表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

三月 それぞれの想いと旅立ち

  三月


一日

 予定されていた卒業研究発表が無事に終わり、貴之たちは晴れて室別大学を卒業する資格をもらえることができた。教授に豆まきをした事件は、無事におとがめなしとなったが、貴之たちはそんなことなど気にも留めていないなかった。というより、この悪ノリコンビは、バレンタイン大作戦のせいで、豆まきのことなどこれっぽっちも覚えていなかった。

 卒業研究発表会を終えた貴之と弘志は、研究室で一年分の研究書類となる膨大な荷物の整理をしながら雑談をしていた。なんとか無事にストレートで卒業できるなと、貴之がつぶやいていた。

「当たり前だ! こんな三流大学で留年なんかして溜まるかぁ!」

 弘志が熱くなっている。だが、それも無理はない。事実、この室別大学では留年というシステムがほとんど機能してなく、一〇年に一度あるかというレベルだ。どうやら、事務側の手続きが面倒なためというのが理由らしい。要約すると、やる気のない大学だということだ。

 入試で名前を書けば入学できる大学とネットで書かれており、それはさすがに誇張が含まれるが、授業料を払えば誰でも卒業できる大学ならば、あながし間違いではないのかもしれない。

 さらに、都市伝説ではあるが、なんでも留年した学生には、『留年式』となる儀式が存在するらしい。卒業式が終わってすぐに、だだっ広い体育館で留年した学生が一人ぽつんと呼び出される。

 そもそも一〇年に一度の割合のためか、これまでの留年式の参加は一人のみで執り行われているらしい。やがて、竹刀を持った校長や日の丸の鉢巻をした学年主任が出てきて『ばっかもー―ん!』と、日曜夜に放送されている国民的アニメの雷親父の如く、説教が延々とされるとのことだ。

 校長から、『こんな三流大学で留年だなんて、お前は学校の恥だ!』と、校長ですら自分で三流大学と自虐しており、どこから突っ込んでいいかわからない事態になったようだ。

 さらに、日の丸の鉢巻をした学年主任が『お前ら、それでも武士カァ!?』などと、室別大学生を相手に発していたようだ。その後、学年主任は切腹をしたとかしなかったとか・・・

 まぁ、一〇年前の都市伝説のため、どこまでが本当の話なのか分かったものじゃない。それにしても、この大学はやる気があるのかないのか、よくわからない。

 人生最大の屈辱ともいえる留年式に出ることを免れた二人は、内心ほっとしていた。それも、豆まき事件が原因で、留年が一度に二人も発生すれば、学校始まって以来の珍事として、二人の名前は永久に語り継がれることになっていただろう。


八日

 室別大学の卒業式のため、貴之はスーツに身を包んで登校した。だが、やや長めの茶髪のスーツ姿は、田舎の売れないホストのようであった。

 キャンパスで弘志と昭一にも遭遇したが、この二人もそろって、田舎の売れないホストの風貌だ。お兄系雑誌・メンズナックルで、『この混沌とした世界に、堕天使の俺が舞い降りた』というキャッチコピーが書かれて、ストリートスナップに掲載されても違和感がない。全身コーデで三万円以下の服を郊外にある大型スーパーの専門店コーナーで買うような普段の三人のファッションでは、スーツを着るのにはあまりに不似合いな見た目であった。

「今日で大学生活が終わることを考えたら、なんか感慨深いものがあるよな」

 貴之がしみじみ言ったが、弘志と昭一は首を横に振っていた。

「何を言っているんだ、貴之? ようやくこの室別刑務所から出所できるのに、なぜこの大学に未練なんか残さなきゃいけないんだ?」

「それに、俺は弘志の言う室別刑務所の刑期が二年も残っている」

 昭一は四月から室別刑務所・・・もとい、室別大学の大学院に進学するため、四月からも室別市に住むことになる。大学院に進学するからと言って、昭一が飛び切り優秀なわけではない。名前を書けば誰でも入学できる大学と揶揄されるだけあって、大学院も名前を書けば入れる大学院こそ、室別大学のクオリティである。もちろん、二人より凶悪なことをしでかして刑期が伸びているわけでもない。

 どうやら『大学院に進学したい』と言えば、教授が適当に推薦文を書いてくれ、特に試験もないまま大学院に進学できるシステムらしい。また、昭一も自身の研究を深めたい目的で大学院に進学するのではなく、単にまだ社会に出たくないから進学するという考えらしい。


「第六五回・室別大学卒業式を、これより執り行います」

 自身が何期の卒業生か誰一人として認知していない卒業式が、無事に執り行われた。大学の体育館で卒業証書をもらい、校長先生のありがたいを言葉を学生たちは右から左に聞き流し、女子グループの数名が泣いているほかは、弘志が口にしていた、刑務所で服役を終えた囚人のような気分の学生たちであった。その様子を見る限り、まるで不良が集まる中学校での、社会による支配からの卒業式のようであった。

 有名大学であれば、有名起業家などの伝説のスピーチがあったのだろうが、室別大学にはそのような有名起業家が招かれることはなかった。やはり、全国になれば知名度が皆無である大学のためか。

ちなみに去年は近くの製鉄所の所長が伝説のスピーチをしたのだが、あまりに知名度が皆無のため、真面目に話を聞いていたのは四月からその製鉄所に入社する学生のみであった。

 とある卒業生が『スピーチをするなら、GAFA(グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾンの頭文字を取った総称)のCEO(最高経営責任者)を呼べ』と言い残して大学を去ったのだが、どうやら今年はGAFAからスケジュールの都合がつかなかったのか、オファーが蹴られたらしい。いや、そもそも大学側がオファーすらしていないだろう。仮にオファーしたところで、GAFAクラスの企業は日本の田舎にある『MUROBETSU COLLEGE』など絶対相手にしないだろう。

 卒業式は紆余曲折しながら、無事に終了した。その後、会場となる体育館はパーティーのように自由な空間となっていた。あちこちで仲の良いグループ同士で写真を撮り合ったり、連絡先を交換していた。

 貴之は有希子を探していた。大学を卒業すれば、有希子と会えることはないだろう。有希子に会って伝えたいことがあったために、貴之は最後のチャンスを掴もうとあくせくしていた。

 だが、貴之がいくら探しても、有希子の姿はなかった。バレンタインの時に連絡先を聞いておけばよかったと後悔してたが、時すでに遅し。

 結局、貴之はバレンタインの一件以降、今日に至るまで有希子と会話をすることはなかった。有希子だけでなく、貴之自身も卒研で忙しかったためでもあった。せっかくホワイトデーのお返しとなるクッキーを渡したのであったが、渡せる機会があるのだろうか不安になっていた。

 室別大学はなんだかんだ言っても総合学科を備えているため、卒業生は千人を超えていた。同じ学年の学生が一堂に揃うことなどめったにない。そのため、予想以上の人の多さの前に、貴之は有希子の姿を捕えることができない。

「まさか、有希子さんは留年したから卒業式にいないのか? 有希子さんが伝説の留年式に参加せざるを得なかったのか。いやだ、いやだ。そんな有希子さんの姿なんか、イメージが崩壊する」

「貴之、何か焦っているけど、どうした? 今日はせっかくの出所祝いなんだから、楽しく行こうじゃないか」

 弘志が声をかけてきた。いまだに卒業式を出所扱いしている弘志のことはすぐ見つかるのに、どうして、有希子さんの姿は探し出せなかったのだろう。あくせくしながら探してみるも、結局のところ有希子に会えない貴之であった。

 落胆のあまり、うつろな目に、よどんだ表情のまま家路についた。とても大学を無事に卒業した人の表情とは思えない。留年式に参加したかのように、周りからは見えていただろう。

 その日の夜は、同じ学部同士でのお勤めご苦労さん会・・・いやいや、謝恩会があった。貴之と有希子は学部が違うため、初めから会うことはなかった。どことなく空虚な気持ちの中、一次会・二次会と進んでいく。

 酔っぱらった弘志と昭一で適当に談笑しながら、謝恩会をやり過ごすような形で貴之は終えた。余談ではあるが、都市伝説となっている留年式は、今年度は開催されなかったと、その筋から情報があることを聞き、有希子さんは留年しなかったことに、どことなくホッとする貴之である。

 自宅に帰り、有希子からもらったバレンタインの空箱を手に取った。有希子とはもう会うことはないだろう。やり場の気持ちがない中、貴之は空箱を抱いて寝た。クッキーは、後日弘志と昭一の三人で食べようと考えた。


 大学を卒業してから就職するまでの約三週間は、実質無職の扱いである。だが、やることは山積みであった。貴之にとっては、人生初となる引っ越しがあるためだ。部屋探しは、社員寮が完備されているため心配はないが、電気・水道・ガスの契約や、転出届や転入届での役所手続き、ありとあらゆる契約物の住所変更、警察署や郵便局での住所変更手続き、家財道具の購入・・・引っ越しというものは、どうしてこうもやることが多いのか。

 さらに、荷造りもしなくてはいけなかった。社員寮の広さは約六畳。今の弘志が住む下宿と同じ広さだ。実家は引き払うわけではないから、必要最小限のものしか東京へは持って行かないことに決めた。冷蔵庫、テレビ、電子レンジ、掃除機などの家電を備えれば、残りのスペースはベッドと机しかなくなる。ベッドは二階式で下のスペースにタンスを入れようなど、あれこれ部屋の模様を設計していた。

 荷物を整理する中で、誰もが経験することといえば、昔のアルバムが出てくることだ。それは貴之も例外ではなかった。やがて、誰もが陥るワナとして、昔を懐かしむため片づけそっちのけでアルバムに没頭することだった。ペラペラと、アルバムのページをめくっては、独り言を呟いていた。

「懐かしいな。小学生の時なんか、ついこの前のように思えたんだけどな。それが、すっかり大人になっちゃったもんな。それも、大学を卒業して四月から社会人だ。でも、あいつは、ずっと姿が変わらないんだよな・・・」


二五日

 貴之と弘志が東京に旅立つ日まであと三日となったとき、貴之たち三バカは室別市にある近くの岬に昭一のステーションワゴンで来ていた。特に目的はなかったが、二時間ドラマのクライマックスの如く室別生活もクライマックスを迎えるためだろうか。三人はがけの上から断崖絶壁に打ち付ける波を含めた海を眺めていた。風が強く、貴之がかぶっていた帽子が時々飛ばされそうになる。気温は一桁であったが、春に向けて日差しが強くなっていくせいか、岬はそこまで冷え込んではいなかった。

「四月からは、貴之と弘志は東京に行くんだよな」

 貴之と弘志が東京に上京するとなれば、三人はこれまでのように頻繁に会うことができなくなることを覚悟していた。

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

 会話が進まない。かつてゲレンデに行った時のようなノリが出てこない。何を話してもしんみりとしてしまう。ここで弘志が『空中なんちゃらチョップ』をかましても、醒めるだけだ。貴之があれこれ考えていた時、弘志がしんみりした空気を打開する案を出した。

「なぁ、三人で会えるはこの日を境にしばらくないだろう。だから、最後にみんなが驚くような秘密を打ち明けようじゃないか!」

 やっぱりしんみりとした空気じゃないかと貴之と昭一はしみじみ感じていたが、突っ込む気にもなれない。いっそ、『空中なんちゃらチョップ』をかましたほうが盛り上がったのではないか。だが、これといった策はなかったため、三人は弘志の提案を飲み、秘密を告白することにした。最初に告白するのは、言い出しっぺの弘志であった。

「いいか、お前らよく聞けよ。俺にはある野望がある。その目的を果たすまで、俺は北海道には戻ってこない。俺は、東京で一旗を上げる!!!」

 貴之と昭一は目を合わせた。それのどこが秘密なんだ? そもそも告白っていうよりは単なる野望ではないのか。それも昭和時代の。

「あっそ」

 貴之が模範解答をした結果、予想通り弘志が爆発した。

「なんだそのあっけらかんな反応は? 絶対に第三者に知られることないよう、最新の注意を払ってこれまで口外してこなかったとっておきの告白をしたというのに。これじゃ俺が滑ったみたいじゃないかぁ!」

「「その通りだ」」

 貴之と昭一が声をそろえて答えたのち、弘志山が大噴火を起こした。

「なんだとおぉぉぉ! おまえら覚悟しろおぉぉぉ! くらええぇぇ『弘志特性ギリギリチョップ』を!!」

 やはりかましてきたか。貴之と昭一はさらりと柳のようにかわす。この訳の分からん名前のチョップも何百回も受けているため、攻撃の読みは二人には簡単に読み取れる。チョップのやり方は変わらないが、毎度の如く名前が変わっている。

 弘志が発したチョップ名は、とあるロックユニットの曲名じゃないか。ましてここは崖の上だ。歌詞の如く、崖の上を行くようにフラフラして、そのまま真っ逆さまに堕ちてDESIREになったっていいんじゃないか? 途中で別のアイドルの歌詞が出てきているが、誰も気にはしていない。

 もっとも、このチョップももうしばらく受けることはないと思うと、少しだけさみしい気がするが、大丈夫、僕の場合は。と思う貴之である。

「それで、一旗揚げるって言っても、一体どんなことして一旗揚げるんだ?」

「それはこれから決めることだ」

 聞いた僕がバカだったと、うなだれる貴之である。具体的な目標もないのに一旗揚げるとは無謀にもほどがある。まるで、地図を見ないで太平洋を船で横断するようなものだ。優れた航海士は目的地が記されている地点に向けて計画的に航路を決めるため、無事に目的地にたどり着けるというのに、弘志の場合は救命いかだで波の動きに身を任せてハワイに行くようなものだ。

 この例えを弘志に話しても、きっと理解はできないであろう。たとえ話は全て野球なのだから、と。

 弘志の野望の力説が冷めたころ、次の告白は、貴之がすることとなった。

「そうだな・・・僕は、有希子さんと付き合ってみせる!!」

「それは無茶だ」

「やめとけ」

 弘志と昭一がそれぞれ突っ込みをいれる。

「ちょっとまて、これは秘密を告白する場だよな? なぜお前たちに審査されなければならんのだ?」

「だから前にも言っただろう。かつてニューヨークヤンキースに在籍していたピッチャーのロジャー・クレメンス相手に、小学生レベルのバッターであるお前が、阪神甲子園球場で場外ホームランをかっ飛ばすようなものじゃないか。それほどお前の野望は無謀だというのがまだわからないのか?」

 毎度のことだが、なぜ弘志は物事全てに対して野球で例えるのだろうか。それも毎度毎度、九〇年代に活躍したメジャーリーグの選手を取り上げる傾向にある。前に例えとして挙げた選手は、ランディ・ジョンソンではなかったか?

 ついでに付け加えると、阪神甲子園球場は日本のプロ野球として使用されている屋外球場でもとりわけ広い球場であり、かつての川崎球場のように場外ホームランが頻発する可能性は限りなく少ないことを、弘志は伝えたかったようだ。

 思えば、あのバレンタインの一件以来、貴之は有希子とは話ができていなかった。大学の卒業式となった三月八日、有希子を探したが見当たらなかった。まだ連絡先を交換していなかったので、このチャンスを逃せば、半永久的に有希子と会うことはできなくなることを危惧した。恐らく、貴之の葬式があっても、有希子は出てくれないだろうと踏んでいた。

 バレンタインチョコのお返しをするのを口実にすればどうだ? と、昭一がフォローしてくれた。だが、その筋の情報によれば、有希子は大学の卒業旅行で友人たちと海外にいるとのことらしい。そのため、なくなく有希子との再会は断念せざるを得ないこととなった。絶望する貴之であった。

「と、とにかく、僕は有希子さんと付き合ってみせる」

 貴之が負け惜しみなようなことを言った。

「有希子さんは海外、俺たちはこの室別の岬。天と地ほど差だな。けど、三人で最後に思い出作りの旅行に行けばよかったかな?」

 昭一がしみじみと話す。

「俺もそう思ったんだ。だけど、俺たち貧乏学生は金がない。だから、テレビの懸賞で海外旅行を当てようとあれこれ考えたんだ。それも、海外はグアムと来た。まさに贅沢だ!」

 今時太っ腹な企画があるものだ。弘志は一体どんな懸賞に出したのかと、貴之と昭一は聞いてみた。

「巨人戦が東京ドームでやっているプロ野球中継で、三塁打を打ちそうな選手の名前を書いて応募する企画があったんだ。だけど、人気選手にははがきが殺到して、中々当たらないとにらんだ。そこで、俺は熱狂的巨人ファンでもなかなか名前が知られていない、背番号五二番『井上真二』の名前を書いて応募したんだ。いわゆる超大穴だ。だが、井上はそのシーズンは結局三塁打を打たないままシーズンが終わってしまったのダァ!」

 思わず目と目を合わせる貴之と昭一。何を言っているのかさっぱりわからない内容だろうか。弘志が、また何やら変な知識を披見しているだけに違いないと。だが、この二人は違った。

「弘志、それは『三塁打クイズ』っていう、九〇年代中ごろまでやっていたプロ野球中継の企画じゃないか。今西暦何年だと思っている? 世の中は二〇〇〇年ですらとうの昔扱いだぞ。一体どうやってその企画の存在を知って応募したんだ? その時代の郵便番号は三桁の時代だから、番組案内の住所では官製はがきで送れないじゃないか」

「貴之に付け加えると、その三塁打クイズでグアムに行けるのはペア一組だから、二人までだ。俺たち三人だと、一人はいけないことになる。まるで、スネ夫が『悪いなのび太。この車は五人乗りだから、のび太はいけないんだ』っていうのと、状況が同じじゃないか」

「な、なんだってぇぇぇ!!!」

「「それに、井上はとっくの昔に引退しているわい!」」

 何と! 貴之と昭一も、この『三塁打クイズ』の企画を知っていたのだ。あまりにマニアックな会話は、この三人ならではであろう。貴之の立場からしてみれば、間違っても有希子の前ではこの手の話はできない。ドン引きされるだけだ。

 三人の告白タイムだが、がっくりとうなだれる弘志を横目に、最後になった昭一が、意を決したかのように少し間をおいて話し始めた。

「俺さ、今付き合っている子と結婚しようとしてるんだよね」

「「えぇぇぇぇぇ!!!!!!」」

 昭一の告白に、貴之と弘志が驚く。二人の想定以上の告白にあたふたする結果となった。

「もう結婚するのか? まだ二二歳だぞ! それに、大学院ならまだ学生の身じゃないか。それで結婚生活ができると思っているのか! なぁ貴之」

「でも、おめでたいことだよ」

 おせっかいな親戚のおじさんの如くあれこれ騒ぐ弘志に対し、まるで他人事のような反応である貴之。弘志は近所のおばさんのように根掘り葉掘りと昭一を質問攻めにする。

「そ、それで、これからの生活はどうなるんだ? 昭一は大学院に行くなら、まだ学生の身分だよな?」

「大学院に行く間は嫁さんの給料と俺のバイト代でやりくりしていこうと思っている。大学院の学費は奨学金として受けるつもりだ。それに、嫁さんの実家はこの室別だから、もしもの時に頼れるつてがある。だから、俺はこの室別に残ることにした。今は学生だとしても、ゆくゆくはこの街にある奥さんの家業を継ぐことになるだろう」

 昭一が室別に残ることで、この先、貴之と弘志にとっては帰省した時の楽しみが増える。昭一が結婚するとなれば、貴之には気になることがあった。

「それで、結婚式はやるのか?」

「あぁ、まだ公表はしていないけど、六月にやろうとしている。ジューンブライドなんて典型的な話だけど。といっても、地味婚にしようと思っているけどな」

「それなら、六月にまた室別で再会できるっていわけか。二ヵ月ならあっという間だよな、貴之?」

「そうだね」

「それじゃあ、結婚式で、また三人で再会しような」

 『おーーー!』と、片腕を高く上げて三人は叫んだ。だが、貴之がある点に気が付く。

「ちょっと待て、弘志。お前は東京で一旗揚げるまで北海道に戻ってこないんじゃなかったっけ?」

「ほんとだ。こりゃ弘志には招待状を出す必要はなさそうだな」

 貴之の指摘に昭一が吹き出す。

「そ、それとこれとは話が別だ、バカ者! それに、親友の結婚式に参加しないバカがどこにいる?」

 貴之と昭一は目を合わせながら、『バカはお前だ』と、以心伝心で突っ込んでいた。

「結婚式が過ぎても、室別で会う機会があれば、企画は室別にいる俺に任せてくれ。ただ、子供ができたらそうはいかないかもしれないがな」

「「えぇ?」」

 貴之と弘志が声をそろえて驚いた。

「ま、まさか、もう子供ができたのか?」

「いや、まだ妊娠はしていない。だからといって、六月じゃ、まだ子供は生まれないな」

 貴之の問いに『ノー』と答える昭一に言葉を聞いて、とりあえず安心する二人であった。なぜ安心したのかは、定かではないが。

「よし、それじゃあ、六月の昭一の結婚式まで、皆の衆ごきげんよう!」

 弘志のどうにもしまりの悪い言葉で、三人は岬を後にした。

 岬を去る時、貴之が岬の方を振り返った。

 ———もう、この岬にも頻繁に来ることはできなくなるな。ならばいっそ、この場所はこのまま過去の記憶を封印させておく時がきたのだろうか。忘れてはいけない過去だけど、過去と決別するには絶好の機会だろうね。正直、未練はあるけど。ごめんね・・・




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ