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暗殺依頼・3



 * * *



「なんだ、壱真。もう中学生だったのか」


そのわりに伸びてないな。

などと、正月ぶりの玄馬が畳敷きの客間で出迎えるなり言ってくれるものだから、壱真はイラつきを通り越して無表情になった。

そんな壱真を前にする玄馬は、可愛がっている孫の素っ気なさに眉を上げただけで、背後でおろおろしている正孝と見比べてから、並べた座布団に座るよう促した。


「まだ、その刀が好かんのか」


「当たり前だろ」


研ぎ澄まされた切れ味のせいか、治ってみれば痕など残らない綺麗な傷口だったものの、あの時の恐怖心と嫌悪感は忘れられるものではなかった。


「どれだけ嫌ってようと、お前が主だという事実に変わりはないぞ」


うんざりする現実を突きつけてくる玄馬が、ちらりと右手首に目を向けるのが壱真にはわかった。

くっきりした星形の痣。

だけど、ビームの一つも出てきやしない、平凡でつまらない、たかが痣だ。

そんなものに振り回されるなんて、当事者にしてみれば冗談ではなかった。


「じいちゃん、いきなり帰ってこられたって迷惑なんだけど。大昔と違って、今の小学生は忙しいんだからな」


普段は部下からも取引先からも敬意を払われるばかりの玄馬だが、家に帰ればこんなもの。

それを嬉しく思う玄馬は、やや苦笑して本題に入ることにした。


「まー坊。その刀で、これを開けてみろ」


「え、僕……ですか?」


指名された正孝は、玄馬が実孫の壱真と分け隔てなく扱ってくれているのを知っていたから、とりあえずセットで呼ばれた添え物パセリの感覚で成り行きを見守っていたのでびっくりした。

それも、ただの封筒を、相馬家家宝の刀を使って開けろというのだ。


「壱真、構わんな」


「好きにすれば」


刀の主である壱真は、ぷいと顔を背けてしまっている。

向かいでは玄馬がほれと催促してくるので、正孝は中間管理職の板挟み的なプレッシャーを味わいながら、色んな意味で緊張している手で恐る恐る柄を握った。


喉を鳴らして、えいっと鞘から引き抜けば、ぬらりと光る美しい刃が現れる。

眼前には早くやれと見守る玄馬、隣にはそっぽを向いた後頭部で裏切り者と圧力をかけてくる壱真。

巻き込まれ損という言葉が浮かぶ正孝は、それでも密かにカッコイイと思っていた刀に触れて昂っていたので、興奮を見抜かれないよう気を引き締めた。


鞘から刀身をすっかり抜き取ると、これでどうやって封筒を開けようか考えてみる。

正孝は一度刀を剥き身で置いて封筒を手前に寄せると、再び刀を手にし、刃先を封の隙間に差し入れた。

ペーパーナイフの要領で開けようとしたのだ。

けれども――


「すみません。僕にはできないみたいです」


壱真よりも遥かに器用な自信があるのに、正孝はどうしても開けられなかった。

二人からの静まり返った注目もあって、必要以上に落ち込んでしまう。

最後には、中身を破く危険を承知で峰を掴んでぶすっと突き刺すことまで試してみたのに、真っ赤な封筒には傷一つつけられなかったのだから。


「だろうな」


「え?」


刀で持ち上がっていた気持ちの分だけ情けなくなっていた正孝に、玄馬はあっさり想定内だと告げてくれた。


「手入れは必要ないって言ったの、じいちゃんだろ。正孝まで巻き込んで、なんのつもりなんだよ」


壱真は取り扱いが悪いと遠まわしに非難されている気がしたのと、結果をわかっていて正孝にやらせた意地の悪さに腹が立ち、噛みつくように文句を言った。


「では、今度は壱真が開けてみろ」


「……」


壱真は返事をしたくなかった。

できれば、流星剣なんかに触りたくない。

それでも、はた迷惑な封筒を開けてみないことには話が進みそうになく、これ以上、正孝余を計なことに関わらせるのも嫌だったから、ものすごく不本意ながらも試みることにした。

そして、厄介な封筒を手にして、ふと考える。


「これを開ければいいだけなんだよな」


「そうだ」


言質を取ると、壱真はむしゃくしゃしている気分をあらん限りに注ぎ込んで素手で引き裂いた。


「ふんぬー」


壱真は、めいっぱい全力で引き裂いた。

そのはずなのに……。


まったく結果がついこなかった。

思わず、かじってみたりもしたのに、赤い封筒は無傷なまま。

くしゃくしゃになったくたびれ感も、軽くなでた程度で折り目も歯形も綺麗さっぱり残っていなかった。


「なんだよ、これ」


製品化すれば、世界レベルで話題になってもおかしくない頑丈さだ。


「だから、流星剣を使えと言っとるだろうが」


祖父のいいようにしてやられるのは悔しかったが、抜き身で畳に置かれている刀にちらりと目を向けた壱真は、相当な暗い目つきで手に取った。

無理やり譲り受けた日以来、刃物としては一度も使われることのなかったそれは、これだけ嫌悪しているというのに鞘に納まっていた時よりも不思議と手に馴染んだ。

それが、とてつもなく気持ち悪い壱真は、早く片をつけることだけに集中して、封の端に刃先を差し入れて押しやった。


珍しく予定外に帰ってきたと思ったら、わけのわからないことを強いる玄馬。

元々、何を考えているのか読みにくい、飛び抜けて愉快な祖父なのだったが、びっと手応えを感じたせいで、壱真はますます玄馬の意図がわからなくなってしまった。


「あ」


唇を引き結んでいた正孝が声を出したように、あれだけ堅牢に封じられていたものが、今度は容易く破れてくれた。


「じいちゃん、この刀って、俺にしか使えないのか?」


だから、自分は流星剣の主にされたのだろうかと目を丸くして納得しかけていると、何を言っているのだと玄馬に一蹴される。


「壱真、自分が切られたことも忘れたのか? 流星剣でグサッとやるくらい、まー坊にだって簡単にできるぞ」


「……じゃあ、何で、さっきは駄目だったんだよ」


忘れるわけがないことを指摘されて、内心、壱真はものすごく口惜しかった。


「封筒が特別なだけだ」


「え、特別なのはこっち?」


言われてしまえば筋が通っている。

怪しんで見直すと、真っ赤な色合いがおどろおどろしい血染めにしか映らなかった。


気味が悪くなって刀の峰で遠ざけると、玄馬はためらいなく手に取り、中身を確かめ始めた。

壱真は当然、読み上げてくれるものと期待していたが、玄馬は目の前の孫達をほったらかしで黙読するばかりだ。

中に入っていた手紙は半紙のような薄い紙なのでLEDの照らす明かりで透けていても、左右逆さま状態に重ねて見慣れない筆文字では、勉強嫌いの壱真に解読なんてできっこなかった。

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