べ物にならないほど生い茂っており、太陽の光が届かない道を、貴之はひたすら進んでいった。

 岬に入って一時間くらい経った頃だろうか。

「あれ、さっきこの道を通ったような気がしてきた」

 貴之は知らず知らずのうち、同じ道に戻ってきてしまったようだ。まぁ、東京ドーム二個分の敷地であれば、一時間もいれば一度来た道に戻ってきてもおかしくはない。

貴之はここで重要なことをまたしても見落としていた。魔法の果実は果実のため、木に生えていることが大いに考えられる。貴之はあまり木の上を注視せずにただ岬の中をグルグルと回っていただけのことにようやく気が付いた。

 そのため、今度は木の上に注意を払うことにした。一時間もいれば、岬内の道はある程度頭にインプットされていた。これは男性特有の脳の構造で実現可能であることが実証されている。

 木の上を注視する方針に捜索をした結果、早くも木にオレンジがかった色の果実を見つけた。

「あった!!」

 思わず声をあげた。

 これが魔法の果実か? 

 はやる気持ちで貴之は木に登る。高さは五m程度といたところか。クラスで一番の運動神経は持ち合わせてはいないが、室別市は娯楽施設がないため、子供たちは自然と親しむことで大きくなっていたころから、貴之も木に登ることは苦にはならなかった。

 やがて、目標物となる果実を掴むことができた。だが、果実だと思ったものは、実際には松ぼっくりであった。思えば、魔法の果実の色は、確か赤色だったはずだと、貴之は回想していた。それも、大きさはソフトボールくらいはあったはずだ。下から見てもこの松ぼっくりはピンポン玉くらいしかないことは貴之にもわかっていた。見た目もごつごつしていることだし。

 岬内の道も把握でき、魔法の果実の大きさはソフトボールくらいで、赤色をしている。これだの条件があれば、果実が見つかるのは時間の問題だ。貴之は木から降り、再び捜索を開始した。

 北海道と言えども、真夏は暑い。さらに、森林内ともなれば湿度も高い。背中をつたい落ちる汗が、その暑さを物語っていた。岬に入る前になけなしのお小遣いで購入したスポーツドリンクが、もうすぐ底をつきそうになっていた。

 貴之は、木の上で木の実を食べているリスを見つけた。魔法の果実を食べているのか? その果実をよこせと言わんばかりに、すぐさま木に登り確かめたが、またしても松ぼっくりであった。木の上でがっくりとうなだれる。


 何時間たっただろうか、道なき道を進み、探せど探せど果実は見つからなかった。何度も蜘蛛の巣に顔が引っかかり、やぶ蚊に顔や腕など、十数か所も刺されていた。

 見渡す限り、木には緑の葉っぱが生い茂っており、もし果実が実っていても、見つけることは至難の業だ。だからと言って、全ての木に登って確かめることは割に合わないことは、小学生の頭でも理解できていた。

「やっぱり、親の言う通り、テレビでやってた果実は幻だったのか。ごめんね、遥。約束は果たせないよ」

 貴之は落胆の想いでいっぱいだった。岬から望む海が夕陽で赤く染められていた。さすがに夜になれば果実を探すことはできないと小学生の貴之でも本能で察したため、この日の捜索は断念することにした。

 喉の渇きに耐えられなくなったため、またしてもなけなしのお小遣いで、岬の駐車場にあった自動販売機でスポーツドリンクを購入して、砂漠でオアシスを見つけたかのような飲みっぷりで、一気飲みをした。

「帰ったら、親に怒られるんだろうな・・・」

 貴之は、魔法の果実を見つけられなかった悔しさと、遥にバカにされるみっともなさのダブルパンチで気落ちしていた。さらに、親からの説教となればトリプルパンチで一ラウンド一〇秒TKO負けだ。

 時刻は午後七時。室別市の小学生となれば帰宅するには遅すぎる時間だ。貴之はしょんぼり顔で家のドアを開けた。

「貴之! 今までどこ行ってたの?」

 想定通り、母親の怒鳴り声が聞こえてきた。貴之は帰宅途中にあれこれ考えていた言い訳を話そうとした。

「遥ちゃんが、たった今亡くなったって、連絡が来たのよ。こんな時に一体どこにほっつき歩いてたのよ?」

「・・・・・・・・」

 貴之は状況が理解できなかった。親からどこに行っていたのかと問いただされたのは、帰宅が遅くなったことではなくて、遥が亡くなった連絡を受けたことらしい。いや、それは重要じゃない!

「は、遥が、亡くなったって、死んじゃったってこと?」

 母親は黙ってゆっくりとうなずいた。貴之が遥の病室から出てから様態が急変し、今日の昼前に意識がなくなり、午後に遥が亡くなったとのことだ。

貴之が果実を探している間に、遥は既にこの世から去っていた。

 一体何のために自分はあの岬に行ったのか。果実はなく、遥に全てを伝えることがないまま永遠の別れとなったことに、貴之は後悔の念に押されていた。

「もし、今日、果実を探しに行かずに、遥のもとに行っていたら、遥の最期を看取ることができた。そして、今までの伝えきれなかった想いを伝えることができた・・・」


 遥の葬式には、クラス全員、ならびに学校の先生やクラスの両親を含め、出席者は総勢五百人にも及んだ。会場にはこれでもかと言わんばかりの献花と、遥のこれまでの成長過程のような写真が並べられていた。その中の一枚に、貴之と遥が仲良く写っている写真があった。

 棺の中で安らかに眠る遥を見た貴之は、本当に遥は死んでしまったのか、実感がわかなかった。まるで、今にも起きて『こら、貴之』と、いつものように怒られてもおかしくはなかった。

 魔法の果実をもっと早くに見つけていれば、もしかしたら遥の命は助かったのかもしれない。

 貴之は、他人のために初めて涙を流した。小学四年生の貴之の夏休みは、暗く苦い思い出となってしまった。 


———「一二年前にあったことだけど、僕はまだ、この過去を引きずっていると思うんだ。だから、事ある度に、このお墓に来ているんだ。いつまでも過去を引きずってていいのかなって思うけど。ごめんね、なんか変な昔話をしてしまって」

 貴之が有希子の顔を見た時だ。有希子の目には涙があった。突然の涙に貴之が驚き、しどろもどろになる。

「ゆ、有希子、どうしたの?」

「ご、ごめんね。いや、その・・・あまりにいい話だったからつい・・・」

 涙を拭きながら、有希子はやや不安な表情で、高鳴る左胸を押さえていた。

「確かに、フリーライターからしてみれば三文小説が書けるだけのネタかもしれないけど、この過去は美談にはしたくはないんだ。あの時の自分の選択は正しかったのかって。遥が果実探しに行った僕を喜んでくれたのかなって」

「きっと遥ちゃんは喜んでいるに違いないわ。自分のためにあれこれ頑張ってくれる男の子を、女の子が嫌うはずないわ」

「そう思ってくれているといいけど」

 有希子の涙が収まり、感情が冷静になった頃であった。

「ところで、貴之はその遥ちゃんのことが好きだったの?」

「!! ま、まさか。だって、その時はまだ小学四年生の時だよ。そ、そんな女子が好きだなんて感情は、まだ・・・」

 必死に弁解するも、有希子はにやにやとこちらを見ている。その顔はまさしく『遥ちゃんが好きだったんだ~』と言いたげであった。こういう時の女性の人間観察能力は、とても男性にはかなわない。

 有希子は貴之の墓参りに付き合ってから、その日に室別市にいる大学のサークル仲間と女子会を開くことになっており、翌日に実家の札幌市に向かうとのことだった。

貴之は自分も混ざろうかと悩んだが、『女には女だけで話したいことがあるの』と言われ、やんわりと断られてしまった。

 よって、貴之と有希子は、室別駅前でレンタカーを返した後、別れることになった。貴之は街を散策しようか悩んでいたが、荷物片手で特に寄るところもなかったため、そのままタクシーで実家に戻った。

 話のついでに岬に寄ろうとも考えたが、レンタカーを返してから思いついたため、あえなく断念した。真夏日に徒歩一時間かけて岬に向かっては、熱中症になることは目に見えている。景色を見るためだけに、タクシー代往復約五〇〇〇円を出すには、あまりに高い。

 長村家とは、遥が亡くなってから二年後に、父親の転勤で室別を離れて以来音信不通である。先祖代々続くお墓だけが室別に残されていた。遥との接点ができる唯一の場所が、このお墓であった。

 結局行く場所もなく、実家に到着した貴之は、そのままかつて自分が住んでいた部屋に向かった。貴之の部屋は、六月に昭一の結婚式で帰省した時より、一段と両親の物置部屋と化していたが、布団と東京でのワンルームの生活で収まりきらない倉庫としての役割は果たしていた。

 遥が天国に旅立って一二年か。その間に変わったものもあれば変わらないものもある。貴之は、実家に保管していた小学生時代のアルバムを見て過去を懐かしんでいた。

 写真には四月の遠足や六月の運動会の写真が写っており、貴之と遥が運動会の種目で手を繋ぎながら走っていた。さらに、遥の葬儀の時に飾られていた、二人で一緒に写っている写真もあった。

「写真の世界なら、誰もが今より若いんだよね。そして、亡くなった人も、写真の世界でなら生きている。遥と僕が同じ年で、共に笑っている」


———僕は毎年お盆の時期になると眠れない。なぜかはわからないが、きっと幽霊たちがお盆の時期だからと、この世に戻ってきているのか。だから、第六感が幽霊を敏感に感じ取って眠れないのか。

 思えば、僕は小さいころから少し霊感がある。じいちゃんの家に行くと、よく見慣れない影がよく見えたからだ。だから、お盆の時期に眠れないのは納得できる。なんてくだらないことを考えていると、やっぱり今シーズンも寝られなかった。

 布団に入ってから、二時間近くは経つだろうか。二時間も経てば、そろそろ寝つけるだろう。やがて、普段の思考では想像もつかない思考や物語が流れ込んできた。そろそろ寝落ちするサインだ。

「たかゆき・・・」

 何やら声が聞こえてきた。それも幼い女の子の声だ。どうやら、今日の夢は小学生時代の頃にタイムスリップするのだろう。寝る前に小学生時代のアルバムを見た影響か。

「貴之。おいこら、貴之」

 聞き覚えのある声だ。聞いていて懐かしい。遥の声だ。今日はどうやら遥と昔遊んだ夢を見るのだろう。これはお墓参りの効果だろうか。その日の夜に遥が出てくるだなんて。いい夢間違いなしだ。よし、今宵は思いっきり小学生時代に戻るぞ。

「いい加減返事しろ、貴之!!」

 な、何だこれは、夢ではないのか、いや、夢の中では夢だと断定するのは至難の技だ。いつも目が覚めてから、あれは夢だったのかと、うなだれる。結局は現実ではないことに虚脱感を覚えることを見越して、過度な期待はしないでおこう。

「これは夢ではないぞ! 貴之!!」

 目の前には、何と遥の姿が見えた。それも、亡くなった当時の姿のままであった。そんなバカな。

「は、遥? 遥なのか? えっ、姿が小学生の時のままだけど」

「当たり前だバカ者! 私は一〇歳の時に死んだから、そこで成長が止まったのだ。そんなこと大人になった貴之ならすぐにわかるだろうが」

 妙に納得ができる。確かに二二歳の遥が目の前に現れても『あなたは誰ですか?』になるだろう。でも、二二歳の遥はどんな姿なのだろう。綺麗な大人になっているのかな? いや、今はそんなことを考えている時ではない。

「な、なんで遥が僕の前に、それも今現れたんだ」

「それはお盆だから、あの世の住人が唯一この世界に来ることができる時期だからね。だけど、貴之とこうして話ができるのは私にもよくわからないけど」

 聞いたことがある。お盆の時期はご先祖様があの世からこの世に来る季節であり、霊体は海や川などの水からやって来るらしい。だから、お盆の時期に水遊びをすると、あの世に戻る時に幽霊が一緒に連れて行ってしまうため、お盆時期は水難事故が多い都市伝説がある。

「それにしては、足があるけど?」

「そんな都市伝説が本当にあると信じているのか、このバカ者!」

 本当に小学生時代に戻ったかのようだ。遥と小学生の時のように、あれこれ冗談が言いあえている。姿は一二歳も離れているのに、小学生の時の遥と接しているようだ。きっと、周りから見ればロリコンの不審者として警察に通報されるだろう。

 いや、そんなことはどうでもいい。ずっと伝えたかったことがあった。

 遥が亡くなった日に一緒に入れなかったことを悔やんでいたからだ。

 あんなバカげた魔法の果実なんか探しにいかなければ、遥の最期を看取ることができたのだ。夢でもいい、今この場でいいから伝えよう。

「遥、亡くなった時、僕が一緒にいなかったことを、怒ってる?」

「はぁ、何言っちゃってるの? あんたは私の恋人かって? バッカじゃないの? 勘違いも甚だしいわ。別に貴之に未練があって今現れたんじゃないって」

 これは現実だ。夢ならもう少しましなことを言うはずだ。いや、きっと僕の都合のいいように『いえ、貴之の気持ちだけでうれしいわ』なんて理想的なことを遥が言ってくれるはずだ。全く現実に忠実な夢で嫌になる。いや、夢ではないと遥は言っているが。それにしても、遥の答えはあんまりではないだろうか。

「そ、そこまで言わなくても」

「そこでへこむところが、昔と何にも変わってないわね」

 夢なら覚めてくれ。夢ならなぜこんな惨めな思いをしなければいけないのだ。本当に、遥本人が僕に話しているかのようだ。

 ん? もしかして目の前にいる遥はやっぱり本当に遥その人なのだろうか。僕の中で勝手に妄想しているのとは違うのか。なら、本当に伝えたかったことを、伝えよう。ここで伝えなきゃ一生後悔しそうだ。

「遥が危篤状態になった時、例の何でも治る果実を求めに、岬をさまよっていたんだ。約束を果たすために。結局は見つけられなかったけど。だから、帰ってきたときに遥が死んだって聞いて愕然としたんだ。それなら最初から岬に行かずにずっと病院にいればよかったとずっと後悔していたんだ」

「いいよ、そんなこと。それに、私のために魔法の果実を探しに行ってくれたんでしょ? その気持ちだけで充分嬉しいわ」

 遥が許してくれた。そして、自分が一番遥にこたえてほしいことを話してくれた。なんだか、後悔の念が晴れた気がした。

「でも、その魔法の果実を食べたかったな。そうすれば、もしかしたら私は生き延びて、大人になった私と再会できたかもしれないわね。大人になって、好きな人と結婚して、子供を産んで、立派なお母さんになっていたかもね」

 思わず泣きそうになった。遥は笑って話しているが、心では泣いているのが分かったからだ。小学生で亡くなったんだ。将来について夢いっぱいだった時に希望が絶たれたのだ。

「その、遥の相手となるお父さんは、もしかして・・・」

「貴之でないことは、間違いないわね」

 またしても落胆した。いや、遥が結婚相手なら、有希子との恋はできないことになる。なんだか、有希子に申し訳ない気持ちにもなった。

 辺りが段々と明るくなってきた。日が昇っているのだろうか。まもなくお別れの時間が来たのか、遥は手を振って、さよならを伝えた。

「会えてよかったよ、遥。例え、夢だとしてもね」

「だから夢じゃないんだって。まぁ、ここまでくればどうでもいいか。あと、有希子さんだったよね。貴之と一緒にお墓参りに来ていた彼女。いい人よね。泣かせるんじゃないよ、貴之」

 余計なお世話だと言いたかったが、遥はその言葉を残して消えてしまった。まだまだ話したいことがいっぱいあったけど、伝えたい想いは伝えることができた。


———目が覚めた。いつもの朝だ。いつもというよりは、実家に帰省していた朝だ。大学生活とデジャブの感覚に陥り、まだ大学生としての身分を全うしているのかと勘違いしかけた。遥と話をしたことは夢だったのか。あたりを見回すが、遥はいなかった。当然か。

 僕は東京に戻る朝に、遥のお墓に再び立ち寄った。遥と話せたことは、夢であろうが現実であろうが構わない。今となてはもう遥はこの世にいないのは間違いないのだから。そんな中で、遥に全てを伝えることができてよかった。人生遅すぎることはないのだ。僕は線香を焚いたのち、両手を合わせた。

 ふとお墓の足元を見ると、何か手帳みたいなものがあった。かわいらしいキャラクターが描かれていたため、遥の生前の想いでの品物だろうか。

 だが、僕と有希子が昨日このお墓に来たときにはこの手帳はあっただろうか。いや、なかった。悪いとは思いつつも、手帳の中身を見ることにした。

『小学四年生の夏休み、けんさ入院しなくちゃいけなくなった。なんでだよ。せっかくの夏休み行きたい場所がいっぱいあったのに』

 この手帳は遥が入院しているときに書いていた日記だ。僕は魅入るように日記をめくった。

『今日たかゆきが、みまいに来てくれた。教えていないのにたかゆきが現れてマジキモイ、マジストーカー、信じらんない』

 思わず手帳を破りそうになったが、もう少しのところで踏みとどまった。これは小学生の時の遥が書いたのだ。今の僕に対してあてたわけではない。

『たかゆきが言うには、病気を何でも治す果実というのがこのまちにあるらしい。バッカじゃない? そんなドラえもんみたいな果実がこのまちにあるのかってーの。せっかくだから、たかゆきがその果実を食べて自分のくさった頭を治したほうがいいんじゃない? まさに、自分をすくえ(笑)』

 思わず墓石に弘志直伝の『空中なんちゃらチョップ』をかますところであったが、もう少しのところで踏みとどまった。遥の先祖から罰が当たるかもしれないからだ。そもそも、石にチョップをかましては、自身の腕の骨が折れてしまう。

 それにしても何という暴言な日記なのだろう。いくら遥が小学生の時に書いたものとはいえ、理性はあと一歩のところで爆発寸前であった。

『今日、たかゆきがへんてこりんな果実を探しに行ったみたいだ』

 僕が果実を探しに行った日・・・遥が亡くなった日だ。

『まだそんなイカさまな果実を信じていてあきれたけど、私のために必死になっているたかゆきがうれしかった。私のいのちはのこり少ないから、せめてこの日記に気持ちを伝えるね。ありがとう、たかゆき。たかゆきともっともっと、いっしょにいたかったな。口ではけなすようなことを言ったけど、本当はその果実を食べたかった。もっと、もっと、生きたかった。そして、私の口からたかゆきに伝えられなかったのがかなしいよ。ごめんね、たかゆき。天国で待ってるからね。貴之がおじいちゃんになってから天国に来るまで、ずっと待ってるからね』

 遥は怒ってはいなかった。そしてなんだか視界がぼやけて日記の文字が見えなくなってきた。目をこすってみると、手が濡れていた。これは涙だ。僕の感情は崩壊した。涙が出ていると理解してから、尚更涙が止まらない。

遥のお墓の前で、ひたすら泣いた。

 ひょっとして、遥の方も僕に想いを伝えられなかったことに未練があったのか。夢ではあんなことを言っていたけれど、本当は僕に『ありがとう、一緒にいたかった』という想いを伝えたかったのか。

 一二年という一回りの時間を経て、やっと遥に全てを打ち明けられたこと、遥への気持ちがわかり、胸のもやもやが晴れた。

 僕は勇気づけられた。次に遥のお墓の前に立つときは、立派な大人になって僕と結婚できなかったことを後悔させるくらいに成長してやる。

そして、遥の墓の前から旅立った。


「よくぞ気づいたぞ貴之、偉いぞ。でも、貴之にはこれから今まで以上に過酷な試練が待ち受けているけどね。これは私の世界にいるからわかることだけど・・・いいか、貴之。何があっても逃げるんじゃないよ! 全ての運命を受け入れるんだよ!!」

 遥の言葉は、貴之の胸に届いたのだろうか・・・




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