暗殺依頼・4
「じいちゃん。これだけのことをやらせといて、なんの説明もなしに戻れとか言わないよな」
同じ不満は正孝も抱いていたのだけど、それを大人相手にまんま言葉にできるのは壱真ならではであり、いつもながらすごい度胸だと感心してしまう。
「言わん。但し、教えない方が壱真のためかもしれんがな」
正孝が薄々察しといていた通り、話はそれなりに訳ありの方向へ流れていく。
そこで、控えめな子どもながらも頑張って口を挟んだ。
「あ、あの、僕、席を外しましょうか」
壱真の刀にまつわる因縁は本人から聞かされていたし、何かにつけて家族の一員として輪に入れてくれる相馬家には感謝しているのだけど、この場には子どもでも遠慮したくなる特別な緊迫感が漂っている。
壱真のと平等に扱うために呼ばれただけなら、ここらで忖度して引っ込むのが居候としてのあるべき姿というものだ。
「ふむ。まー坊がいてくれないと、ちと困るな。壱真一人じゃ、北海道すら出られないだろうからな」
「え?」
壱真と正孝が揃って意味不明でいると、続けておかしなことを言ってくる。
「壱真。この依頼書は、お前宛てだ」
「いや、俺でも宛名くらいは読めるんだけど」
不気味な血の色封筒の宛名書きは、間違いなく相馬 玄馬様になっていた。
「宛名はな。だが、中身は流星剣の主に向けられたものだ」
「は? 意味わかんないんだけど」
強気に怒ってみせても、心の中では速やかに逃げ出したいくらい嫌な気配がしていた。
「うちが忍の系譜だというのは、お前達も知っているな」
これには「いきなり、なんでこの話?」と、壱真と正孝は顔を見合わせてしまう。
壱真達も、低学年までは相馬の先祖は忍者説を本気で信じて自慢して回っていた。
しかし、中学年にもなるとサンタクロース=親だと知りながらもサンタさんへと表書きした手紙でプレゼントをねだる気遣いと根回しができる程度に成長していた二人は、パソコンやタブレットを駆使して株価だの世界情勢だのを相手にしている玄馬の仕事をぼんやりと理解する頃には目が覚めていた。
もしくは、自称忍者のなんちゃってご先祖様だったか。
ともあれ、説を真に受けるのはやめて、相馬家に代々伝わるホラ吹きネタとしか考えていなかった。
だから、そんな話題を玄馬が唐突に持ち出してきたので、高学年になっている二人としては、そういう遊びとして乗っかるところなのか、姿勢を正して真面目に耳を傾ける場面なのかが判断できずにいた。
「忍の知識や伝手を時代に合わせて継承し、価値ある情報を利益に繋がるよう見極めて取り引きしているのが、うちの会社の始まりだ」
難しい表現を使われなかったので、壱真でも理解できた。
が、素直に受け入れるには抵抗のある説明でもあった。
おふざけだと信じた忍者説が、至って真面目に真実なのだと告げられたのだから。
「受け継いできた事業の中でも、彗星の名による手紙は特別な意味を持っている」
壱真は開けるだけで一悶着あった封筒に目を向けると、玄馬の言う通り、裏には彗星とだけ記されていた。
「いつの時代だろうと、彗星からの依頼内容は決まっている。とある少女の暗殺要請だ」
「はあ?」
真剣な流れだと思っていたらこれだ。
滅多に帰ってこない祖父の、とっておきの冗談にしたって最低ランクに違いない。
「じいちゃん。なんの遊びだか知らないけど、刀まで持ち出させて、俺だってさすがに付き合ってられないんだけど」
祖父孝行の限度を超えた壱真は、見切りをつけて部屋に戻ろうとした。
だけど、立ち上がったところで、厳しく呼び止められた。
振り返り、改めて祖父と見合って、そこで初めて本当にふざけていないのだとわかると、それこそ、なんの冗談だと文句をつけてやりたくなった。
「その刀は傾城の息の根を止めるためにある」
玄馬はぞっとすることを、ぞっとする表情で告白してくれた。
「壱真、お前は流星剣が何でできてるか知っているか」
「そんなの、鉄以外に何があるんだよ」
「やっぱりか。刀を渡した時に聞かせたはずだが、覚えてないな」
壱真が図星の指摘に勢いだけで反論しようとした矢先、静かに控えていた正孝が、おずおずと手を上げた。
「あの、少し調べたんですけど、隕石じゃないんですか」
「さすがは、まー坊。正宗のよいところを受け継いでいるな。その通りだ。日本では榎本 武揚が流星刀として最初に作らせたと知られているが、これはもっと古い。江戸初期には存在していたと内々の記録があるからな」
「だから、何? そんなの知らないし、俺には関係ないんだけど」
素っ気なく言い返す壱真は、いくら気に入らないとはいえ、自分の物なのに全く興味を持たなかったことが少し恥ずかしくなった。
「話してやるから、少しは黙って聞いてみろ」
玄馬が畳を叩いて座れと示すので、仕方なくまだ冷めきっていない座布団の上にどすんと胡座をかき直す。
腕を組んで、今にも挑みかかりそうな目つきで見返しておいた。
「言い伝えでは江戸の初期。ある山に空から石が落ちてきたとある。相馬の先祖が利用していた刀鍛冶が近くに住んでいて、物見遊山で出かけていくと、それまでなかった大きな石が鎮座していた。しかも、脇には赤ん坊が転がっていたから、慌てて村まで連れ帰り、村長に預けたそうだ」
祖父が語る遠い昔を、壱真は令和を生きる自分が関係ないことを証明する荒探しのために、正孝はいけない話を聞かされているようで後ろめたいながらも興味津々に、それぞれ息を殺して耳を傾けている。
「赤子は村長の計らいにより子どものいない夫婦に預けることになった。不思議なことに、娘が成長すると育ての親となった夫婦には度々幸運が舞い込み、周囲の者にも福が訪れた。そんなことが続いていると、誰からともなく神に通じる巫女としてありがたがられていた。だがな、人智を超えた力は時に理不尽なやっかみを招くものだ」
「何が起きたわけ」
壱真でもなんとなく先の展開が想像がついたけど、祖父孝行として合いの手を入れた。
「巫女の気に障った相手には、恐ろしい報復が待っている」
「報復?」
「娘に反感を持った連中が不幸に見舞われたと噂を広めたんだ。そうした状況を不憫に思った刀鍛冶は隕石から試行錯誤して鉱物を精製し、一振りの刀を神社に奉納した。だが、祈りも虚しく、ついには死者が出た。決して、娘がしでかしたわけではなかったが、養い親にまで怯えられると、捨てられていた山に逃げ隠れするしかなくなった」
玄馬は痛ましそうに、ため息をついた。
「その頃、村では、誰が娘に手を下すのか押しつけ合いが始まっていた。そんな醜い争いの中、一人の少年が名乗りを上げた。それは拾い子を最初に面倒みた村長の家の者で、娘とは乳兄妹だった。その少年に託されたのが、刀鍛冶が精進潔斎して叩き上げ、山神に供えていた一振りだ」
それは到底、めでたしめでたしとは締め括れない、かなり胸くその悪い物語だった。
「もしかして、今の話に出てきた刀が流星剣だとか言うわけ」
「そういうことだ」
「ふんっ、バカ馬鹿しい。それって、ちょっと変わったことは、なんでもかんでも妖怪とか神様のせいにしてた時代の話だろ」
「まだ続きがある。時が下って、江戸中期。こっちは当時、直接関わった者の記録が残っている。時は元文、将軍吉宗公の時代だ」
習ったことのある名前が出てきて、壱真には物語がじわじわと足元に迫ってくる気がした。
「とある小さな村に、女児の里子がいた。村は周囲が不作の年でも実りに恵まれ、のんびり暮らしていられた。ところが、数年後の夏の盛り。村は突然、この世から消えてしまう」
「なんで」
「村人による同士討ちで全滅したからだ」
「は? なんか、話が飛びまくってんだけど」
「村の実りがよくなったのは女児を迎えてからで、最初に狼藉行為に走ったのは女児を引き取った家の主人だった」
「だから、それがなんだって……」
意図がわからずイラつく壱真に、玄馬は構わず語り続ける。
「更に下って、江戸末期。最後の将軍、徳川 慶喜公の傍らにも身寄りのない一人の少女がいた。その少女を手放したためにツキをなくした幕府軍は敗戦したと伝わっている」
ここまで有名な時代の転換期に絡められると、胡散臭さが増して恐怖は遠のいていった。
「共通してるのは生まれの知れない少女がいて、最初は幸運をもたらすが、いずれも最後には関係者が災難に陥ることだ」
「ただのこじつけだろ」
今度はしっかり主張できたが、玄馬は静かに否定した。
「いいや。どの時代の話でも、もれなく流星剣が近くで確認されている」
「はあ?」
昔話なんて自分には関係ない。
次には、そう反論してやりたかったのに言い損ねた。
「流星剣は国をも傾けかねない特殊な能力を持つ少女を封じる唯一の対抗手段として受け継がれてきた刀だ」
その重々しい役目が壱真にかかっているのだと突きつけられる。
「なあ、じいちゃん。その手紙……」
「現代に現れた、傾城と呼ばれる少女の暗殺依頼だ」
壱真は何もかも現実として受け入れられなかった。




