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五月 もうだめかもしれない・・・

  五月


 上旬に昭一から手紙が届いた。いつもつるんでいた仲間から連絡が来たことで、貴之は憔悴しきった心に安らぎが与えられた。

「やけに豪勢な封筒だな。一体何が入っているんだ?」

 中身を見ると、結婚披露宴の招待状だ。昭一夫妻は、四月に入籍したと書かれていた。披露宴会場は室別市のホテルであった。ちなみに北海道の結婚式は会費制である。

「結婚式の招待状か。そういえば六月に地味婚をするって言っていたな。そんなことも忘れてしまう自分って、よほど追い詰められているのかな」

 約一ヵ月前に、室別の岬で約束したことを貴之は忘れかけていた。だが、心身ともに疲弊していた貴之にとっては、かつての親友からの便りに、少しだけ安らいだ。翌日、貴之は昭一の披露宴に出席と記載してポストに投函した。

 貴之は、来る日も来る日も上司や先輩のパワハラを受けていた。今の貴之にとっては、昭一の結婚式で帰省できるのが、人生で生きることができる唯一の支えとなっていた。室別には待っている人がいる。

 大都会、東京。この街で手に入らないものはないと言われるくらい、人や物で溢れかえっている。そのため、休日ともなれば自身の欲望を満たすべく、新宿・渋谷・原宿・銀座などに出かける人が後を絶たない。

 だが、貴之はせっかくの大都会に来たのにも関わらず、週末は自室にこもりっきりであった。それは、会社から解放された時間を、少しでも長く味わいたいためだ。

どこかに外出して遊んでしまてっては、せっかくの自由時間があっという間に過ぎてしまう。すぐ日曜日の夜になった結果、翌日仕事に出るための気持ちの整理がつかないまま、出社となる。大好きなプロ野球の観戦ができるというのに、四月には一度も球場に足を運ばなかった。東京であれば複数の球団が本拠地を持っているため、様々な試合を見れるのにも関わらずだ。

 貴之が休日にしていたことといえば、ネットで上司から理不尽なことを言われたとき、どう対処すればよいかを、徹底的に調べていた。

 そうしているうちに、日曜日の夜はやってくる。

 まだ八時だ、寝るまでにはあと三時間はある。

 まだ九時だ、寝るまでにはあと二時間はある。

 十時か、寝るまでには後一時間はある。今のうちに楽しかったことを振り返ろう。

 十一時か、とうとう寝る時間になってしまった。このまま起き続けるのが得策か? 

 いや、そんなことをすれば翌日の仕事が思うように進まない。正直、寝るのが怖い。意識が亡くなった瞬間、待っているのは出社だ。電気を消すことは、自分の命の灯を消すことと同じだ。少しでも気を紛らわせるために、楽しかったことを振り返ろう。そう、有希子さんと話ができたこと、弘志と昭一と・・・Zzz・・・

 これが、貴之の休日の過ごし方であった。五月には、新人社員や大学の新入生や社会人などに見られる、新しい環境に適応できないことに起因する精神的な症状、通称『五月病』と呼ばれるものがある。貴之は見事に五月病の餌食になっていた。

 ゴールデンウィークに実家の室別に帰ろうか悩んだが、帰ってもすることがないと判断したため、東京で過ごしていた。

 その間、一度だけ大好きなプロ野球の試合を観戦した。しかし、慣れない東京での暮らしでたまった心労と独りで観るプロ野球の試合は、楽しくはなかった。ゴールデンウィークというだけあって、スタンドには家族連れが多く、プロ野球選手を夢見て明るくはしゃぐ子供が多い中、葬式帰りのような雰囲気を貴之は出していた。

 野球というスポーツは、ひとつひとつの休憩時間が長い。サッカーであれば、四五分間観客はボールを追いかけており、ほんの少し目を離せば貴重なゴールの瞬間を見逃すことになる。

 だが、野球は攻守交替やピッチャーのサイン交換など、試合が動かない場面が多々あり、隙間時間ができるスポーツだ。その隙間時間に、貴之は会社での出来事がフラッシュバックされていた。

札幌で月一回プロ野球を観戦していた時には、隣に弘志や昭一がいた。

「次はスライダーを投げる」

「いや貴之、ここはストレートだろ」

「弘志も違うな、外角カーブで三振を狙う」

 あーだこーだ言いながら勝手に監督になったり、テレビのような実況・解説をしたり、サヨナラホームランを打てば、三人で大はしゃぎし、興奮のあまり隣の知らないおばちゃんにも抱き着いたあの日々が、遠い昔のように思えた。

 今度はプロ野球の試合を観戦するときには、弘志を誘おうか悩んだが、大学時代のノリやテンションを引き出せないことを考えた。だから、弘志と会うのは大学時代の振舞い方を取り戻した時にしようと、貴之は決めた。

 結局貴之は、人込みを避けるように、七回表の地点で球場を後にした。今の心境では、輝かしく成功している人のヒーローインタビューは、自分にはまぶしすぎるためだろうか。




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